拝啓、皆さま。先に旅立つことをお許しください。
そうして始まった彼女の手紙。春。桜が葉桜へと変わり始めた季節。彼女の部屋の机にポツリと綺麗に置いてあった。
5月17日。彼女の誕生日だった。
澄晴の天気に恵まれ、桜もちらほらといる季節ですが、いかがお過ごしでしょうか。といってもこれを読まれている頃にはきっと私はそれを確認することはできないでしょう。
私は両親に恵まれ、友人に恵まれ、恋人にも恵まれていました。
ただ、私には勇気がなかったのです。これから先、長いこと生きていく勇気がなかったのです。
私は未来が怖いのです。得体の知れないなにか暗いものが襲ってくるかのように、私はいつも未来に怯えて生きてきました。
人が死ぬ理由など様々でしょうが、私は未来が恐ろしい故に、怖いがために今の幸せが消えないうちに、感じられているうちに死のうと決めたのです。
これ以上幸せになったとしても、私はそれが終わる日を考えてしまうのです。続く未来を考えたとしても、それを怖く思えてしまう思考を持ったまま生きていくのは、大変なことであり、私には到底、できないことなのです。
私は幸せ者だったと思います。胸を張って言えます。だから、私は人のせいで死ぬのではなく。己の弱さに勝てず死んでいくのです。皆様には、特に家族には大きな悲しみを与えてしまうと思いますが、私は皆さまのことが大好きです。大好きだからこそ、私は死にたいのです。
幸せとは、ふとした瞬間に感じたり、壊れたりするものです。私は、感じることがあまりにも苦手でした。いつも、ふと壊れる瞬間だけを感じ考えて生きてきたのです。それは、私の性格であり変えることはできないことだったのです。
ふとした瞬間に訪れる不安の怖さをどう伝えたらいいのか、私にはわかりません。難しいことなのです。きっとこれは、だれにでもあることであり、きっと私にしかないことだったのだと思います。見えない恐怖と戦うには私は私を終わらせないといけなかったのです。独りで生きていく勇気もない私はこうするしかなかったのです。だから、私はその恐怖に勝ったのです。勝つことができたのです。
私の好きな言葉に「結局のところ、生きていくというのは死ぬこともよりも勇気がいる事だ」というカミュの言葉があります。そうです。私にはその勇気がなかったのです。一人できちんと戦う勇気がなかったのです。なかったから、だれにも言えなかったのです。言ってはいけない気がしたからです。私はいつ、どこでもふとした瞬間。穴に落ちていくかのように、氷が溶けていくように、溶けたアイスが棒を伝うように、死にたくなるのです。
きっとこの感覚はわからないと思います。楽しいことがあると楽しいと思えます。でも、それすらも怖いのです。その楽しさが終わってしまったら、その幸せが消えてしまったらと私は恐怖をいつも感じていました。
私が誕生日が好きではないのは、歳をとることではありません。これからも。生きていかなければなからないかと思うと憂鬱になってしまうからです。だから、私はあまり祝って欲しくなかったのです。でも、祝ってもらえると自分の存在を肯定してくれているような気がして心が軽くなってはいました。みなさんには、わかりますか?憂鬱さと嬉しさという両極端な感情を持ち続けて生きていくことの辛さが、わかりますか?わからないでしょう。わかっても欲しくないです。きっとこれはわかってはいけないことなのです。感じない方が幸せなのです。
きっと私の友人たちは恋愛での自殺かと一瞬思われたかと思いますが、それもあります。
恋愛ごときで死ぬような柔い心を持ってしまったのです。でも、私はそれが全てではないのです。私はその人との終わりを考えて生きていかなければならないからです。
将来、子供も生まれて家庭も持ったとして、私はこの不安に首を徐々に締められながら生きていくのかと思うと子供にどう接していいのかわからなくなるのです。
私は鬱ではありません。それだけは、言えます。病気だと認めてしまうと私はその病気に頼って弱々しく生きていかなければいけない気がするからです。でも、これを病気にしなければ私は一体なにに縛られているのだろうと思うのです。
少し昔話をします。私には大好きな先輩がいました。優しくて面白いお菓子作りの得意な先輩がいました。でも、突然に別れがきました。先に逝ってしまったのです。私は先輩に対して怒りやら悲しみやら複雑な感情を抱きました。
許せなかったのです。全て置いていってしまったあの人を。そして、同時に呆れたのです。全てを置いていく勇気すらもない自分自身に。それほど自分を呪ったとこはありませんでした。そして、その死は、置いていかれた人の悲しみもわかるものでした。なおさらなにも置いて行かなくなった私は、もう、前も後ろもいけなくなってしまったのです。今しかない私には未来を怯えるのには十分な要因でした。
だから、私はこう言っていたのです。
「30まで待てない。27で、死ぬ」
彼女の言っていた口癖は、今を持って現実となり、そして、その言葉の危機感をどうしてはやく対処しなかったのかと私は絶望を感じた。
私にはわからない。彼女の感じていた恐怖も不安もなにもかも。私には感じることができなかったのだ。
ハラリと手紙をめくる。
皆様には本当によくしてもらいました。
特に両親には沢山の迷惑をおかけします。ですが、人はいつか死ぬのです。それがはやくなっただけなのです。私は自分に襲ってくる悪魔を殺すことができたのです。自らの命をもって倒すことができたのです。どうか、どうか、褒めてください。どうか、自分を責めないでください。私は幸せ者だったのです。身に余るほどの幸せをいただいたのです。
どうか、忘れないでください。私は今を持って最高の幕締めができたのです。これ以上に幸せはないのです。
お母さんお父さんたちが私の元にくるのはどうか、寿命で生きてからにしてください。どうか最高のフィナーレを私に迎えさせてください。
最後となりしたが、私は本当に幸せでした。みなさんもどうぞ、気をつけて生きてください。そして、私が二回死ななくてもいいように、頭の片隅に置いといていただけたら光栄です。
今まで、本当にありがとうございます。
どうぞ、お元気で。さようなら。
所々に目立つ水滴の後を私はなぞった。
君に言いたいことがあったのだ。
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