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「おはようございます…」


勤務先であるキメツ学園に到着し職員室に入ると、朝から教員は皆既にバタバタ忙しなく働いていた。
それもそのはず、この時期は特に受験シーズンなので皆その対応に追われている。
受け持ちのクラスがない俺はそこまでではないが、中高一貫であるマンモス校の授業の準備やテスト作成は、やはり普通の学校より忙しいと思う。


「お早う!不死川!」


俺が自分のデスクに座るや否や、脇からバカデカイ声で挨拶してきたのは歴史教師の煉獄だ。
こいつは悪いやつではないが、今日みたいな日は少々暑苦しさを感じてしまう。
適当に返事を返しつつ、俺は今朝受け取った名刺をスマホケースから取り出し見ていた。


「むっ。不死川、何をみてるんだ!」

「…あー、ちょっとなァ」

「おいおい、女の名前じゃねーの、それ」


俺がめんどくさそうに煉獄に返事をすると、すかさず美術教師の宇髄が脇から首を突っ込んできた。
チッ…どいつもこいつも…


「なんでもねーよ、」

「珍しいじゃねーか!女の名刺なんて眺めてよ」


今度こそ眉間に深いシワを刻んだ俺は、名刺をしまおうとしたのだが、それは伊黒の言葉によって制された。


「その女の名刺をなぜお前が持っている、不死川」


その声に振り向くと、白衣を纏いマスクをした化学教師の伊黒が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。
相変わらず白蛇を首に巻き付けている。


「チッ…テメェに関係ねェだろうが。それより知ったような口訊いてるテメェはなんなんだァ」


伊黒の妙な発言に、イライラしつつも疑問を投げると、伊黒は怪訝そうな顔を崩さず言った。


「その女は蜜璃の友人だ」

「はァ…?」


伊黒の言葉で俺たちは一瞬固まった。

彼女の名刺に記載されていたのは有名な大企業で、ほとんどどこの企業も使用しているメーカーだと思う。
当然学校でも使用している。
駅前にデカイ自社ビルが建っているのでよく知っている。
おそらく彼女は駅前のビルに勤めているのだろう。

伊黒の嫁と彼女がまさか繋がっているとは。
どういう関係なのだろう。

彼女の名前の下には、メールアドレスと携帯電話の番号が記載されていた。
…当然、社用だ。

名刺…社用…そこの部分へ妙な引っ掛かりを覚える。
連絡先が社用だったのは何故なのだろう。
単に時間がなかったからか?それとも…
だが、少なくとも彼女は職場やフルネームを知られても構わないと判断したわけだ。
…テメェは今何を考えてやがる。


「伊黒、嫁さんの友達なら顔見たことあるんだろ?」


俺が頭の中でごちゃごちゃ考えている間に、急に宇髄は何かを思い付いたような顔で伊黒に問うた。
もちろん伊黒の答えはイエスだった。


「よくうちに遊びに来るからな」

「どんな子なんだ?派手に気になるぜ!」

「奥方の友人ならきっと可愛らしいだろう!」


やけに色めき立つ独身男の言葉に、蜜璃より可愛らしい女などこの世に存在しない、などとネチネチ言葉を返していた。


「写真とかねぇの?」

「テメェらァ、いい加減にしろよォ…」


宇髄はどうしても顔が見たいらしい。
この色男は女のことになるとすぐこれだ。


「写真があったとしてなぜ俺がお前に見せなければならない。だいたい名前に許可を得ていない。そんなことも分からんとは俺は頭痛がしてくるんだが。」

「地味なこと言ってんじゃねーよ、伊黒」

「写真は奥方も写っているのか!」

「当たり前だろう、他の女の写真を俺が保存するわけがないんだが。」

「どんな写真だ!興味がある!」


煉獄がそういったところで、いつの間にか戻っていた体育教師の冨岡が会話に割って入ってきた。


「結婚式の写真だろう」

「…なんでテメェが知ってんだァ」

「前に…見たことがある」

「おいテメェ、いろいろ端折りすぎだァ」

「結婚式とは誰のだ!」

「…名前だ。」


煉獄のデカイ問いに答えた冨岡の言葉で、
それまで騒いでいた男共が絶句した。
そして、憐れむような表情で俺の顔を見る。


「…んだよ、テメェらァ…なんだその顔はァ!」












━━━月曜の夜19:00過ぎ


週始めから飛ばしすぎると後がもたないと、分かっていてもこの量の仕事はさすがにやらざるを得ないな…と、デスクの上に積み重なったテストの答案用紙の束を見つめる。

今日はどうにも仕事が捗らなかった。
原因は今朝の出来事だ。
どうも調子が狂う。

今までの歴代の恋人は皆、俺が家族に時間を割きすぎてうまくいかず別れている。
最後にそういう存在がいたのは何年前だろうか。
社会人になってから1度付き合った彼女は、半年くらいで別れてしまった。

…就也と遊びたいなんて女初めてだ。
だが…結婚していたとはな。
しかしあのアパートは単身者用じゃなかったか?


「不死川!」

「なんだァ、煉獄」

「仕事はまだ終わらないか!」

「見りゃ分かんだろ、採点がたんまり残ってらァ」

「うむ!なるほど!」


なかなか仕事が進まない俺を見かねてか、
煉獄は俺の脇に腰を下ろし、半分寄越せ、と言った。


「は?なん━━」

「皆で手伝えば早く帰れるだろう!」


そうして、サイドデスクに積み上げられた答案用紙の束を宇髄と冨岡の席に配り置くと、宇髄はニヤリと笑みを浮かべた。


「早く終わらせて派手に飲み行こうぜ!」

「あァ?」

「不死川、疲れているならおはぎを…」

「テメェはうるせェ!」


基本的に、伊黒は必ず早く帰る。
今日も例に漏れず、だ。
以前飲み会の時、嫁さんを一人にする時間を少しでも減らすだとか手料理がどうだとか、なんかいろいろ言っていた気がする。

嫁さん…俺には縁がないことだろう。
今は家族のことで手一杯だ。
テメェの色恋沙汰に時間を割いてる余裕はねェ。

そう思えば思うほど、頭の中にちらつくのは。
子供が好きだと笑った彼女の笑顔。
神社で会ったときより大人びた雰囲気。

何度も何度も今朝の彼女のことが頭を掠めながら、
俺はそれを振り払うように赤ペンを走らせた。


多分俺はこのあと、たくさん酒を飲まされた上で、彼女のことを根掘り葉掘り聞かれるのだろう。



















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