どういうわけか。人というのは、危険なものに惹かれやすい。ジェットコースター、鬼ごっこ、バンジージャンプ、ホラー映画。その他諸々。
何故だろうか。怖いのに、恐ろしいのに惹かれてしまう。
「君は、きっと人外だね」
「失礼だろ。お前」
クラスに一人。いつも一人でいる子がいる。べつになんてことないんだけど、噂はある。性格が悪い。口が悪い。人を蹴り飛ばしたことがある。タバコを吸ってる。いつも長い前髪にマスクをしている。醜い顔をしてる。
でも、そんなところ見たことがない。でも、なんか一人だけオーラが違うと思う。
「褒めてるんだよ?」
「どこがだよ」
「でも、怪我はするんだね」
「は?」
「だって、ほら」
そう言って腕を触れようとしたら、静かに引かれてしまった。
「君の血の色は、きっと、黒色だね」
私の言葉に彼女は、は?と眉間にしわを寄せた。
「だって、アニメとか割と化け物って血が暗いじゃん?赤黒いっていうか。黒赤っていうか」
「何言ってるの?おまえ」
めんどくさそうに話す彼女は、やはり変だ。
「あと、独りだし。バケモノって、独りなんだよ」
私がそう言うと、彼女は少し固まって
「うるさいな。化け物だから一人でいるんだよ」
と言った。チャイムがなってお邪魔していた席を立った。
彼女の右斜め二つ後ろ。人と人の間から彼女が見える。
バケモノって、私は、素敵だと思ったんだけどなぁ。
「一緒に帰ろ?」
そう言えばなんとも嫌な顔をされた。いや、前髪とマスクで見えないんだけど。もっと彼女のこと知りたいんだけどなぁ。
私は無言で彼女に着いて歩いてると
「なに?」
「いや、だって」
「ストーカーかよ」
そう言って前を向いた彼女。ううん。謎が多い。
「ねぇ」
少し歩いたところで彼女が振り返った。
「なに?」
「どこまで着いてくるの?」
「家まで?」
「なんで、疑問形なんだよ」
そう言いながら焦った顔をした。
ストーカーをされる人って、そんな顔色になるんだなぁって思ってると。彼女はもっと顔色を悪くした。
「なんでいつもマスクしてるの?」
疑問を声にすれば、彼女はびくりと身体を揺らした。
「ねえ。なんで?」
彼女の顔を覗こうとすれば、フイッと背けられてしまった。
「どうでもいいでしょ」
「私は、化け物なんだから」
そう言うと走って逃げてしまった。
次の日もその次の日も、彼女に話しかけた。
ある日、一緒にというか後からついて帰ってると、振り返って無言で私に迫ってきた。私は彼女と住宅の壁に挟まれた。
「いい加減さ、わかりなよ」
「なにが?」
「うっとおしいんだよ」
そういうと彼女は私の横を足で蹴った。
なるほど。蹴るという噂はこういうことか。これは、蹴ってないぞ
「いちいち、人の後ろ回ってきて。なんなの?ほんと、私のなにが知りたいの?」
「全て」
そう言えば彼女は、固まった。少し私より背が高い彼女。少し目線を上げなければならない。
彼女は驚いたまま、なにかを言いたそうな顔をして上げた足を下ろして、またなにかを言いたそうな顔をした。最近、その顔多いなと思いながら
「化け物の定義ってなんだと思う?私はね、人の形をしてるかだと思うの。人の形をしてるから不安になる。人ならざる形をしてる時はどう見ても化け物だもん。だから、違う。化け物が人間らしくしたいなんて無理でしょ。だって、化け物だもん。怖がられるに決まってるのに、それを嫌がる化け物なんて見たくないでしょ」
そういえば、またさっきのような顔をした。
「じゃあ、これはなに?」
そういうと彼女はマスクをとった。
マスクの下にあった口は斜めになっていた。歯並びは悪く。惨めというか醜かった。
彼女マスクを元に戻し、踵を返して帰って行った。私はその場に立ったままだった。
マスクの下は醜かったが、前髪の隙間から見える瞳は赤く。綺麗なルビーだと思った。
「ねえ。忘れてたんだけど」
彼女は、私が話しかけにきたことを驚いているように思えた。
私はスマホを出した。
「ライン、頂戴」
「いやだ」
「お願いだよ。友人がいないんだよ、私」
「ぼっちか」
「あ、でも。君がいるね」
ああ、またその顔。言いたいことがあれば言えばいいのに。
無理やり彼女のスマホから私のラインを登録した。
「あ、返信。私早いから早めに返してね。ムカつくから」
「わがままか」
でも彼女は少し嬉しそうで、ああ。その顔は初めて見たなって思った。
いつも笑えばいいのに。なんで、笑わないんだろう。綺麗なルビーが暗いところから輝いて見える。
ラインを交換してから彼女は返信はそれなりに頑張って送ってくれている。彼女と話すようになって、テストも終わって肌色が学校から減ってきた季節。黒のカーディガンが目立つようになった。
なんだか今日の彼女はイライラしていた。
「なんか、変なものでも食べた?」
「なんでそうなるんだよ」
体調が悪いのかと思ったがそうでもないらしく、わからないことばかりだなぁ、半年もいるのに。
相変わらず、私は彼女の家までついていく。最近は、隣に立ってもなにも言わなくなってきて後ろをカルガモのようについていた頃が懐かしかった。
「じゃあね」
毎回サヨナラを言うのは私。彼女は無言で帰っていく。挨拶は基本なんだよと言ったことがあるが、なにか言いたそうにして言わなかった。
手を振って彼女を見送る。全く、少しくらい手を振ってくれてもいいのに。
「ねえ。なんでマスクとらないの?」
そう聞けば彼女は嫌な顔をした。
「知ってるくせに」
「あるよね。そういう病気」
「知ってるなら言わないでくれる?」
「なんで?」
「なんでって。醜いから」
「化け物だもんね」
彼女はいやな顔をした。
最近の彼女は何かを大いに避けてる気がする。怯えたように帰ることもあるし、気分が悪そうに登校することもある。
化け物って、確か。助けを求めてるくせに声にしなかった気がする。
「どうしてなにも言わないの?」
じゃあね。とお馴染みの言葉を言う前に彼女に聞いた。
「ねえ。なんで?なにが怖いの?言ったじゃん、化け物は化け物なんだから、怖いものなんてないって。怖がられるのが基準なんだから」
なにも言わないし、こっちを見ない彼女はずっと門に手をかけたままだ。
どうして言わないんだろう。なにが怖いんだろう。わからないよ。わからないからつきまとまってるのに。なにもわからないよ
「ねぇ。言えばいいじゃん」
そう言えば少し彼女の指が動いた。
私はなにも言わない彼女にイライラして、腕を掴んで振り向かせた。
「ねぇ、聞いてるの!!」
少し声を上げてしまった。でも、彼女は下を向いてて少し顔を覗いた。見たこともない彼女の顔。言いたいのに辞めることをしていた顔ではなく、言いたいのにいえない顔をしていた。泣きそうな顔に、私は自然と腕の力を緩めた。
「なんで、言ってくれないの?」
言い方を変えた。信じてほしいな。頼ってほしいな。いつからか私は貴女を友人だと思ってたみたいだから。だから、泣かないでほしいな。
でも、彼女はそんなの知らないと言ったふうに無言で帰ってしまった。
私の腕だけが、宙に浮いていた。
「じゃあね」
私はお馴染みの言葉を言う。化け物だと思う友人は無言で入っていく。
あれから、彼女はもっとなにも言わなくなった。何かあったかのように人目を避けているように見える。
振っていた手をスッと下げる。何かいい方法はないのか。化け物には人間の言葉は通じないのかなぁ。
ある日彼女と帰ってると。なにか人の声がした。彼女が固まる。
「なに、友達?」
そう聞けば彼女は固まったまま震えていた。
「久しぶりじゃん」
そう言って前方から彼女の知り合いらしき人たちが向かってきた。
「なに、友達できたの?」
派手そうな女の子たちは彼女に聞いて笑った。
「ねえ」
話しかけられた私は。なに?と返した。
「あんた、こいつの顔知ってる?めちゃブスなんだよ」
その言葉でわかった。なんで彼女が人目を避けていたか。頭を少し回した時。その子が彼女のマスクを無理やりとった。彼女は驚いて顔を手で隠すのに数分かかった。
「うわ、きめぇ」
と言って笑ってる彼女たち。彼女は泣きそうになっていた。
「知ってるよ」
私の言葉にする彼女たちは固まった。
「だって、彼女は化け物だもん」
そう言えば彼女たちは、ゲラゲラと笑った。
「あんた、友人に、化け物って言われてんの?」
さいこー。なんて言って笑ってる彼女たち。
「でもね。瞳は綺麗なんだよ」
私の言葉に、彼女たちが不機嫌になった。
「ほら」
私は彼女の前髪をめくった。
「綺麗でしょ?」
彼女の瞳が揺れた気がする。
でも、その子たちは赤い目を見て
「うわ、なにその目」
と言った。
「綺麗だよ」
「はあ?どこがだよ」
「化け物だから、いいんだよ。赤い目で。普通の目をした化け物なんて化け物じゃないでしょ?」
と当たり前のことを言ったのに。彼女たちは
「なに言ってんの?まじ。頭おかしいんじゃない?」
と言ってどっか言ってしまった。なんでだろう。下は醜いけど、瞳は綺麗だと思ったのに。彼女に話しかけようとしたら彼女が走ってしまった。私はなんとなく走ってついていった。門は力みすぎて閉まらず跳ね返って少し開いてしまっていた。サヨナラを言えなかったと、残念に思っていたら。ガシャンと大きな音がした。びっくりして振り返ると彼女の家からだった。何事かと思いその場に立ちすくんでいた。またガシャンと音がなった。中を伺おうと門の前をふらふらしてみる。なにか部屋の中で彼女らしき人が暴れてるのを見てと慌てて彼女の家に入った。
勝手にリビングのドアを開ける。ソファの近くに何か固まりが見えた。
「・・・」
無言で近づく。彼女の目は充血し、なんの赤かわからなくなっていた。
彼女は私に気づくと顔をうつむかせた。なんともいえ難い部屋だった。散らかってるし、なんか割れてるし。きっとさっきの音はこれだったんだなと思った。
「どうして」
私の言葉に彼女はびくりと身体を動かした。
「助けてって、言わないの?」
彼女はだまったままだった。
「言ってよ。助けって。なんで言わないの?なにも言わないとわからないじゃん」
彼女は泣きそうだった。
泣きたいなら泣けばいいのに、言いたいなら言えばいいのに。怒ればいいのに、叫べばいいのに。
「だから、化け物だって、言ってるんだよ!」
私の言葉に彼女はびくりとまた震えた。
「化け物は、退治しないと」
静かに言った私の言葉に彼女は固まった。
私のことを見た彼女はなにかに震えていた。私は彼女に近づいた。屈んで彼女と向き合う。
「ねえ。名前」
「へ?」
「名前。教えて」
私は彼女の名前を知らない。
何も知らない。化け物のことしか知らない。
「・・さやか」
すんとした青葉の広がる草原のような名前を聞いて、私は彼女を抱きしめた。
「さやか。さやか。さやか」
私は何度も呼んだ。
少し離して彼女をみた。赤い目からは透明な水を流した。一滴ごと、器用に。
「ねぇ。瞳。みせて」
彼女は顔を下げた。
私は無言で前髪をめくった。相変わらず、宝石をはめ込んだような綺麗なルビーが光る。
「綺麗だなぁ」
私の言葉に彼女は泣いた。
「化粧とかで誤魔化せばいいのに」
「無理だよ」
「でも最近は。マスクで隠すのはやってるから行けるかもね。瞳が赤いのだって。堂々とすればいいのに。しょうがないじゃん。病気なんだから」
私の言葉に彼女は顔を歪めた。醜い顔をもっと、捻じませた。
でも、瞳は綺麗だった。瞳孔が黒いからちょっと濃い色をしたガーネットの方が良かったかなって思った。
「好きだよ。この瞳」
言いたそうで言いにくそうなあの顔をして、彼女はまた、ぐしゃりと歪めた。
「ありがとう」
少し照れた笑みは本当に綺麗で、あの醜い化け物の顔は一種の芸術に見えた。
血が黒いかもしれない化け物は、さやかと言って。草原を想像できる爽やかな名前だった。漢字は知らないけど。きっと漢字を見てもそう思うだろう。
「さやかは、醜いけど。綺麗だよ」
赤い瞳からは透明な水を流し、醜い口は優しく微笑んだ。
赤い瞳を持つ化け物は、勇者に倒されて、今、人間になった。
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