深夜。夜間勤務中、少し仕事がひと段落したので食堂に行ってフード自販機でパンでも買おうと立ち上がった。
夜間勤務は人が少ない。
ここに配属されたのが3年前。営業にいた僕にとって夜勤はここに配属されてから初の業務内容だった。
普段人が多い食堂も、今は誰もいない。電気は節電モードにされ、美味しいおかずが乗ってるレールも閉まっている
いつも食べるシンプルな味をしたパンをボタンを押して購入する。重さがないからか音も出ない。しかし、人がいないからか、軽い袋の音も鮮明に聞こえてきた。
パンを片手に執務室で食べるかと戻る途中、ふと視界の隅に光が入った
チラリと見れば、そこに有名な同僚がいた
「お疲れ様」
軽く声をかけて普段入らないその部屋に入る。タバコを吸わない僕はその匂いに少しクラッとした。
ゆらり。ゆっくり。同僚はこちらをみて
「お疲れ」
女性にしては関節がはっきり見える細い手をひらひらと振った。
口に咥えていたタバコをその指で挟み、スッと抜き取る。微かに着いてる口紅が白い生地には映えていた。
「最近どう?」
紫煙とともに言葉を発する
「どうって、別に。もう3年だからな。書類整理も慣れてきたよ」
「昔は書類全くできなかったもんね」
「先輩にはよく呆れ顔されたよ」
「どっちの先輩もそんな顔してそうね」
3年前。中央部へ配置変えがあった。
施設の営業だった僕は急な中央への配属で昇格と喜んだが、まさか司令部の司令官側近だと思わなかった。まだここに勤めて10年も過ごしていない僕には喜びよりも不安が先に出てしまった。
だが、仕事を始めてみれば先輩は優しく。営業で培った会話で貿易国や国務にも役に立つことが多かった。
「まだそれ、吸ってるんだな」
同僚のタバコを指差す。
彼女と知り合ったのもコレがきっかけだった。営業で役に立つからとタバコを吸っていた頃。人事部だった彼女が喫煙所に先客でいた。
タバコが他国よりも流行らないこの国。前の部署も吸ってる人は少なかったし、今のところは誰も吸ってない。
僕も配属されてからやめた。嫁とは子供を欲しいと話してるし、ちょうどいい機会だったからだ。
「ん?あぁ、これ?そうだね」
なんのことを聞いてるのか分からないというように、自分のしていることに無頓着だった
「本部長は吸ってるもんな」
「そうだね、あまり吸わないけど」
「休憩で?」
「うーん、どうなんだろう」
側近なのに相手のことを全く知らない。興味もない。というよりも、気にしないという方が合ってる気がする。
営業出で側近の僕としては、なぜ相手のことを覚えてないのか不思議だったが。それがむしろ1番いいことが彼女を通してよくわかった。
僕が話しかけたのにも、もう答えからかとタバコをひと吹きする姿に口が緩むのは何故だろう。
二言ほど話しして、喫煙所から出た。少し空気が新鮮で深い呼吸をした。
チラリと振り返ると、もう僕のことは気にしてない彼女は椅子ではなく。壁にあるステンレスの腰掛け棒に浅く掛け、腕組みをして吸って吐くこともなくタバコを咥えたままぼうっとしている。初めて会った頃と同じだ。
ゆらり。紫煙が上へと上がる。喫煙所も節電モードになっており白い光が差す。
白い光に導かれるようにふわりと見える煙。ぴくりとも動かないその姿勢。タバコに薄ら火が灯る。
透明な壁に覆われているその喫煙所は、まるで水槽のようだった。そして、芸術品だった。
触れると知ろうとしてしまうと紫煙のように消えてしまうような。
誰もそこで息ができないのだ。煙たくて新鮮な空気を欲しがるように。人間は水槽で息をできない。
暗闇に白い光が箱の中だけで点っている。なんとなく、そこには近づいてはいけなかったのだと思った。いや、そこは彼女のみ許された場所であるのだ。
紫煙が上がるたびに、小さな火が灯るたびに、息をしていいのは彼女のみだと知るのだ
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