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「いらっしゃい、名前ちゃん!」
「お邪魔しまーす」
友人の蜜璃は相変わらず元気いっぱいで
あまりにも可愛らしい雰囲気に
私も思わず見惚れてしまいそうになる。
蜜璃はネイリストをしていて、
女性客限定でホームサロンを開いている。
「今日、ご主人は?」
「今鏑丸くんのご飯を買いに行ってるわ」
どうぞ、といつものイスに案内される。
私は慣れたようにそこへ歩を進め腰を下ろした。
「パンケーキ作ったの!食べるでしょ?」
蜜璃は背後から小さなハートをたくさん飛ばしながら、私の返事を待たずしてキッチンへと向かっていく。
施術前に、彼女の自慢の品を頂くのはいつものことだ。
お料理が本当に上手で、いつも美味しいものをたくさん食べさせてくれるこんなお嫁さん、ご主人はさぞ幸せだろうなぁ。
「メープルシロップたくさんよ!」
食べましょ!と運んできた蜜璃に、私は持ってきたものを渡す。
これは蜜璃の大好物だ。
「蜜璃、これ」
「わぁ!名前ちゃん、いつも悪いわ!でもすっごく嬉しいわ!ありがとう!」
蜜璃は桜餅が大好き。
だから私の地元の和菓子店でいつも差し入れとして渡している。
こんなに喜んでくれると、プレゼントし甲斐があるからついつい買ってしまう…。
私たちがたくさんの甘いものに囲まれて女子トークに花を咲かせていると、玄関の鍵が開く音がした。
ご主人が帰ってきたのだろう。
蜜璃も、玄関へバタバタとお出迎えしに行った。
なんと可愛らしい友人なのだろう。はぁ。
「名前、来ていたか」
「伊黒さん、お邪魔してます」
「小芭内さん、桜餅貰ったわ!」
「…名前、いつもすまない」
「いえいえ!あとで一緒に食べてくださいね」
蜜璃が席に戻ってパンケーキを口に頬張りはじめる。
それを横目で見ながら、伊黒さんはリビングにいた鏑丸くんに買ったばかりのエサをあげていた。
白蛇の鏑丸くんは、おとなしくて頭がよくてとてもいい子なのだ。
かわいいなぁ、と眺めていると伊黒さんが私に声をかけてきた。
「名前、」
「はい?」
「…不死川、という男に名刺を渡しただろう」
「…シナズガワ…さんですか?」
私が記憶を辿っていると、蜜璃がキョトンとして私を見つめる。
「名前ちゃん、不死川さん知ってるの?」
「うーん、名刺最近渡した男の人でそんな人いたかなぁ…」
珍しい名字だから、覚えていそうなものだけど
なかなか思い出せない。
「不死川さんって、顔や体に傷がたくさんあって怖い顔してるけど、実は優しいのよね!」
ね!小芭内さん!という蜜璃の言葉に、彼はものすごく嫌な顔をしたけれど否定はしなかった。
「顔に…傷………あ、…そういえば」
「やっぱり知り合いだったの?!」
「シナズガワさんか分からないけど…」
私はこの間の出来事を二人に話した。
神社での出会いと、出社前に再会したこと。
時間がなくて相手の名前を聞かず一方的に名刺を渡して去ってしまったこと。
そして、未だ彼から何の連絡も来てないということ。
「…シナズガワさんという方は伊黒さんのお知り合いなんですよね?」
「…同僚だ」
「……え?」
あの感じで?同僚?
ということは…
「え、、教師なんですか?!」
言葉は悪いけど、結構粗暴な雰囲気というか。
まぁ、弟さんしっかり面倒見てる感じとか言葉遣いはまともだったから、そのときは何も思わなかったけど…
まさか教師とは…
「不死川さんちの末っ子くん、確かにお名前は就也くんだったわね!━━これは運命よ!」
「運命…?」
「だって、こんな偶然ないじゃない!名前ちゃんにもやっと素敵な春が訪れたわ〜!」
蜜璃は完全に一人で盛り上がってしまって、キャーキャーと騒いでいる。
どこでどうなってそんな発想になるのだろうか。
そもそも未だ彼から何の音沙汰もないところを見ると、おそらくは迷惑だったのだろう。
勝手なことやっちゃったかもな…
「蜜璃、私、まだ彼から連絡来てないし」
一人騒ぐ蜜璃を宥めるように声をかけると、
そうなのかしら…とあからさまに凹んでしまった。
「名前は、不死川から連絡が欲しいのか」
「あ、まあ…子供と遊べるのは嬉しいので…」
「なるほど。」
「で、でも!たった2回しか会ってないのに名刺渡してくる女とかヤバいやつだと思われてるかも…だから連絡なくても仕方ないし、近所ならそのうちまた会えるかもしれませんから」
わたわたと私が弁明すると、急に蜜璃が私の両手をガシッと掴む。
「ど、どうしたの、蜜璃?」
「私ね…名前ちゃんには絶対幸せになって欲しいの!」
「蜜璃…」
「だって、こんなに頑張り屋さんで、こんなに健気で可愛くて優しいのよ!」
「………」
「不死川さんって、見た目あんな感じだけどすごく面倒見よくて優しいから、もしかしたら多分連絡していいか悩んでるだけかもしれないわ!」
「……ありがとう、蜜璃」
蜜璃はシナズガワさんと私の間で
何かを期待してるみたいだけれど。
今の私にはそんな気持ち微塵もなくて。
いい人がいたら、だなんて口先だけなのだ。
本当は、そんな人、見つける努力もしてない。
私は、ただの臆病者だ。
シナズガワさんはいい人なのだろう。
蜜璃がここまでいうんだからきっとそうだ。
でも、やっぱり怖くて。
今はまだ、恋をするには早すぎる。
「………」
蜜璃と私の会話を静かに聞いていた伊黒さんは、何やらポケットからスマホを取り出して、高速で指を動かしている。
何か調べものかしら、なんて呑気な私は
まだ何も知らない。
交友、信頼、恋の予感
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