ジジジと蝉が鳴き始めてから何週間もたった。オープンキャンパスの話や就職の話で講堂に集められる。
将来のことを必ず考えろと言うように。

「難儀だねぇ」

「幽霊には関係ないものね」

「そだね」

ケラケラと笑う彼女のポニーテールが揺れる。青いシュシュはなんとも夏らしく感じた。

「将来、ねぇ。どうしようかな」

「文学系に行くんじゃなかったの?」

「行ったところで、何をしようかって話よ」

「難儀だねぇ」

彼女は同じ言葉を発した。
鳥居から見える町は相変わらずで、なんだか時が止まっているように見えた。
やりたいことがあっても悩む人だっている。将来に不安を持たずに歩める人って、よほどの人じゃないとやっていけない。

「旅」

私の言葉に彼女が反応した。

「旅。自分探しの旅でも行こうかしら」

なんだか全部めんどくさくなって呟いた。

「いいねえ。自分探しの旅」

目を輝かせていう彼女をみて、なんとなく、言わなければよかったと思った。

「いいねえ」

いいねぇ。と連呼する彼女の脳内はどうなっているのだろう。嫌な予感がしなくもないが、どこか楽しみにしている自分もいる。

「あなたの親は、何も言わないの?」

ふと彼女の親のことを思い聞いてみる。
彼女はなんとも言いにくそうな顔をして

「言えないからね。なにも」

と言った。親が言えないのか。彼女が言えないのかわからなかった。

「怒られるから?」

「怒られないよ。怒ることができないから」

またよくわからないことを言う。
曖昧な境界線は、夏の蜃気楼のようにボヤけていた。
暑さで目眩がしそうだった。陽はテカテカとしていて目を焼くのではないからと言うほど熱かった。

「凪は」

私の声に隣に座っていた凪は足をパタパタさせたままこちらを向いた。

「なにも話さないね。自分のこと」

風が強く吹いて木々から葉っぱを奪った。
凪はこちらを向いたまま、動かなかった。私は、鳥居越しの街を見ていた。

「どうかな」

変わらない口調で言った。

「話してもいいけど、話す必要がないんだよ。そはとも、話してほしい?」

そう聞かれてはお願いとは言えない。ずるいなと思うけど、無心で首を横に振った。

「まあ、そのうちわかるよ」

多分ね。と前を向いた彼女。
青い空をバックに彼女の横顔が見える。夏は青空がメインなはずなのに。
話したくないわけじゃない。でも、話す気はない彼女を見て、前を向いた。
鳥居の前に向かい合うお稲荷さんが二匹。口を開けてるのと、閉じているの。向かい合ってる二人にはいつも石畳の道が間にある。
向き合ってるはずなのに、向き合えてないお稲荷さんたちは触れたら熱くて火傷しそうだなと思った。

「あついな」

「あついね」

「夏は嫌いよ。暑いから」

「冬が好き?」

「ええ。冬の方が好きね」

「私もね、夏が嫌い」

「どうして?」

凪のポニーテールが揺れる。
神社の屋根の出っ張りには複数の蜘蛛の巣が見えた。

「暑いから」

嘘だと思った。
嘘だと思ったけど。なにも言わなかった。

「バニラ、アイス。好きなんだよね」

ふと彼女が言う。

「私は、名前を忘れちゃったけど。凍ってるイチゴが入ってるストロベリーが好き」

食べに行こうか。と凪が誘う。なんとも素晴らしい提案に私はもちろんと返しておいた。
ふと、前にもこの話をしたことを思い出した。

「アフォガード」

彼女は、なにそれという顔をしていた。

「前に話してやつ。イタリア語で溺れたって意味の」

と言えば、ああ。と思い出したように無言で小さく何度もうなずいていた。

「懐かしいわね」

「最近のことだよ」

凪が笑った。夏が嫌いな彼女の笑みは夏を連想させる。向日葵ではないがなにか、夏の花を思い出すような笑みをする。

「食べたいね」

凪がそう言えば、私も

「食べたいわね」

と返した。
蝉が鳴いて背景に成り下がった青空が遠くまで真っ直ぐに伸びてる気がした。


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