焼きそばを買った。白い袋に焼きそばと箸を2個ずつ入れてもらった。
屋台周辺は一回りしてしまった。お互いすごく食べる方ではないから普通にこの焼きそばを食べたらお腹いっぱいになりそうだ。

「神社でも行くか」

凪はそういうと人混みを器用に避けながら進んで行く。繋いでいる手をしっかりと握る。前に前にと進む凪は暖色の海をスイスイと泳ぐ魚のように思えた。歩くたびに揺れるポニーテールは、馬の尻尾よりも魚の尻尾のように思えた。

「バナナフィッシュ」

「え?」

人混みが少なくなって、呟いた私の声を拾った凪が振り返った。

「いえ、本に書いてあったのよ。バナナフィッシュ。その魚を見た者はね。みんな、死にたくなるそうよ」

すごいわよね。と笑っていえば

「不幸の魚だね」

と凪が言った。

「誰からも好かれないなんて」

相変わらず楽しそうに言う。

「不幸だね」

不幸という言葉を彼女が使うとなんだかいけないことをしてしまったように思えた。
神社に行くのに初めて鳥居をくぐった。いつも来ているのに初めてというのはおかしな話だ。
ここから見る町の祭りはオレンジ色にキラキラと光って見えた。そこだけ明かりが集中していた。

「はい」

いつものように神社の階段に腰を落とす。隣に座った凪が焼きそばを袋から出して箸と一緒にくれた。

「ありがと」

パチンと軽く柔らかいプラスチックに輪ゴムが唸る。フタがパカリと開けば焼きそばの香ばしいソースの香りが漂った。

「うまいね」

凪は割り箸を割ると焼きそばを頬張っていた。

「美味しいわね。出店の焼きそばなんてなん年ぶりかしら」

「懐かしくなるよね」

「そうね」

食べるときにあまり会話をしない私たちは町の風景を眺めながら焼きそばを頬張る。
先に食べ終えた凪がお茶を飲んで、一息ついた。

「で、何が聞きたいの?」

と聞いて来た。
まだ焼きそばを食べている私は、思い出したように

「そうね・・」

と少し間をとった。焼きそばを完食して。お茶飲んだ。凪は私をじっと見つめたまま待っていた。

「お母さんは、何をしているの?」

「仕事?」

「ええ」

「さあ?」

「はぐらかした」

「違うよ。知らないんだよ」

「知らないの?詳しく知らないとかじゃなくて?」

「うーん。微妙にわかるけど」

「どういった仕事?」

「うーん。風俗?」

あまりに遠い世界の仕事でなんと言っていいのか分からなくなった。

「そ、うなんだ」

「澄乃には、早かった?」

と意地悪く笑ってくるから、顔が赤くなる。

「べ、別に。あまりにも遠い世界の話だったから」

「澄乃ってさ。素直だよね」

「え?」

「焦ると、なんでも言っちゃうでしょ」

バカにしたように笑って来たから、カチンと来た。

「別に」

「褒めてるんだよ。良いことだよ。素直なのは」

バカにしていたわけではないのはわかったが、なんだか身体がむず痒くなった。

「仲、悪いの?」

「お母さんと?」

「うん」

「別に。会わないし」

「会わないの?」

「うん。私、1人で暮らしてるから」

「え」

高校生で一人暮らし。物語の中だけだと思っていたことが目の前にあった。だから、学校にくるし。クーラー代の話をしていたし、電気代の話もしていた。納得はいったが

「お金は?お母さん?」

「だいたいは」

「そう」

「でもなぁ。ネグレクトみたいなもんみたいだからなぁ」

とのんびりと話す。あまり気にしていないように話す凪におずおずと

「寂しくないの?」

と聞けば

「別に。寂しくなったらなんとかするしか」

「なんとかって?」

凪はニヤリと笑って

「なんだと思う?」

と聞いて来た。
なんだかいけないことをしているように思えて、ゾクリとした。

「もしかして、その、」

言いにくくて下を向いてもごもごしていると。ふっ。と笑い声が聞こえた。顔を上げれば凪が笑ってる。

「え、?」

「かわいいなあって思って」

凪は読めない。いつもわからない。ふわふわと消えてしまいそうな彼女。入道雲のようにしっかりとしているのに。夏の暑さのように脳裏に焼き付いているのに。冬になるとすべて消えてしまうような。そんな眩しさがあった。

「教えてあげようか?」

知りたいんでしょ?と彼女が笑った。

「・・・」

私は何も言わなかった。

「知りたいけど、どうしたらいいのかわからない顔をしている」

凪が笑う。

「教えてあげるよ?」

じゃあ、教えてとは言えなかった。
凪は遠い場所にいる存在だった。いつもそうだ。近くにいるようでいない。これをなんといえばいいんだろう。

「悪いことじゃないよ。何もないからなんでもできるんだ」

ポツリポツリと話し始めた。
風でポニーテールが揺れる。青いシュシュは暗くなっていた。

「澄乃、君にはわからないよ。なんでも持ってるからね。つまらないってことじゃないよ。温かい、普通のものを沢山持っているんだ」

それは、素晴らしいことなんだよ。と言った。
あまりにも悲しそうに言うから何も言えない。私は、あなたに惚れているのに。憧れているのに。発想力も健全な悪いことを行えるのも。無邪気さも。なにもかも。

「でもね。満たされるかって言えばそうじゃないんだよ」

彼女の抱えているものはなんだろう。

「私を手放したくない人が割と多いんだ」

下手な自慢をするかのように彼女が言う。

「育ててくれる人がいるんだ。悪いことをしているんじゃないよ。君が思っているようなことはしてない。もう、やってないんだ。飽きたから」

悪いことを飽きたから辞めれるというのはなんだか彼女の強さを語っているように思えた。

「でもね。そんなことしなくても一緒にいたいっていう人がチラホラいるんだ」

遠い存在の、違う世界の住人。交わることはなかったのに、青い空によって結ばれた私たち。出会いは偶然というが本当だろうか。

「私はね。叫びたいんだよ。いつだって。そうじゃない。そうじゃないんだって」

心を私に開いてくれたのか。彼女は暗く話を始める。開いてくれることに嬉しいのに喜べない。

「澄乃」

小さく短く私を呼ぶ。

「私はね。少し君が羨ましかった」

照れ臭く笑う彼女の顔を私は無心で見る。

「つまらないというよりは、常識に生きている君はすべてから守られているように思えて」

「私はね、親じゃないけど。親みたいな人がいる。構ってくれるのは嬉しいけど、うざったく思えるんだ。だから、私は距離を取る。そうすると人っていうのは近づきたくなるんだ。なぜだかわかる?」

わからないと首を振る。私を見つめて微笑む凪。

「不安だからさ。寂しいんだみんな。近くにいれば安心でしょ?だから、手元に置きたいんだ」

手元に置かれることを嫌った彼女。人と外れたことをできない私。真反対の私たちは飛行機雲が消える頃にはきっともう一緒にいない気がした。

「ほかに何か聞きたいことは?」

凪が下を向きながら言う。
私は金魚のように口を開けては閉じてとなにも音を発せれなかった。

凪にとって、私はなに?

その言葉が頭をよぎる。でも、声にすることはできなかった。
凪は笑った。なんでも聞いていいよと。でも、それを聞いてしまったら終わりな気がして聞かなかった。

「澄乃。明日の花火」

いきなり発した言葉。

「楽しみだね」

そう言っていつもの楽しそうな笑みをした。
なにを考えているんだろう。わからないけど、いつものことだ。楽しそうなことを考えついたのだろう。

「そうね。楽しみだわ」

聞けないことはある。でも、それでも私はあなたを友人と思いたいと笑った。



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