人混みは昔から得意ではなかった。
それでも、あなたの音楽が聴けるならそこは、私にとって素晴らしい場所になっていた。
小さな箱で生まれ育ちそこで死ぬと決めたかっこよさに惹かれた私はそこに行くことが唯一の救いだった。
彼女が選んだのか誰が選んだのかわからないが、カッコいい音楽が流れ、やがてあたりは暗くなる。
真っ暗闇に赤い光が差し、心臓にまで伝わる振動は私にとってそこが素晴らしい場所であると教えてくれていた。
「音楽の道に行くの?」
「いや、正しくはその人たちを支える仕事かな?」
彼女は昔からドラムをやっていた。
吹奏楽部でパーカッションになった彼女はドラムを叩き惚れ込んだという。
今やバチは何本目なのかわからない。
かの有名なドラマーのように歌ってドラムするのではなく、ジャズやオーケストラ、バンドにも使われる御用達のドラマーになりたいという。
有名になるのが夢ではなく、ただドラムを叩ければ何でもいいらしい。
「うん。だからさ、なんかライブで使われるようになったら来てよ」
そういって笑ったあなたは、いつからか、ドラマーを中心としたロッカーになっていた。
音楽の道なんて細い細い道なのに、彼女は見事に有名になった。
歌を唄い出したのは、もう何年も前になる。
随分と遠いところに行ってしまったように思える彼女をみて、私はあの日を何度も思い出す。
「歌を出すの?」
「そう」
久しぶりに会えたのは、高校を卒業して20歳になってからだった。
歌は歌わないと言ってないが、それでもその道に進んだ彼女を私は呆然とみていた。
音楽業界に詳しくない私は彼女の愚痴や想い、考えをひたすらに聞いていた。
夢がないわけではなかった。それでも、私も夢を追いかける情熱は持つような年ではなくなってしまった。がむしゃらに向かうことなく、とりあえず、そこにある課題を片付けていくようなそんな感覚。
お酒を飲んで駅に向かって歩く。
機嫌良さそうに口ずさむ曲は私もよく知ってる曲だった。
「その曲」
「初めて完コピした曲」
照れているように笑う彼女。
パフォーマンスの一つだといって長く綺麗な黒髪がサラリと揺れている。
「ねぇ」
慎重に語りかけてきた
「時間ある?」
明日は休みだ。いくらでもある。そう伝えれば、深呼吸をして来て欲しいところがあるといった。
あるマンションにたどり着いた。ここは彼女の家だ。でも、連れてかれたのはそこの地下にある部屋だった。
カチリと電気をつければ、大きなスピーカーに、様々な機械があった。
その角に堂々とした姿のドラムが置いてあった。
「ちょっと聞いてて」
ドンと下にある大太鼓をペダルを使って鳴らす。心臓に響くその重さに私は固まった。
シンバルを軽く鳴らす、小太鼓を叩く。すべてがはじめての音だった。
上着を脱いでスティックを鳴らす。
カンカンカンとリズムをとってから軽快にスティックを叩く。
シンバルと小太鼓を叩き、ペダルで下に構える大太鼓を叩く。その安定のワンテンポが変わっていきどんどん早くなっていく。
ドッダン、ドド、ダンと簡単だったリズムは、言葉で言えないリズムに変わり高いところに設置してある太鼓とシンバルを噛み合わせていく。
綺麗に筋肉がついてる細っこい腕を上下に動かしたり小刻みに動かしていく。
動く度に揺れる綺麗な黒い髪はまるでダンスをしているように思えた。
見惚れていて気づいた。彼女の唇が歯によって縫い合わせられていることに。
今にも泣きそうに見えた唇の近くを雫が通る。
鼻息と騒音にも似た爆裂なリズムとダンスする髪の毛。
なにも彼女だってここまで来るのに簡単だったわけではない。
高校を卒業して、すぐに音楽大学に通った彼女。いろんなオーディションを受け、落ちても前を向こうと必死だった。
いつしか私は彼女のその足掻く姿に情けなくなって、自分の夢への情熱が逆に恥ずかしくなった。
いつか本で読んだことがある。
高校を辞めて夢に向かった彼と生真面目な女の子の青春の話。
夢を追うにしろ、なににしろ。自由には冷たさがあるといっていた。
今ならその話がわかる気がする。当時の生徒だった私にとってその言葉は心に深く刺さったが、今はそれが目の前にある。
あの女の子よりも私は夢を持ってるし。生真面目じゃない。それでも、その男の子と彼女がピタリと当てはまったような気がする。
ダンっ。だか、ジャンっだかわからないが、その両方がもしれない。最後を叩いて興奮してるのかスティックを放り投げた。シンバルの余韻とスティックが床に落ちる音。彼女の息。私の深呼吸。座ったまま少し前屈みになり、こちらから表情は見えなかった。腰に手を置いて肩で息をする。私はただ、彼女を見ていた。その姿はまるでドラムに命を捧げる儀式のようだった。
そして、おもむろに立ち上がった。ドラムに手を置いてドラムと向き合う彼女をみて私はこの日。はじめて音楽に殺されたと思った。
「ありがと」
一曲を歌い終わってお礼を言い飲み物を飲む彼女。
今度はドラムから離れてスタンドマイクに両手をかけてバラードを歌い始めた。
スタンドマイクに情熱的に歌う彼女はマイクにというよりも音楽にまるで、命乞いをするように思えた。
赤い光に照らされる中みんなのハンズアップした手がまるで地獄からの救援に思えた。でも、彼女の方が命に捨てられるのが一番恐れているようにも思えた。
先なんてないのかもしれない。でも、その先に行かないといけない彼女はどこへ行けるんだろう。
アンコールして出てきて、マイクをとって彼女は言った。
「夢を追うことを諦めない限り、生きていける」
諦めたわけでもない。でも、それでも、なんだか「生きていける」という言葉が彼女に言ってる気がして、気づいたら泣いていた。
「私はここに来るまで、色々あった。みんなもあるでしょう?でもね、私はこの子に。ドラムに、命を捧げてもいいと、心の底から思ったの。歌だって別に歌わなくてよかった。自分の曲じゃなくたって。他人の曲でもなんでもよかった。命を捧げるものはある?命を燃やすものはある?好きな人は?好きなものは?なんでもいいのよ、命を燃やすことさえできれば、きっと」
一呼吸して、空を仰いだ。マイクを元の場所に戻してスティックを持った。
「美しく死ぬことができる」
「命、かけようよ」
そういってスティックを振り回す。
私はファンとして、その場の波に乗った。最後の曲になって。彼女はあの日と同じようにスティックを放り投げた。
サンキューなんて言いながら袖にはけていく。
客はすごかったと言いながら出口に向かう。私はその場に立ち尽くしていた。客が半分以上減った時にふと我に返り出口に向かった。
ロッカーから荷物をとって駅に向かおうと進んでいるとラインが入った。
「来てくれてありがと」
チケットを彼女から受け取った私を見つけられたのは知らない。
すごかったと曲のリズムも、全て好きだと伝えれば
ありがと。と返ったきた。照れているのがわかる。私もなんとなく微笑んでカバンにしまおうとしたとき。
「私はきっと、ここで死ぬ」
とラインが来た。
あのスタンドマイクに命乞いをしている彼女を見て、私はあなたに惚れ込んだ。そして、あなたは音楽に惚れ込んだ。まるで片思いをしている気分になった。
冬の寒い空気を吸う。吐いた息は白かった。
私は、あなたにいつも殺される
前 list 次