あれから、同じような田舎の風景を見ていた。
田んぼが広がり、地面と青い空の境目に山々が印象的だった。
「秋になったら、綺麗な紅葉になるのかしらね」
と言えばゆっくりと凪はこちらを見て
「そうだろうね。真っ赤になるんだろうなぁ」
「紅葉、わりと好きよ」
「私も好きだよ。寒くなってきてるし。おにぎりか何か食べながら見るのもいいよね」
「いいわね。秋には焼き芋が美味しいわ」
「なんでも美味しいよ。秋だもん」
「どこか、行きたいわね。私の進学が決まったら土日とかに」
「そうだね」
「結局。あなたがこれから何をするのか教えてくれなかったわね」
とため息をつけば、凪はケラケラと笑って
「幽霊だから、あとは消えるだけだよ」
と言った。
え。と固まったが凪は相変わらずなにごとも無かったかのように窓の外を見た。
空には大きな夏の象徴はずっと浮いていた。ふんわりとした印象の彼女に熱い日差しが刺さる。
「さて。次だよ」
アナウンスを聞いて凪が荷物を背負い直した。
降りた先は無人駅で。初めて無人駅を経験した。駅を出たら山しかなくて、風が少し緩やかだった。
「さて。行こうかな」
飲み物を飲んでのんびりとベンチに座っていると凪がそう言って立ち上がった。
どこに?と聞くのには野暮だった。微かになにか意気込みしたような顔をした凪を下から見上げて私は無言でついて行った。
帽子を持ってきてよかったと思った。夕方にしてはまだ陽が熱く、眩しかった。凪も帽子をかぶっていた。少しオレンジ色が強くなってきた。補修されてないアスファルトからの熱は少し熱かった。風が吹くと緑の草たちが揺れていた。風によって仰がれている稲たちは秋になると身をつけてくれるんだろうな。
「山を登るよ」
そんなに高くないから。とこちらを振り返って笑った。私は無言でついて行く。ひぐらしが鳴くようになってきた。
蝉の声は遠くなり、亡くなった数と来年の数は比例してるのか。私にはわからない。登山というよりも、設備されている階段を上っていく。夕方ごろにしては陽が熱く赤い夕陽と同じ気がした。少し前を歩く彼女。無言で上る。割と体力がある彼女も流石に疲れているのか。あるいは話すことがないのか。わからない。
「ついたー」
あと二段で終わる。凪は先についていた。頂上には木の切り口をモチーフにしたのか、人工的に作られた柵が差してあった。休憩できる屋根付きの机と椅子があったりと設置されているものを見て、散策コースか何かに使われてそうだなと思った。
柵の前に立つ凪はオレンジ色に染まっていた。帽子を取って水色のシュシュを結び直した。ポニーテールが揺れていた。
「ここがその、来たかったところ?」
「いや。ここはよく来てたところ」
「綺麗ね」
不意に出た言葉はなによりも安全な言葉だった。
凪が笑った気がした。夕陽が沈む。オレンジ色の空が上から消えていく。向かいに見える大きな山に影が落ちるのを見て
「そろそろ行こうか」
と言った。
帰るのかなと思えば。
「夜遅くになる前に電車に乗れたらいいね」
と笑ったから
「親には一泊って言っておいたのよ」
と笑った。
山を降りてそのまま、駅に向かうのかと思えば。駅とは違う方向に進んでいく。熱い日差しは消え、涼しい風が吹いていた。
「どこにいくの?」
「思い出の場所」
そう言うと口を閉ざしてしまった。
少し歩いていくと一軒家が見えてきた。平屋で田舎ならではのノスタルジックな雰囲気があった。
道路に照らされている蛍光灯は昔ながらで、LEDとは違うジジジッとしていた。真っ暗な家の前に立って
「ここ?」
と聞けば
「ここ」
と返ってきた。
なにかに怖がっている気がしたから黙っていた。凪は今、なにを思っているのだろうか。
ぼうっとしている凪をおいて、紺色になってきている景色の中で窓の中をのぞいた。普通の家で、畳が引いてあって。台所。荒れてるわけでもなければ、汚いわけでもない。ただ埃を被っただけだった。玄関の方に戻れば凪はドアに軽く触れていた。何かを辿るような、なぞる様な。そして、私に気づいて言った。
「そろそろ、行こうか」
凪の言葉に私はうなづいた。
無言で駅まで歩く。なんだか凪が泣きそうだったから私は無言で始めて自分から手を繋いだ。凪は驚いていたのか驚いたのか、固まってから私の手を握った。微かに震えていた。
駅は相変わらず、無人で無音だった。安っぽい古びた電気がついている駅のベンチに座る。電車はこれを逃すとあと一本しかなかった。時間はまだ、夜の8時。ワンマン電車は今回が初めてだった。
「楽しかった?」
旅にしてはあっけなかった気もしなくはないが、割とこういった静かなのんびりとした旅は嫌いじゃなかったし、どっちかと言えば好きだった。
「楽しかったわ。初めて電車の旅をしたもの」
「ならよかった」
そういって暗くなってしまった外を見た。相変わらず、この電車には人がいない。
何分かしてあのお弁当を買った駅に着いた。夕飯を食べていないことを思い出したが2人ともお腹を空かしてなかったから後で食べようとなった。
「きた」
ベンチで暗くなりなにも見えない風景を眺めながらひぐらしの鳴き声を聞いていればそう声をかけられた。
普通電車にはそこそこ人がいた。
「あの家は、なんの家なの?」
聞きたかったことを聞いた。
聞いてはいけない雰囲気はなかったし、聞いてはぐらかすこともないと思った。なんとなく、思った。じゃないと私をあそこまで連れてない。
「・・・昔、住んでた家」
足を組み窓の外を見ながら言った。腕をすぐに組む人は、警戒心が高い人らしい。
「そう。引っ越ししたの?」
「したよ」
「お母さんと?」
「お母さんと」
「お父さんは?」
今度は私が窓の外を見た。
窓には私と凪が写っていた。少し目を懲らせば外の灯りがポツポツと見える。
「・・・いないよ」
「別れたの?」
「随分と、深く聞くようになったね」
苦笑いする彼女に
「遠慮するの、やめたのよ。あなたに。したらなにも始まらないから」
そう言えば、凪は少し驚いた顔をした。
「いいね。よくなってるよ」
と笑った。
「お父さんとは、別れたんだよ」
伏し目がちになった凪。
「澄乃にはわからないと思うんだけど。お父さんっていうのは、男性なんだ」
「そんなのわかってるわよ」
「わかってないよ。男性だって気が付いた時には、恐怖になるんだ」
なんとなく察しがついた。でも、明確なことを知りたかった。
「暴力?」
恐る恐る聞けば
「も。かな?私にはあまりしなかったけどね」
「田舎暮らしは、お父さんと別れてからすぐだったんだ」
中学の時。親が別れて田舎に帰ったらしい。田舎では野菜を作ったり米を作ったりして自給自足をしていたらしい。が、電気代とかはお母さんが稼いでいたらしい。
「男の人は、あまり得意じゃないんだ。怖いから。でもね、、女の人だって同じさ」
金曜日が安心できて、土曜日が恐怖だった。
「でも、金曜日の安心はすぐに不安に変わったんだ。お母さんがいないと喜んでも、帰ってきた時の怖さがあったから」
一度男の人でダメになると永遠にダメになる。
凪のお母さんは帰らなくなった。凪はそれでも、自給自足をしていた。そして、たまたま通ったお婆ちゃんに育ててもらったと。
「あの時に、おばあちゃんが通らなかったら。私は君に会ってないんだよ」
前に言った育ててくれた人は、そのおばあちゃんだった。そのおばあちゃんの娘さんは自分たちの街でクラブのママをしているらしい。
「高校は、あの家を出て。その人にお世話になったんだ。いい人だったよ。私がそういったことをしてようが、親に会わなくっても、なにも攻めなかった。ただ、お母さんのことを許せとだけ言っていたよ」
きっと、その人は凪のお母さんを知っていた。そりゃそうだ。歓楽街の住人は住人でコミュニティがあるはずだから。
だから、きっとお金が振込みられているのも、お母さんからの愛だろう。
「でも、言ったでしょ?うざったくなるんだって」
「で、あなたは。どうなの?」
そう聞けば、凪が窓からこちらを向いた。
「そうなって、あなたはどういう気持ちなの?」
凪は無言だった。私も無言で凪を見ていた。
アナウンスが最寄駅を告げる。無言で降りた。改札をくぐればたまによる駅によく見る風景と雰囲気。
このまま、帰るわけには行かなくて。でも、なんと言っていいのかわからなくて黙ってた。
「帰れないって顔をしているね」
凪がそう言って笑った。
泣きそうな息が詰まりそうな顔をしていて、私も水中の中を覚えた。
「泊まる?」
そう言って手を差し伸ばしてきた。まるで、その手はどこか地獄に似たような所に連れていくような気がしていたが、私はその手を握らざるおえなかった。
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