それは唐突でなんの予告もなければタイミングもなく一本の電話がかかって来た。
先輩が、死んだ。
亡くなったと言った方が良かったかもしれないが、伝えてくれた友人は震える声とともに簡単な言葉で伝えて来た。
電話越しに聞こえる友人の泣き声。頭が真っ白になって何も思いつかない。なぜ?なぜ?という言葉が後からでてくる。
葬式は、わりと呆気なく終わったと思う。制服をキチンと着て参列して、お別れの挨拶を言って。でも、お別れの挨拶なんてできなかった。恨みます、先輩。あの時の話の続きはいつしてくれるんですか?
「生きづらいでしょ」
誰もいなくなった体育館で先輩の一言が響く。部活は体内時計では30分前に終わった。
体育館で寝転べば冷たい床と埃の匂いを感じた。扉からは黄昏が終わって来ていて上の方では星がチラチラと光っていた。
「なにがですか?」
「そういう時ない?」
「ありますけど」
「将来のことを考えるとまだ生きなちゃいけないっておもうんだよね」
「進路で悩んでるんですか?」
「うーん。どうかな。やりたいことはあるんだけどね。でもさ、それができるとは限らないし嫌なことだって沢山ある」
「人生ってそんなもんですよ」
「そんなもんのために生きていくのかって思うと、嫌になっちゃって」
「そうですか」
わからなくもない先輩の言葉は普段の先輩からは聞かない言葉だった。
「もしかして、いま。メンタルやられてますか?」
「そうでもないんだよね。これが」
「私にしてもいいんですか?そんな話」
「いいんだよ。だって生きにくそうに生きてるんだもん」
生きにくく生きてるつもりはないが、先輩にはそう見えたらしい。
「死にたいんですか?」
単刀直入に聞けば、先輩は笑った。夕陽は無くなって暗い空に変わった。星がチラチラと多くなった。
「ちがうよ。星になりたいんだ」
楽しそうに言う先輩に私は
「なんですか、それ」
と笑った。
「死んだ人は、星になるんだよ」
「迷信ですよね」
「ほら、やっぱり。生きにくそう」
そう言って先輩は笑った。
「人生が楽しくないわけじゃないと思うんだよね。恋人ができたり、できなかったり。夢が叶ったりかなわなかったり」
「じゃあ、なんで死にたいんですか?」
「だから、死にたいんじゃなくて、星になりたいんだって」
どっちも一緒だろ。そう思ったが口にはしなかった。青白い月が欠けている。月の光はこちらまで届かないが蛍光灯の光が月の代わりに青白く光っていた。
「死にたいです」
そう呟けば先輩はこっちをみた。
「私は、死にたいです。でも、不思議ですよね。生きるために生まれて来たはずなのにゴールは死で。結局は死ぬために生まれて来たのだなって思うんです」
生まれた時には死に向かっていた。母の腹から追い出された私たちはみんな、死に向かって走っている。
「なのに。途中で死のうと思っちゃうんです」
メンタルがやられてるのだろうか。ドアからは寒い風が吹いてる。
冬は好きな季節だ。星が多く見えるから。
「星になりたいんだね」
先輩はそういうと、ドアの淵に立った。スカートが揺れる。
「星になりたくないです。死にたいんです」
「同じことだよ。自分じゃなくなるんだから」
同じことならば、さっき言えばよかった。とどうでもいいことを思う。
「なんで、星になりたいんですか?」
改めて先輩に聞く。先輩はこちらをみて笑う。
「不意に訪れる、不安はとても恐怖なんだよ」
「先輩って、鬱なんですか?」
「素直に聞くねぇ。ちがうよ。ファッション鬱」
「なんですか、それ」
「平たく言えば、真似っこだね」
そう言って笑った先輩。わかる気がする
「不安なんて誰だってあるんだけどさ。不思議になるんだよね。これって、ちゃんと不安になれてるの?って」
みんなが抱える不安も訪れる不安もちきんと間違えてないか。自分が特別だと感じてしまうともっと辛い人はどうなるんだろう。
私みたいな、先輩みたいな人たちは星になったのだろうか。みんな星になってしまったんだろうか。冬の空は雲が少ないから星が見つけやすい。オリオン座を必死に探す。オリオン座の1番明るい星は消えてしまったそうだ。名前はなんて言っただろうか。もう、中学生のことは覚えてない。
「死に向かって生きるのは、終わりがないといけないからだよ」
「途中で終わらせる気ですか?」
むくりと起き上がって先輩に言った。
先輩は、こっちをみていた。オリオン座は割とすぐに見つかった。真ん中に3つ並んでいるのは珍しいから。だから、みんなきっと知ってる。
「星は永遠じゃないんだよ」
質問は無視されて話が進んだ。
「質量によって死ぬ時間が決まってるんだって」
「この世に永遠のものは、ないですよ」
「そうかな。石とか物だったらチキンと扱ってたら新品のまま。死なないんじゃないかな」
「でも、私たちは人間ですよ」
冷たい風が吹いて鼻を赤くさせた。先輩は、笑っていた。
「そうだよ。だから、終わらないといけないんだよ」
「途中で終わらせる気ですか?」
さっきと同じ質問をする。先輩は、困ったように笑った。
「そうしたら、どうするの?」
私に先輩は問いかける。
先輩は目線を私からずらして、足先を見た。
「星を見上げます」
先輩はこっちをみた。私は先輩越しの空を見ていた。
「死んでしまったら、どうしようもないでしょ。その前に咎めるとは思いますが」
私の言葉に先輩は、曖昧な笑みを見せた。
「じゃあ、今がその前だとしたら?」
「とめますよ。どうやって死ぬつもりなのわかりませんが」
私は立ち上がって、ドアに近寄った。冷たい風と冷えた空気が体当たりしてきてブルリと体が震えた。手先が凍る。
「あなたが死ぬと、私が困るんですよ。先輩のこと、好きだから」
先輩は、驚いた表情の後。笑って
「なに、告白?」
と聞いてきた。
「違いますよ」
と返せばもっと先輩は笑った。
透明な空気に先輩の声が響いた。
あれから、月日が流れた。今じゃもう、梅雨入り前だ。紫陽花が輝き、枯れていた木も葉も緑に生い茂っている。みんなこれから生きようとしているのに、先輩は死んでしまった。
生きてて欲しかった。それは伝えられない。それでも、生きてて欲しかった。
なんで、私が生きづらいってわかったんですか?
なんで、途中で終わらせたんですか?
なんで、星になりたかったんですか?
答えはないし、伝えることもない。あの冬にあっことはきっとお互いの秘密だろう。
進路に悩んでいたのか。わからないが、先輩はキチンと大学に進学したはずだ。
高校三年になってわかったこともあるんです。先輩。人生って一回だけなんですね。知ってるのに、知らなかったです。でも、果てしなく長いですね。終わりがあるはずなのに。無限に感じます。先輩、言ってましたよね。無限はないって。でも、途中で終わらせるのは違くないですか?先輩。いつも部活で色々教えてくれた先輩。
鼻の奥がツンといたんだ。梅雨の湿った匂いがあの日の埃の匂いと似てて心が曇った。
オリオン座は見えない。空見えない。
先輩がいなくなっても、私は生きてかなちゃいけないんです。生きづらいですね。先輩。
なにも答えが出ない。聞こえもしない。空は曇っていてなんだかあの日を強く思い出した。
まだ聴きたいことも、話したいこともあったのにもう届かない。
葬式が終わって数日が経った。まるで先輩なんて生きてなかったかのように朝日が昇った。久しぶりの晴れに心が少し踊った。
星がチラホラと見えるが、冬にはかなわなかった。オリオン座は見えないし、他の星も見えない。死んでしまったのだろうか。あの星のように。
湿った空気を感じる晴れた空になぜか心が痛んだ。
なんで、星になったんですか。
その問いの答えを聞きたくて今日も空を見上げる。
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