蝉が鳴いているのを聞きながら自転車を漕ぐ。自転車なんて久しぶりでなんだか懐かしくなった。
「おはよう」
凪が自転車置き場で自転車を置いていた。
「おはよう」
と言いながら私は彼女の隣に自転車を置いた。
「暑いねえ」
「暑いわね。もう少しで8月よ」
「あれ、そうだっけ?」
ジンジンと焼けるようなアスファルトの道を歩く。
「今日は何するかな」
「授業受けないの?」
「うけ・・」
途中まで言って、やめてしまった。
「どうしたの?」
「空が青い」
「え?ああ、そうね」
「海」
「え?」
「海行こうか」
「え、今から?」
「うん、今から」
「え、いや、今からは」
「前に言ったじゃん」
「いや、言ってたけど。ほんとなんて思わないわよ」
「ぐちぐち言わない。ほら、行くよ」
凪はそういうと私の手を引いてさっきの場所に戻った。
「え、いや、いやいや。ちょっとまってよ」
「だから、つまらないんだ」
鍵を差し込みながら彼女が言った。
「だから、つらない人生にならないように行くんだよ」
まるで悪魔の手だ。暑さで思考が停止する。白い聖なる手を握りたくてしょうがない。でも、怖かった。
「君が決めるんだ。抜け出すか、そこにいるか」
無心で指に力を入れた。
「いこう、澄乃」
いいかなと思ってる私は、きっと悪い子だ。それでも、私は悪い子になりたかった。ずっと。
気づいたら私は彼女の手を握ってた。
「まって。海ってどこの?」
「川を辿ればつくよ」
「そんな、わけないじゃない」
「いいから。さ。やってみようよ」
ぐちぐち言う私に、凪は少し怒った口調で言った。
私はとりあえず自転車に鍵をさした。
「よし、いこう」
漕ぎ始めた凪に合わせて私もペダルを漕いだ。
「川へ向かおう」
いわれるままについて行く。
帽子をかぶってないから頭が熱い。凪は荷物が入ってないカバンを持ってる。教科書がないカバンは私の教科書しか入ってないカバンと違ってスッキリしてみえた。
「水分補給、忘れないようにね」
「うん」
川に向かう。
道ですれ違うクラスメイトからは不思議そうな顔をされた。
「ちょっと怖いでしょ」
「え?」
「自分が悪いことをしているとき。他人の目」
そう言われて、心臓がギュってなった
「でも、大丈夫だから」
なにが大丈夫なのかわからないが、大丈夫と言われると安心する。
昼間に走る車の量。アスファルトから上がる陽炎。蝉の音は並木を通る時のみ聞こえる。他は全部車のエンジン音だ。
「海まで、何キロあるかなぁ」
のんびりと話す凪に私はなにも思わなかった。話を聞いてないわけでもなかったが、特になにも考えてなかった。
「ついたね」
川についただけで、シャツは汗がしみていた。
「学校に電話しなちゃ」
私はそう言って、学校に体調が優れないから休むと連絡を入れると心配された。
「これで、いいのかな」
「まあ、親にはいかないんじゃない?だって、電話したんだから」
「凪はしないの?」
「しなくても問題ないもん」
そう言ってスマホで海への道のりを調べていた。
「さ。下ろう」
どこの海に着くかとか、何時に着くかとかわからなかったけど、とりあえずついて行く。
青い空がキラキラとしていて、下の茶色い泥が見える川に写っていた。
川沿いにある草は光を浴びて光っていた。空には大きな入道雲が堂々と立っている。着くのは夕方ごろだろうか。帰るのは何時かな。
よいしょよいしょとペダルを漕ぐ。汗は止まらないし、なにも涼しくもない。早くつけとか、もう帰りたいとかそんなことばかり考えてるけど、なんとかなく。着いてやるという気がしてきていた。
「水飲みなよ」
赤信号で止まる。その間に水を飲む。でも、暑い。
「ねぇ」
ふと声をかけてきた凪。
「?」
「タオル持ってる?」
「うん」
と言ってタオルを取り出す。
でも、それは受け取らず自分のタオルをカバンから取り出した。なにをするんだろうと思えば、頭にラーメン屋さんのように巻き始めた。
「熱中症になるよ」
そういうと私にもやるように目で言ってきた。制服の姿にそんなことをするのは恥ずかしかったが、熱中症になるよりはマシだ判断した。
「うん。いいね」
そういうとまた自転車を漕ぎ始めた。
どこまでも続く青い空に川。とうとうどこかわからないところまで来て。まわりには田んぼが広がっていた。山が連なっている。あの山を越えれば海があるのか。もう、わからない。途中途中で道をスマホで確認するけど、わからなくなって勘と標識で道を進む。朝がもう、昼下がりになって来て途中でお弁当を食べる。
「迷ったねえ」
「どうするの?」
「帰るのは簡単だよ。だって、正しい道のみで帰れるんだから」
へんに川を下るなんてことをせず、道を正しく進めるならきっと安心だ。
「さて、日が暮れる前に海につこう」
平日の海なんてどんなふうになってるんだろう。あの潮の臭さは苦手だが、今回ばかりはなんとも思わないんだろうか。
よいしょと、自転車をまた漕ぎ始める。教科書を半分持ってくれているおかげで少しカバンが軽い。
緑が広がるこの場所を私は忘れることはないんだろうなと思った。
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