帰ってきて荷物を運転手から受け取る。
先々に歩いていく彼女の後ろをついていく。部屋に着くと彼女はベットに寝転がった。
荷物を片付けているとノックがして使用人から食事を受け取る。
ご飯を一緒に食べる。これは、私以外を部屋に入れないからだ。
彼女は人と食事をすることを好まない。気にするのだそうだ。自分の食事マナーが綺麗かどうかを。ある種の強迫観念的なのが見て取れる。
ああ、今日はなにを言われたのだろうか。有名な華道の先生だ。厳しくはあるが芯がある素晴らしい先生だ。でも。彼女には肌が合わないのかもしれない。

「ごはんですよ。食べましょう。お腹すきました」

「先に食べればいいじゃない」

布団に包まれまるで、芋虫のようになっている彼女を横目にテーブル上の支度を始めた。

「なに言ってるんですか。あなたが食べないと私が食べられないんです」

全てはあなたなんですよ。と言えば、寝返りを打った。

「ほら。早く」

こちとらあんたのために宿題を済ませて、少し気分回転がてら訓練してきたんだ。腹が減ってんだよ。
彼女の芋虫を脱皮しようとしながら毛布をとっていけば、手を引かれた。が、華奢な細っこい手なんて少しばかり訓練してる私にはただ少し前屈みになっただけだった。

「なにかありました?」

「柊舞」

「なんでしょう」

「タバコ、」

「ええ。吸いました」

「臭い」

「我慢して」

全く。たまにくらい、いいじゃないか。こちとらストレスが溜まる事ばかりなんだよ。

「未成年でしょ」

「健康ですので」

「言い訳」

「本当のことです」

あなたみたいに健康についていちいち気にしてられないんだよ。あんたの健康だけを気にしてたら私が死んでしまう。

「しゅうま」

「はい」

「しゅーま」

「はい」

「しゅぅまぁ」

ああ、面倒だぞ。これは、非常に面倒だ。
ため息をつこうとしたとき、彼女が勢いよく引っ張ってきた。
上に被さるよりも前に体を横にずらして彼女の横に倒れた。彼女が私の上に乗る。
ああ、非常に面倒だ。

「しゅぅまぁ」

彼女は落ち込んでも、戻ろうと踏ん張ろうとする。だから、薬を飲みたがらない。
彼女にとって、普通は普通なのだ。
普通とは?なんてバカみたいな質問なのだ。普通は普通だ。誰もが知ってるどうやっても覆ることない。教科書にも載ってるような織田信長を知ってるのと同じように、人間は蝶々のように気分がヒラヒラしないことを彼女は普通と言い、それになろうと努力する。その反発がその傍迷惑な鬱を産んでいることを知ってほしい。
散々嫌だと言ったはずの名前をねっとりと呼びながら、制服の黒いカーディガンのボタンを外し、瑠璃色の深い爽やかな細っこい。素材はきっと、ポリエステルのリボンをしゅるりと解かれた。
深いグレーのシャツの第2からボタンを外していく。
彼女は人の胸板が好きだ。幼い頃、ずっと抱っこされてきたからだろう。
人肌。温もり。胸。柔らかさ。否定しない人間。受け入れる人間。全てが揃ったのが私だった。
生物的には失敗だとされた私が満たされるのは、今、この瞬間である。
お嬢が産まれて、同い年に産まれたのは、女だった。失敗だった私は、男のような名前をつけられ。お嬢と共にいる。きっと、女の方が色々とお世話をしやすいのは知っていた。だが、私の家系が務めてきたのはそれだけではない。そう、それではないモノも必要としていたのだ。

「しゅぅまぁ」

タンクトップ型の黒いシャツがボタン4つ分露わにされたが別に問題ではない。
なんだ、今日は泣かないのか。疲れてるだけか。と冷静に判断する。私の胸板に倒れてきた彼女の頭を今度は優しく包む。しばらく胸を貸していると頭が起き上がる。
ああ、その瞳はほんとうに、美しい。

「しゅぅまぁ」

望んでることは知ってる。だが、私はしてあげない。
私にとって、彼女が弱さを認めた方が都合がいいのだ。

「しゅぅまぁ」

月に輝く月光美人は、誰もが酔いしれる香りを放つという。

「しゅぅまぁ」

私は頭を滑るように撫で、頬に触れ、そのまま顎を掴んで今度は優しくキスをした。
優しく落とした後、見つめ合う。
ああ、ほんとうに綺麗な瞳を持っている。
どの青よりも美しい瞳には、冷たい顔した自分の顔が映った。

「お腹すきました」

そういえば、ふっと気がついたのか。私から身体を離した。私はそれを追うように上半身を起こし向かい合った。

「ごめん」

「気にしないでください。いつものことです。大丈夫。問題ないよ」

そう言って私の上から退いた彼女を後に夕飯の準備をする。私の後ろでベットの淵に座って項垂れてる彼女を呼ぶ。

「月華」

彼女は顔を覆っていた手の隙間から私を見る。


「少し冷めてるけど、どうします?」

「いいわ。頂く」

「じゃあ、準備できたので食べましょう」

そう伝えれば、ベットから起き上がって椅子に向かう。後ろからイスのケアをしてあげる。
灯が少ないこの部屋。月の灯りが名前通りに綺麗に彼女を立てた。

ふうとため息をつく彼女。
彼女が壊れるのも時間の問題だ。
無理に長生きしなくていい。ただ、その美しさを持たなくても生きていけるようになって欲しいと思う。


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