コスモスが死んだ日

秋が深まってきて、いつのまに冷える風が吹き込んでいた。
屋上から見える空は青くて低いはずなのに果てし無く感じて高く思えた。
小さくガタンゴトンと聞こえる電車の音がまた、この景色を綺麗にさせていた。

「泣いてるの?」

「花粉だよ」

そろそろマフラーを洗わないと。
埃を一年被ったお気に入りのマフラー。ワインレッドのマフラーは大人っぽくて好きだ。

「秋に花粉?」

「稲とかね」

そっか。と言って屋上に座り込んで足を投げ出し手を後ろについてのんびりしてる友人。
フェンスに手をかけるとカシャンと音がした。
風が強く吹く。髪の毛が後ろに流される。プリーツの裾が揺れた。
夕暮れが近くなってきた時。雲がピンク色に染まる。レイリー散乱現象というらしい。今日の科学でやった。

「ビーナスまだかな」

よくわからなかったが、日没や日の出の時にできる地球の影らしい。その陽が沈む線のことを、ビーナスベルトというらしい。よくわからないが

「まだかな。あと少しだと思うけど」

冷たい風は木の葉を揺らしていた。
猛暑だと言われていたあの日はもう思い出せない。鮮やかな緑だった葉が、深緑になって、茶色になった。禿げていく木々は寒そうだと思った。
そろそろタイツを履いてもいいかもしれない。でも、まだ、早い気がする。
来年は受験生だ。死にたくなるのかな。今でも死にたいのに。

「寒くなってきたねー」

相変わらずのんびりという彼女。

「そうだね」

と適当に返す。
鼻をすする。花粉が顔に大量についてる気がする。
秋は寂しいと感じてしまう。清々しい天気なのに、心が曇る気がする。

「なあに。また泣いてるの?」

「花粉だってば」

目もしょぼしょぼしてきて、目が痒い。ギュッとつむって開けての繰り返しをする。
秋花粉は知られてないが、わりとみんな秋花粉には弱い。
夕陽は夏と違って冬になると、まるで鼈甲飴のように輝く。空は低いからオーシャンブルーのように上の中心から藍色が広がっていく。風は冷たくて、日は暖かい。そのアンバランスが気持ち良かったりする。深呼吸をする。冷たい空気を身体に入れ込んで、温かくなった二酸化炭素を吐き出せばそのうち白い息になりそうだと思った。

「あと、どれくらい?」

友人が後ろから言ってくる。

「どーだろ。18時くらいじゃないの?」

「その時間はもう、真っ暗でしょ」

「じゃあ、17時30分頃かな」

わりと適当に言ってみたが、納得したのかわからないような返事が返ってきたから何も言わなかった。
わりと、辺りが暗くなってきて青が空を濃くしていく。鼈甲飴のような夕陽が見えなくなってきた。学校の屋上から見える街中は夕陽に当てられて真っ暗になっていた。きっと、夕陽側はオレンジだ。

「あ」

グランドで走っていた陸上部の友人がリレーで勝っていた。青春をしている彼女をみてなんだか心が曇る。
ふと、空を見たら一番星が輝き始めていた。

「雲がピンク色になってきたね」

夕陽がビーナスベルトに突入した。

「綺麗」

友人の報告に雲を見れば薄くはあるがピンク色になっていた。きっと、これから濃くなっていく。
ピンクフラミンゴのような雲が多くなっていく。
空は、藍色が広がってきていて水色が少なくなっていた。藍色、水色、黄色、オレンジ、そのグラデーションによってできたピンクフラミンゴ。

「いつも、ありがとう」

後ろにいた友人が言う。

「ごめんね」

無意識に唇をかんだ。謝られたことになんだか怒りを覚えた。

「忘れていいよとは言わないよ。忘れないで」

当たり前だと言いたくて口を開いたら声が出なくてもう一度口を閉じた。

「秋は、ダメだ。曖昧だから」

いつも言っていた口癖を言う。その言葉をなぜ、私は聞き流していたんだろう。
秋が好きなのに秋の雰囲気が嫌いだった彼女。
曖昧で体が鈍る雰囲気が嫌いだと言っていた。心を押しつぶされるような気がしたからと
秋に生まれたくせに、桜と名付けられた彼女。

「ごめんね」

その言葉を私は薄い君じゃなくて、温かみのある君で言われたかった。

「いやだ」

下を向いて手を握った。
ぐしゃりと音を立てたものを見る。この雲のような綺麗なピンク色。紫。ビビットピンク。花占いがうまくできそうな花びらの数。
フェンスをカリャリと音を立てさせた。不思議と涙が目に溜まりはじめた。喉がなる。今日の花粉は特にひどいらしい。

「泣いてるの?」

しょうがないなぁと笑いながら言ってくる彼女。花粉だよ。花粉が今日はひどいんだ。こんな屋上にあるし、顔には粉が付き放題だ。

「泣かないでよ」

と後ろから言ってくる。
わかってる。でも、きっとこれは本物だ。あり得ないことだが、これは本物だと思いたいのだ。そうでなくては、困るのだ。
紅葉が始まって、ピンクフラミンゴが空に生まれる。私は、君に生きてて欲しかった。唐突に訪れたさよならはどれだけの人を悲しませたと思う。
わかるよ。死にたい気持ちなんて。でも、君が先に逝ってしまったから、私は何もできずに立ち止まってしまっているんじゃないか。
君は全て知ってて、全て捨てた。全部を終わらせもせずに全て捨てた。
次に行くようにと諦めさせようとしてきたくせにそれもついには捨てて逝った。

「ごめんね」

ふわりと後ろから首に腕を回して抱きしめてくる。でも、それは本当じゃない。
君の抜け殻を探してここにきては、何も見つからずにいる。
君が死んだ日。空はどんな風だったんだろう。
去年の秋に枯れていったその花を、私は忘れることはないだろう。


list