真夏の青さは目に痛いほどで、白い大きな雲がこれでもかというほど存在を主張していた。

「・・幽霊って、なにそれ」

「そのままの意味だよ。幽霊」

「生きてるじゃない」

「幽霊なのに、生存は意味がないよ」

「よくわからないわ」

「まぁ、そんな存在ってことだよ」

「もっと、わからないわ」

「それがいいんじゃないか」

楽しそうに笑う彼女に、私の脳はぐるぐると思考を巡らせていた。
なにを言ってるんだ。彼女は。意味もなさないその言葉に私は頭が痛くなってきた。蝉の鳴き声が聞こえる。

「君は?」

「私?」

「そう、私」

握られている手からは汗が出ている。湿っていて、ツルツルベタベタする。暑い。

「・・澄乃」

「へぇ、すみの。どう書くの?」

「澄み渡るの澄に、あいだを開けてつながる言葉の乃」

「の?」

「こう書くのよ」

繋がれている手を離して、その手に人差し指で文字を書いた。白い手のひらは柔らかかった。

「へえ。原始的だね」

「よくわからないけど」

「澄乃ね。いいね。澄み渡るって言葉好きだよ」

「ありがとう・・・あなたは?」

「私?」

「幽霊なんて、名前じゃないでしょ」

「私はね、凪っていうの」

「なぎさ」

「ああ、なぎさって。水辺とか波とかの渚じゃないよ。こっちの凪ね」

彼女は、私がしたように私の手のひらに人差し指で文字を書いた。

「凪」

「そう。こっちの凪」

そろそろ空がオレンジになってきた。
青いシュシュは少し浮いていた。綺麗な茶色の瞳は、なんだか黄金色に見えた。血行が良さそうな赤い唇を横に引っ張り、歯並びが良い白い歯が見えた。まだ日陰だったこの連絡通路にも日が差してきて、彼女の左頬を斜めにカットするように日が差す。顔の半分だけ影の彼女はなんだか、危うかった。同じ制服なのに、長袖のシャツをまくっているからか。なんだか、違う制服を着ているようだった。

「ねえ、夏は暑いから。頭が参っちゃうんだよ」

「は?」

「うん、だからね。参ったまま面白いことをしようよ。きっと、楽しい」

「は?ちょっと待ってよ」

「訳がわからなくてもいいよ。ただ、一緒にいようってことだよ」

「いやいや、なんでよ」

「自己紹介したんだから、友達でしょ?」

「まぁ、そうだけど」

だからね?と笑っている彼女。
別に楽しいことは好きだし、いいんだけど。そうか、暑さにやられてだから、深く考えることはないのか。
ムルソーは人を殺したのは暑さのせいだと言った。いや、この場合誘われている。というか巻き込まれているのは私だから私が、ムルソーなのか。ならば、彼女はレエモンだな。

「まぁ、いいわ。別に」

「うん?」

「楽しい、こと。しましょう」

そういえば彼女は、とても嬉しそうな顔をして

「澄乃ならばそう言ってくれるって思ってたよ」

と言った。

「なに、私のこと知ってたの?」

「いや、全然。いきなり、知り合うのがいいんじゃないか」

「まぁ、出会いは必然と偶然の折り返し地点だしね」

「そういうことにしておこう」

笑う彼女につられて私も笑う。
青かった空はオレンジシロップを垂れ流すようにオレンジが広がった。
蝉が鳴く。7日間しか生きられない蝉たちの必死の想いは誰に伝わるんだろう。蝉だけなのか。鳥にも気づかれるんじゃないか。なんなら、男の子とか。
白い大きな雲はいつの間にか消えていた。
風も吹かない。夕方特有のジメッとした暑さが肌にまとわりついた。
ああ、お風呂に入りたい。シャワーを浴びたい。アイスを食べてクーラーの効いた部屋でゴロゴロしたい。色々やりたいことはあったけど、なんだかどうでもよくなった。

「じゃあ、また明日ね」

そう言って彼女は、私が来た方向に進んでいき別棟ではなく右に回った。どこに行くかはわからないけど、とりあえず自分も帰ることにした。
オレンジの空には藍色が落ちていて、このスカートと同じだなと思った。
夏の日差しは強く、目が焼けそうになる。皮膚もピリピリするし、針か何かで刺されている気分だ。

ムルソーは、人を殺したのを。太陽のせいだと言った。暑さのせいと太陽のせいは一緒なのだろうか。
まだまだ暑い日差しと温度。
一番星が出るまでには、まだ時間がかかるようだ。


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