「なぜ。蜉蝣は身を宿すと死んでしまうの?」
暑い夏。
クーラーの効いた部屋で君と私は本を読みながら二人だけの空間で生きている。
「知らないの?喉元まで卵を詰めるんだ。口はまったく退化してしまうんだよ」
「知ってるわよ。そういうことを言ってるんじゃないわ」
「じゃあ、なにが知りたいの?」
「なぜ。そこまでして未来を残そうとするの?」
「人間とは違う生存意識があるからだよ」
私たちの会話以外の音は、クーラーの機械音のみ。あとは、窓越しの蝉の声。
クーラーでお腹を冷やしてはならないとひざ掛けを適当にくしゃくしゃに膝かける。
その矛盾は心地よくて眠くなってしまう。
「自殺を知らないのよ」
「喉に一本の棒が刺さっていようと、生きようとする」
虚しいわね。と笑う。
夏にしか生きられない蝉は、7日しか生きられない。八日目の蝉はポトリと落ちてしまう。
首を落とす牡丹のように。ポトリと。
「では。花は?あれだって枯れてしまうわ」
「あれは、枯れてしまうまでが命だもの。枯れてからは命がないわ」
「それでも。枯れてるものに根は一番栄養を渡すというわ」
「根は、みんな生きて欲しいのよ。みんながいないと死んでしまうから」
「死んでしまうの?」
「死んでしまうの」
「ポトリと?」
「ポトリと」
「ふーん」
適当に相槌を打つ。
「花なんてどうせ、おしゃべりな貴婦人よ。みんな派手な帽子をかぶって我儘を言うのよ」
「そうなの?」
「そうでしょう?だって、花言葉なんて素敵なのは多いけど。あれだけの言葉あるのよ」
「人間が決めた台詞じゃない」
「花が決めたのよ。私はこういうモノだと」
人間は空想が好きだ。
現実にいないものにしがみつき。あたかもあるようにする。
「なんだって、作るよね。人間は」
「そうね」
「狼人間とか」
「でも。あまり怖くないと思うの」
「なんで?」
「月がないと出てこないじゃない」
「でも。身近な人がなるから恐ろしいんじゃないの?」
「そうよ。だからこそよ。私が思うに。狼人間って、人の変化だと思うの。普通にしている人ほど秘密はあって、隠していることは大きいって」
「それじゃあ、サイコパスじゃない。あれは、人ではないわ」
「いいえ。人よ?でも、人の定義から外れてるからサイコパスなのよ」
「人の定義なんて、それそれでしょう?」
「人は、人を殺してはならないからよ」
「知ってるわよ。そんなことをしてしまったら犯罪になるわ」
「では。なぜ殺してはならないの?」
「自分が殺されたくないからよ」
そう言った私に彼女は笑った。
「なに言ってるのよ」
「あなたは、死ぬのに」
はて。私は死ぬのか。
病気をしている覚えはない。ただ、その言葉は自分を締め付けた。こわいこわい。やめておくれ、その言葉はなぜかこわい。
「人間は、誰だっていつか、死ぬのに」
小さな声で、やめてと言った。
なぜか、涙が出そうになった。なにがこわい。なにがいやだ。わからないが、とにかく嫌だった。
「いつか、死ぬの?」
彼女は、微笑んだまま頷いた。
「私も?」
再度、頷いた。
「死に方は、それぞれだけどね」
優しい笑みは、怖かった。
泣き出しそうな私をみて、彼女は向かい合わせしていた位置から四つん這いになって背中に枕を挟んで座っている私の前に向かってきた。
「なにが、こわい」
怒られているようで、慰められているようだった。
幼稚な私を見つめてる彼女の眼は、澄晴のような青い眼だった。
「なにも怖くないわ」
私の頭を撫でた。
白い肌の細っこい腕が私の頭を長い指とともに撫でる。
何かを奏でるように優しく。
俯いていた顔を少しあげる彼女の三日月に八重歯がはみ出る。ドラキュラのような彼女をみて、人というのはやはり空想が好きだなとありもしないものを思う。
ふと。ベットの上に開いてある本に目が行った。
「死に方には、色々あるの?」
「あるね。あるわよ。たくさん」
「なんで?」
「1つしかない命に1つしかない死に方なんてないわよ。あるとすれば、そうね。命を落とすってことくらいよ。でも、それは、死に方じゃないでしょう?」
たくさんあるのはなんで?恐怖心が消えない。
「その人の好きなやり方があるからよ」
「好きだから?」
「すきだからよ」
すきという言葉は、飴のような味がする。
桃色の甘い甘い砂糖菓子。
「すき、だから」
その言葉を聞いて恐怖心は薄らいだ。
そっと、彼女の頬に触れる。つるりとした肌にはふわっと産毛が生えている。まるで、リスのように。
下に手を下ろす。顎の輪郭。耳。耳朶。胸鎖乳突筋。ドクドクと血が流れるのを感じて、ゾグソクと背が痒くなった。首の真ん中に薄っすらと出ている喉仏。女性のは小さい。
「君の考えていることなんて。すぐにわかる」
心地の良い音を奏でる喉仏。その奥には、声帯がある。
「私たち。趣味があうから」
「趣味を嗜む程度じゃ、趣味じゃないわ」
微笑む彼女は、とても綺麗だ。
「私たち、趣味が合う」
「趣味に、命。かけないと」
ああ。ダメだ。ごめん。
趣味が合うなんて言わないでよ。
「殺し方なんて、それぞれだわ」
「あなたは、死ぬのよ」
「でも、私が先かしらね」
おしゃべりな彼女は、素敵だ。
月の光が広がる白いベットの上に。真紅が垂れたらどうなるんだろう。
怒られるかな。いやだな。怒られるのは。こわいもの
「怖くなんかないわ」
「ヒトはイノチを食べているのよ。これ以上悪いことなんてないわ」
そして、これ以上普通のことなんてないわ。
彼女は、素敵だ。素敵だ。
月の光に当てられて白く光る、私の腕。手先には紫陽花色のタトゥーが光る。
彼女が頭を撫でてくれる。奏でるように、とても気持ちがいい。安心する。
抱きしめられて枕から背が取れる。薄い一枚のワンピースの肩紐が外れる。
彼女が私を解き放つ。唇に口を深く押しつぶしてくる。
何度も何度も向きを変えたりしながら。でも、口はお互い開けない。薄く溢れる言葉のみ部屋にこだまする。
夏の夜でも蝉はなく。クーラーの音がする。私の細いタトゥーいりの腕を細い歯型のタトゥーがつく彼女の腕が伸びて細い指で一周してくる。逃げられないが、逃げなくては。狼は、月を見て変身してしまうから。
ふと離れる唇。ああ、赤くなって。赤くなって。
「かわいいね。でも、面白くないわ」
そうだね。と私は私に言い聞かす。
我慢をしなくていいと言われたが、我慢をしたくなった。まるで、自慰を禁じられたかのように。身体が熱い。
ねぇ。こわいこわいよ。こわいのよ。口の中が、泣きそうになる。声が泣いてる。
「言ったでしょう?」
「私たち、趣味が合うのよ」
微笑む彼女に私は、変身する。
こわいこわい。ほんとうに、こわい。恐怖が体を包む。お願い、私を人間でいさせて。お願いだから。こわいのよ。
恐怖心が消えない。私を包む黒い私。
お願い、枕のように背から引き離して。お願いだから。
ジャンヌダルクだって。べつに聖女じゃなかった。魔女になった。でも。私はまだ、乙女なの。何も知らない。幼稚な乙女。大人になんてなりたくないいの。だって、怖いから。
置き去りにしてきた処女なんて。私は拾いに行かない。置いてきたんだから。放っておいて。
彼女にあたる白い光。
白いワンピースからはみ出る太もも。近くにある顎先に首すじ。鎖骨に。胸。
女性だと知られせるそれは、聖母だと思う。
悪い子はお仕置きしないと。でも、彼女はそれをしない。だから、人間。
彼女の肩を滑る紐。谷間がチラチラする。
ベットが軋む。
「いいのよ」
笑う彼女。
嗚呼、身体が、アツイ。
あちこちを愛して欲しい。でも、それはいけないことだから。だから、
「あなた、死ぬのよ」
呪いは、美しくないといけない。
吐き気がする矛盾に私は、心が躍る。
「死ぬの?」
「死ぬの」
「わたしが?」
「あなたが」
「じゃあ、あなたは?」
「わたしも」
いつか死ぬわ。
なんて。楽しそうに言うから、我慢が切れた。
紫陽花色のタトゥーが光るわたしの腕が、歯型と赤黒いタトゥーが光る腕を仕留めた。
「言ったでしょう?」
「私たち、趣味が合いすぎる」
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