秘密主義な脚

早朝。鳥が鳴き始めた青空の下で日課のランニングを済ますと愛用のプロテインを飲む。
防衛部にいた頃と違い書類作業の今の仕事は、身体が鈍る気がするのだ。
俺がここに配属されてからもう7年は経つ。最初は護衛かと思ったが、書類で規律と安全を守るとは思わなかった。
汗を拭き、夏が近くなっていることを感じる。
梅雨も明けて久しぶりの外でのランニングはやはり心地がいいものだ。
プロテインを半分飲み、時計台の時刻を確認する。まだ少し時間はあるが、シャワーを浴びてのんびりしよう。
相変わらずお堅そうな雰囲気のある建物。シャワーを浴びる前にクールダウンをするため、あえて建物の西口へ向かう。
南口方面は裏口と呼ばれる。花壇が多いからだ。清掃員の他、花壇をアウトソーシングしているのでいつでも綺麗だ。これを見るために西口に回ってると言ってもいい。
梅雨で大きく咲いた紫陽花を眺めながら歩いていると、その自然に不釣り合いな臭いがした。
「よう」
俺が声をかける。そこにいたのは最近本部長の側近かつ秘書となったやつ。
「おはようございます」
脚を組み、俺が握手でもしたら折れるのではないかと思うほど細い手首の先にトレードマークが見える。その先からは紫煙が出ていた。
「出勤には早いな」
「夜勤だったので」
「そうか、お疲れさん」
会話を繋げながら、タバコを消して携帯灰皿に入れる。
「ありがとうございます」
何も感じ取れない言葉を並べながら敬礼をする。
こいつと初めて会ったのは、ここに配属される前。だが、その時は話すこともなく。名前も知らないほどだった。
今の部署でこいつと同期のやつと先輩だった2人が紹介してくれてから名前を知った。
後日タバコを吸っている姿を見た時は驚いたが
「まだ吸ってんのか。それ」
目線で携帯灰皿が入っているポケットを差す。
ゆっくりと目線を自分のポケットに移しながら
「えぇ、まあ」
短く答えて目線をそのままにする。
防衛にいたからか、こいつの敬礼は結構ゆるゆるだ。ピシッとしてるのは最初だけ。他の人たちみたいに話していても指が伸びているに。癖としてそういうのが身につきやすいのに、こいつは全くそういうのがない。だが、何も思わないのは何故だろう。
「まったく、身体に悪いぞ。また痩せたんじゃないか?」
「あなたが大きくなったのでは?」
心配で発した言葉をふわっと返してくる。肩の力が抜ける。そういうことを言ってるんじゃない。
「どうだ。これから一緒に食堂でも。朝ごはん、食べてないんだろ」
「食べてはないですね」
「なら一緒にどうだ?」
「いいですよ」
「シャワー浴びてくるから、少し待っててくれ」
わかりました。呟くように言った。その言葉を聞いてシャワーへ向かった。
「また吸ってるのか」
俺の声がけにゆっくりと反応する。こいつの動きはゆったり、ゆっくり、ふらりとしている。キビキビ動く俺からしたらのんびりとしてるのに、イラついたことはない。むしろきちんと的確に全て動いていると感じる。
「行くぞ」
タバコを消して隣に並ぶ。背はそんなに低くないからか、会話をしやすい。不思議とタバコの香りはしなかった。全くというわけではないが、微かにする。
食堂ではモーニングが始まっていた。提供時間は2時間と決まっているが、ありがたい。
白米と卵、ウインナーと好きなものと筋トレ後に良い食べ物を選んでいく。
チラリと見れば、ウインナーとサラダを取っていた。
「意外に食べるんだな」
そう漏らせば
「そうですか?」
白米を茶碗に盛る姿はイメージができないからか不思議に思えた。
いただきますをして食事をとる
「どうだ、今度一緒に運動でも」
コーヒーを飲みながら話をする。始業時間が迫ってきてるからか人が多くなってきた
「走るのは苦手なんです」
「では組み手か?」
「殺す気ですか?」
ふっと笑う。
「キックボクシングのコーチにならいつでもなるぞ」
「お手柔らかに」
相変わらずふんわりとしてる。
廊下で別れて少し振り返る。まっすぐ伸びた背中。スーツ越しでもわかるふくらはぎの硬そうな筋力。
実はかなりやり手のキックボクサーであることを、本部長は知っているのだろうか。


list