第5話

昨日、水無月さんはこなかった。
すれ違ったのか、なにか用事があったのかわからないがバス停にはこなかった。

「元気ないね」

机に雪崩ながら窓の外に降る雨を見ていた。今日の雨は、細雪。

「うーん、なんかねぇ」

「雨だしねえ。鬱っぽい?」

「うーん、そうじゃなくてー」

と言って後ろに椅子を傾けた。

「昨日さぁ、来なかったんだわ」

「あー、美人さん?」

「うん。水無月さん」

「水無月さんっていうんだ」

「教えなかったっけ?」

「うん、初めて知った」

「そっかぁ。まぁ、水無月さん。来なかったんだよ」

「そうなんだ」

「なんだかなぁ」

「そんなに、楽しみ?」

「まぁね。雨限定だし。それに、水無月さんの話面白いし」

「ふーん」

「まぁ、あれだよ。夜予約していたドラマが野球とかなんかで休みになった感」

「あー、わかる。なんかなぁってやつか」

「それそれ」

と話をしているとチャイムが鳴った。
次の授業は現文。現在文学だ。今日から新しい話だったな。

「さて、新しいところを始めます」

挨拶が終わってガタガタと音を立てみんな座る。
先生はそういうと黒板にページとタイトルを書いた。

「知ってる人が多いと思うけど。夢十夜の・・第一夜です。知ってる?」

先生の言葉に知ってる。とチラホラ声がする。

「そうね。夏目漱石の有名な短編集よね。まずは、第一夜からしていくわよ」

黒板に白いチョークが打たれる音が響く。コツンコツンと音がすると同時に、窓にカツンカツンと雨が激しくなっていった。

「『百年待っていて下さい』」

指名されたクラスメイトが読む。
百年待つかぁ。大変だよなぁ。七夕みたいだなと思いながら教科書の文字を追う。
夏目漱石の夢十夜、第一夜は好きな話だ。
美しく儚くそれでも、静かなハッピーエンドのところが好きだ。

「昔はラインとか無いから大変よね。今なら、会えないとか、忙しいとか色々連絡とってるでしょ?」

先生の話にみんなクスクスと笑った。

「この彼は・・・」

そうか。連絡先か。持ってないな。


「なるほどね。というか、まだ連絡先交換してないんだ」

お昼時、友人にそう話せば少し驚いた顔をされた。

「うーん、交換する時がなかったというか」

「へぇ」

「今日は会えるかなぁ」

「雨降ってるから、会えるでしょ」

「前はいなかったのに?」

「前はたまたまバス早かったとかあるでしょ。元々一本前の人なんだから」

「そうだよなぁ」

「というかさ。時雨。早めに連絡先交換したほうがいいよ」

「え、なんで?」

「なんでって。もう、再来週で梅雨明けるけど」

「あれ、今何日?」

「今日は、13日」

「もう、そんなにか」

「早ねぇ」

「学校で数えるとまだ6月って感じだけど、一年で数えるともう、半年なんだよねー」

「マジか!」

「マジだよ」

のんびりと話をしているとチャイムがなった。
友人とバイバイして席に戻っていった。

「次なんだっけ?」

隣の席の男の子が訪ねてきた。

「生物」

「ノート、後で見せて」

「いや、少しは起きてようよ」

と笑った。


退屈な午後の授業も終わって急いで学校を出た。
早歩きをしながら傘に当たる雨の音を聞く。誰もいないコンクリートの道路を歩く。白線が妙に灰色の世界に映えていた。
霧が降りているせいでガードレールの向こうの街は見えなかった。緑も映えてなく紫陽花は元気そうだった。去年は元気なかったからか、心が弾んだ。

「あ」

「あら、こんにちわ。時雨さん」

赤い傘をベンチにかけて背筋を伸ばして座っている。優しい茶色した綺麗なストレートの髪を揺らしてあのふんわりとした優しい笑みを向けた。
ああ、会えた。と嬉しくなった。


「うん。こんにちわ。水無月さん!」


バスはまだ来ない。まだいいのよ。来ないでね。
できれば、百年くらい待ってて。

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