間も無く、ー行きの電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください。
綺麗な声をした男性のアナウンスが流れると、錆びたレールの錆びなかった銀色に光る場所に鉄の四角いモノが通る。
一体何人の人を引いたことがあるのか。ふと考えた考えを前髪を払うと同時に打ち消した。
「なにしてるの?」
久しぶりに見た高校の後輩は化粧を一丁前にして大人っぽくなっていた。
なにやら恐れたような顔をして私を見る。
「気分が優れないの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど」
ホームのペンキが塗られている柱にもたれかかるのではなく、隠れてる。のほうが正しいのかもしれない。その謎の行動の意味がわからなくてとりあえず、側によった。
「お、お久しぶりですね」
「そうだね。元気してた?」
「まあまあです」
相変わらずの口調と言葉で、彼女が彼女であることを改めて認識した。
「寒いね。最近は」
「先輩、まだマフラーしてないんですね」
「あー、うん。忙しくて」
「そ、ですか」
話しかけて見ると何やら悩んでいるようで、そこで思い出した。そういえば、この子は鬱だったな。でも、本人は認めたくなくて病院も通わず過ごしていた気がする。すごく明るいわけではないがそこそこ普通に明るくて冷静な面も持ってる我慢強い子。ああ、病院は通ってたな。一応。すぐ行くのやめてたけど。病院が嫌いだったなとふと思い出して
「学校帰り?」
「はい」
「バイト?」
「今日は休みです」
「そっかぁ。じゃあ、ご飯行こうか」
「いいですよ」
相変わらずのフットワークの軽さに、ため息と笑みが漏れた。
食べることは好きなのに、あまり大食いではない彼女。その矛盾の多さは変わってなかったようで。
「美味しいです」
「そっか」
私の住んでる一人暮らしのマンションの近くにあるカフェのディナーをご馳走してあげた。
失敗が嫌だからとメニューを真剣に眺めて悩む彼女。可愛いと思いながらお冷やを飲んで、今何をしているのかお互いに話してるとパスタが到着して嬉しそうに写真を現在っ子よろしく撮って、いただきますと手を合わせてパスタを頬張っている。
「そっか。勉強は大変?」
「挫折しそうです」
「そっか」
「先輩は、就職して大変ですか?」
「まあね。でも、仕事だから。お金もらえるし、嫌いな職業じゃないしね」
「そ、うですか」
思いつめたような顔をすることがある。
彼女自身、わりと顔に出やすいのに隠すのが地味にうまいから騙されることが多々あった。
でも、私の前じゃそれは無意味になりつつはあった。
「高校の時よりも、顔に出るようになったね」
「え、ほんとですか?」
「いいことでしょ。心配を気軽にしやすくなったわ」
そう言えば自分の頬を手で触る。意味ない行為をしてる彼女に
「デザート、なにがいい?」
「え、いいんですか?」
「私も食べたいからね」
といえば、またケーキの種類を真剣に悩む。
なに1つ変わってないのに、随分と大人っぽくなった。そして、存在感が濃いのに。普通なのに、普通だからこそか。いつのまにか消えてしまう感じがする。
カフェではあるが、一応夜にはバー並みのカクテルが出るこのカフェ。金曜日なのもあって人が多い。すぐに入れてよかった。
ケーキを注文して、またご飯を食べる。相変わらず、彼女の話を面白かったし、楽しい。人を楽しませることがうまい彼女。パスタはすっかりなくなって店員さんにケーキを持ってきてもらって目を輝かせて食べる彼女。
「そういえば」
紅茶を一口飲んで彼女に思い出した用件を伝える。
「ホームでなんであんな、柱に隠れてたの?」
そう聞けば、アハハ。と笑って、目を泳がせて
「飛び出しそうだったから、守ってたんです」
と言った彼女。
「幸せになりたいんですけど、なれなくて」
よく口にしていた言葉だ。
幸せって、他の国からしたら平和だしそうだろう。でも、だからって幸せなんだろうか。ふとした小さなことでいちいち幸せを感じていたらなんて、みすぼらしい人なんだろうと思う。彼女は昔そう言ったことがあった。
「恋が人生の全てじゃないって言いますけど、でも、全てなんですよ」
失恋でもしたのか。それも、したんだろうな。
「愛してる人に愛されないことほど苦しいことはないんです」
「そうね」
「夢を掴むのだって、大変なんです。でも、頑張ってる人がいるのに、挫折するのはちょっと、できないっていうか。なんというか、その」
「ふとしたとき。今の地点から未来があるのが怖くなるんです」
彼女の口癖だ。
死にたいとも言えない彼女。そこは大人になったと思う。
死にたいと言うのが、鬱だ。私が言ってるのは死にそうだ。だから、鬱じゃない。現状を告白してるだけだから。
昔そんなことを言っていた。相変わらず、死にそうに生きてる彼女。山手線のように堂々巡りをしている彼女は輪廻の輪にきちんとなることができるだろうか。
「未来がないと幸せになれないじゃない」
紅茶を飲んでそういえば、カフェオレを飲んだ彼女は
「私、未来が嫌いなんです」
と細く言った。
「大丈夫よ。あなたは、頑張ってる。挫折してもいいじゃない。だれか困らせるの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「未来は広くて長いんだから。挫折して一般就職すればいいじゃない。やるだけやってみなさいよ」
わりと完璧主義の彼女は、そういった最後までやって諦める。足掻くことが苦手だった。
しんどそうに生きる彼女になにを言えばいいのかわからないまま紅茶を飲んだ。
「そ、うなんですけど。人生、うまくいかないものですね」
苦笑いを浮かべて言う。
当たり前でしょと言えば、もっと笑った。
「電車って。真っ直ぐに進んでると思うでしょ」
私が言えば不思議そうな顔をされた。
「でもね、実はそうでもないのよ。車線変更しまくってるし、立ち止まってばかりなのよ」
暖かい色をした光に包まれている店内は、まるで繭だった。
「だから、みんな人生を電車に例えるんじゃないかしらね。立ち止まって、車線変更して、最終的には目的地にたどり着くの。そこがどんな駅だとしてもね」
相変わらず、思いつめたような顔をする彼女。
ため息が漏れる。
「なにがあったか、知らないけど。失恋にしろ、なににしろ。寂しさを感じてる暇なんてないんじゃない?それは、虚しいことじゃないわ。きっと、そうね。朝日を迎えた始発電車に乗った時のような気分になるんじゃない?」
「始発なんて、乗ったことないですよ」
彼女の意見に、クスリと笑って
「今度、乗ってみたら?きっと、楽しいわよ」
明るくなる世界を走る自分だけの世界。
ごちそうさまでしたと笑って帰った彼女を見送る。大人っぽくなった彼女。でも、相変わらず、生きにくそうに生きていた。きっと、あの子はいつか死ぬだろうな。でも、生きてるだろうな。
きっと、月曜日からもまた柱に隠れて守っているかもしれない。でも、守れるようになったんだなと思った。綺麗な夕陽もなくなって真っ暗になった世界。星が淡々としている。君があそこに行くのは、私の後であってほしいと切実に願う。
前 list 次