蝉が鳴いているのかないのか曖昧になってきた。
日が当たらない限り冷たく感じるようになった。秋が来たのだなと化粧品のCMや、秋服を欲しくなって来た物欲を感じてふと思った。
「さあてと」
わりと始めてみた凪の私服。白いTシャツに短パンという軽い格好だったが似合っていた。夏を象徴するような格好は凪にぴったりだった。
「行きますか」
旅という名の旅行が始まった。駅で集合して改札を通る。
ICカードには言われてた通りに五千円チャージした。
「どこ行くの?」
「どこへでも」
そう言って改札を軽やかに通る。
夏の終わりが近づく中。ラムネ色の空は薄れて来た気がする。
「夏が終わるね」
「終わるわね」
夏が終わるねと言った凪の顔は影のせいか。冷たい日陰のせいか。風で帽子が飛ばされないように片手で抑える彼女にまた、水中の中いるような感覚に陥った。
「これ。これに乗るよ」
一泊分の着替えと歯磨き。タオル。財布を詰めたリュックを背負い直して行き先のわからない電車に乗った。
朝からではあるが、昼に差し掛かるからか。普通電車だからか。人は少なかった。
向かい合わせで座るボックス席に座って窓を見る。走り去る自分の街を見送るとみたいことのない風景が広がっていた。
「自分の街からあまり出たことないでしょ」
凪が言う
「そうね。おばあちゃんの家はこっち側じゃないし。車で行くもの」
「あまり見たことのない景色ってなんだかワクワクするよね」
「そうね。海に行った時にも感じたわ」
「いつ着くんだろうってね」
「そうそう。暑くて、早く着いて欲しいってばかり考えていたわ」
「暑かったなあ」
「あまりにも顔が赤くなってたから、お母さんに驚かれたのよ」
「初めて嘘ついた日だもんね」
いたずらに笑う凪をみて
「そうね、初めてついたわ」
とため息混じりに笑って言った。
電車の窓に反射する夏の日差しは眩しくてやはりまだ夏なのだと思った。
走り去る電車と次々に変わる風景。変わらないところは青い空と眩しい太陽。それから連なる碧々しい山。
「もう、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「なにが?」
「行き先よ」
「あー」
思い出したようにいうから呆れすぎてため息が出た。
「普通の場所なんだけどね。私の思い出の場所に行こうかなって」
「思い出」
「1人で行くの怖かったんだ」
彼女の横顔が眩しい太陽に照らされる。あの日見た花火に照らされる顔と違ってなんだか溶けてしまいそうだった。
「怖いわけじゃないんだけど。さ。なんだったかな」
あの時のように片手を顎に添えて考え始めた。少し唸ってから
「ああ。そうか」
と閃きたように言って
「君と行きたかったんだ」
と悩みが晴れたような口調で言った。
「私と?」
「そう、君と」
「なんでよ」
「なんでだろう。でも、言ったでしょ?君には言える気がするんだと」
こちらを真っ直ぐに見つめて来た。
水中の中にいるような感覚が襲ってくる。息ができなくて酸素が惜しい私はなにもできない。
碧く連なる山々と青い空の絵を銀色の少し錆びた額縁から眺める。
外は暑そうだと眩しい太陽の光を浴びながら目を閉じた。
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