私は知ってるから。
大丈夫。
「時々、嫌だなっておもうんだよ」
「生きていかなちゃいけないんだなって」
私はなにも言わなかった。
星が光る冬の空。碧碧しい星を眺めながら隣に俯く彼女の話を聞く。
「人生100年時代だってさ。この時代に、生きてたい人なんていないのに」
色々突っ込むことはあったが私はなにも言わなかった。
マフラーが風を防ぐ。冷たい風は鼻に直撃して冷たかった。
「みーんなつぶやいてるじゃん。死にたいって」
せやな。と軽く呟く。息は白かった。
「でもね。途中で終わらせる勇気がないから尚更辛い」
小さくなる彼女をみて私はなにを言えばいいのか少し悩んだ。
「なんでだろ。なんでこんな風にしか考えられないんだろう」
手すりに腕を組んで埋めていて顔は見えない。でも、泣きそうなことは声でわかった。
「なにが嫌って。なにも嫌じゃないの。べつにすごく死にたいわけでもないの。でもね。嫌なの。これから先があるっておもうと嫌なの」
静かな暗殺者が彼女を静かに殺していく。まるで、丑三つ時の森のように。
ビルの光はチラチラしてて、絶景だなとしか思ってなかった。
でも、彼女にとっては眩しいのだろうなとおもった。
「やりたいことだって、なりたいことだってあるんだよ。でもね、それが本当にできるか怖いの」
「やってみればいいじゃん」
私がそういえば
「怖いの。わかってるんだよ。でも、さ。やる前から分かるのだってあるじゃん」
今の彼女にマイナスな言葉は良くない。
でも、私は知ってる。彼女が努力してるのを。死にたいって思いながら死なねなくて、それを知ってて生きなちゃいけないって。どんな思いなんだろう。
「ねぇ。私、死にたいよ」
とうとう彼女が崩れてしまった。手すりに組んでた顔を俯きながら上げた。手すりにつかまったままかがみこんでしまった。彼女が小さくなる。
自殺の恐怖を知ってるのは、きっと人間だけだ。
「どうしよう、でもさ、死んじゃうとさ。お母さんとか、お父さんとか、迷惑かけるじゃん。何よりもさ、怖いじゃん。それって。痛いじゃん。後悔するじゃん。でもさ、生きてるの、辛いんだよ。私より、辛い思いしてる人なんていっぱいいるよ。病気の人とか、虐待受けてる人とか。でもさ、知らないじゃん、そんなの。赤の他人のことまで考えるなんて、無理じゃん。でもさ、悲しんで欲しくないんだよ。でも、冷たくされたくないんだよ」
もう。むり。消えたい。生きたくない。と小さく聴こえた言葉に私は彼女を包んだ。
彼女の肩越しにコンクリートが見える。星は見えない。そんな暗いところばかり見てたら、しんどいよ。
「大丈夫だよ」
鼻の奥が、ツンと痛んだ。
「いいよ。休んでいいよ。赤の他人のことなんて、知らなくていいよ。だって、赤の他人だもん。私は、知ってるから。だから、だから、大丈夫だよ。私がいるよ。辛いね。分かるよ。死ぬのは怖いもん。虚無は怖いから。怖いから。だから、大丈夫。大丈夫だよ」
何かを言わなければならないと思ったのに、出てきた言葉は、良くわからない言葉だった。彼女が私にしがみついてくる。
膝をついて彼女を包んでるから、膝が少し砂利が皮膚を押して痛い。でも、彼女の心の方が痛い。
「でも、で、でもさ。でもさ?怖いんだよ。なにもかも。ねぇ、どうしたらいい?どうすればいいの?ねえ、ね、ねぇ。わ、私。こわくて。見えない何かがいつも、いつも、首を締めるの。息が詰まって、息ができなくて、も、もう、怖くて。怖くて」
嗚咽交じりに言った彼女の言葉はとても心がツンとしたし、鼻の奥もツンとした。目の奥が熱くなった。恐怖を持って生きるのはとても辛いのに。それでも彼女は生きようとしてる。明るく、懸命に、生きていこうとしてる。
「大丈夫。大丈夫だよ。わたしが、いるから」
なんとも言えない、言葉にできないソレは人を苦しめて殺すことがとても好きだ。
だからこそ、わたしは彼女に言いたい。生きてて欲しいと、誰だってそういう時はある。貴女だけではないと。でも、なんて言えばいいんだろう。
「きいて」
そっと彼女から離れた。鼻を赤くして、目は星の光によってキラキラと光っていた。彼女の瞳にわたしが映る。
「貴女は、貴女しかいない」
寒さが鼻を凍らせた。
「貴女しかいないんだよ。人間の話じゃない。個人の話」
彼女の髪の毛が風でなびいてる。
息を整えるように、ふぅふぅと呼吸をする。
「自分がいなければいいのかもしれないって、思うことなんて、たくさんあるよ。あるけどさ」
唾を飲んだ。ゴクリの喉を潤した。
「でも、貴女は貴女しかいないでしょ。1人なんだよ。貴女がいなくなったら貴女はいないんだよ。いくら同じでも、貴女じゃないんだ。わたしは、それが、すごく、いやだ!」
叫んだわたしの声は空に響いた。
彼女の瞳が揺れるのが見えた。届くかな。届いて欲しいな。なんだか、わたしの方が泣けてきちゃって、俯いた。
俯いてから彼女が動いた。
「みて」
小さな泣き声じゃない彼女の声を聞いて、顔を上げた。
空には碧碧しい星が相変わらず輝いていた。
「きれいだね」
「あんまりさっきと変わってないよ」
と言えば、彼女は笑って
「そっか。下、向いてたもんね」
手すりの下は、暗い暗い底だ。
「気づかなかった、なぁ」
コンクリートの床に座り、手を後ろについた彼女は空をずっと見上げていた。彼女の足の間にいるわたしも空を見上げた。
「変わってないけど。変わらないのがいいのかな」
「いいのかもね」
彼女がそう言ったあと。ひっく。と泣き声が小さく聴こえた。驚いて顔を彼女の方に向ければ彼女は笑いながら顔を拭ってた。
「わからないけど。わからないけど。なんかさ」
「いいよ。なんとなく分かるから」
私は少し身体を上げて彼女の頭を撫でた。
「ありがと」
その言葉に私はなんだか胸が暖かくなって、笑った。
「いいよ。いつでもいいなよ。また、星を見よう」
そういえば彼女はまた笑った。
きっとまた、彼女は悩むんだろうな。また、苦しむんだろうな。でも、生きていくんだろうな。
でも、私はきちんと知ってるから。だから、大丈夫。生きててよ。生きてて欲しい。
悩んで苦しんで、また、立ち上がって、深呼吸して。
また、笑ってくれたら嬉しい。
貴女は貴女しかいないんだから。
結局のところ、生きていくというのは自殺するよりも勇気のいることだ
アルベール・カミュ
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