白い箱を転がす

ドォォオオンッ。と大きな音が鳴ったと思えば、俺の隣に風が舞う。
「上出来だ」
顎を指で擦り下を向けば、片膝を着いて対戦準備もできてる女。


俺が手伝った敗戦国の生き残り。散歩がてら島に降りたら滅んだ住宅街で他の奴らと違って何をするでもなくぼうっとシケた木の皮を噛んでた。
「何してんだ?」
「・・」
俺の言葉か、俺の存在に呆気を取られて固まる女。高笑いをすれば自分に戻り
「お腹空いて・・島を出ようにも船がなくて・・」
木の皮を噛みながら話す。女性であるのに子供みたいなことしてやがる。崩れた住宅からは生き残りどもが俺を見る。戦争を経験した奴の価値はどう変化するんだろうな。
「1人か?」
「独りです」
「親は?」
「いましたよ。なんなら、婚約者も」
曇天から微かに太陽のライトが漏れる。この雲がなくなれば晴天が待ってることが嫌でもわかる。
少し遠いところで建物が崩れる音がする。砂煙が大きく立つ。風が舞う。
「なんだ、立派な力があるじゃねえか」
能力者か。俺の問いに、死んだ目を返す
「人を殺したことも、助けたこともない一般人には便利程度でしたよ」
ぺっと噛んでた木の皮を吐き出す
「力が欲しいか」
「いや、もう要らない。あっても意味ない」
崩れたガラクタに腰掛けたまま話す。俺を見上げるのは大層首が痛いだろうに
「じゃあ、何がいるんだ」
「生きる意味」
いいレスポンスだ。悪くない。その死んだ目以外は
「俺がくれてやるよ」
死んだ目がこちらを流す。曇天は退きそうにない
「負けた先が海賊とは・・」
選択肢がないことくらいお互いわかってた。だから、俺が差し出す右手を擦り傷だらけの手で握る
判断力が正常なのは滅んでから1週間だけだからか。それとも、異常だから手を取ったか。
俺の手を使って立ち上がる。死んだ目がサングラスに反射する
「サラになったんだ。お前を責める奴はいねえよ」
「負け犬を飼うおつもりですか?」
どっかの消沈前の炎がパチパチと音を立てる。ここの世界には小さな雑音しかない。
「フフフッフフフ。ワンって言ってみろ」
「いくらでも」
なんとも暗い女だ。ぴくりとも笑わない。そりゃそうか。
「今なら無かったことにしてやるよ」
俺のサービスをため息一つで蹴飛ばす
「それが、私にできるとでも?」
フフフと笑えばまたため息
「これは、私の自由です」
黒と思っていた瞳に深緑のマリンブルーが見えた
「自由か」
「今、無限の選択肢から。あなたを選んだ。そのあとはお任せします」
「随分と自由が短い」
「複数体の自由の枝は不安の元です」
面白いことを言う。奪われることを望むか
「今度こそ、死場所を」
なんて言って笑う。妖艶な口元。いいぜ、股間にゾクゾクくる
俺が女の腰に手を添える
「空を飛ぶ」
雲に糸を飛ばす。それを見て俺にしがみつく
ヒュンヒュンと音を奏でる。二歩目あたりで女が呟く
「曇天が似合わない」
そう呟くとしがみついてない左手を上に上げれば、風が起こり曇天が退き俺の道を開ける。動きやすいように雲を調整する
「フフフ・・上出来だ」


俺の言葉に相変わらずの死んだ目がこちらを向く。あの時と同じ。しゃがみ込んだ下から
霞んだグリーンのMA-1が風の余韻で裾が靡く。肩まで伸びたストレートヘアが舞う。サイド分けした前髪は前より伸びて目を見え隠れする。
召集をかけられ最近名を出していた後輩どもを根絶やしにした。海兵たちが海賊どもと入り乱れる様を高いところから見る。
「サボってんじゃないよ」
後ろからおつるさんが俺に叱咤してくる
「フフフ・・ほぼ、終わったもんだろ」
「まったく・・今日は可愛い子を連れてきたと思ったら自分は高台からの見物かい」
「かわいいだろ。新しい犬だ」
しゃがみ込んだ姿勢から立ち上がり、ようやく馴染んできた刀を鞘に戻す。キンっと小さく音がする
「お初にお目にかかります」
綺麗な一礼をする。奴隷じゃねぇよ。俺の犬だ
「かわいそうに、こんな奴に拾われて」
何も話してないのに憶測で話を進める。それが当たってんだから、さすが海軍本部大参謀
チラリと犬を見てみれば、相変わらずの読めない表情してて。中の黒いTシャツと黒い細身のカーゴパンツは土で少し汚れ、ドクターマーチンの編み上げブーツはいくつもの傷が入ってた。
目が合えば、逸らさず。切れ長にこちらを見たまま
「もうひと仕事してくるか?」
俺の呟きに鞘に収めた刀に手を添え、構える。風を感じた瞬間。隣にはもういない。風となり竜巻を上げながら成果を上げている。
「うちの船を巻き込むんじゃない」
おつるさんがため息をつけば、海軍の小艦のマストが折れていた
「フフフ・・弁償するよ」
「海賊からの賄賂かい?要らないよ」
音が少しやめばまた、隣に小さな竜巻。今度は立ち姿のまま帰ってきた。随分と能力も馴染んできたな
「おれぁ、帰るぜ」
数分間高台から戦況を見ていたがもう終わりそうだ。俺がきた時点で勝ち筋しか出てない戦況に面白みなんてない。目新しい能力を持った海兵をいないしな
「そうかい。お疲れさん、私らは終わらないと帰れない。船は出ないよ」
「いらねぇよ。飛んで帰る」
女の細い腰に手を添えると、女が俺の道を風で作る
「ご苦労だったね」
飛ぶ前、おつるさんが犬を褒める
「とんでもないです。お役に立ててなりより」
目を伏せて瞬きでお辞儀。開いた目は死んだマリンブルー。思ってもないこと言うんじゃねえよ。


犬の成長を今回の招集で見たので、少し気分がいい。俺に全投資したんだ。お前の人生くらいどうにでもなれる
死んだ目のまま、グラディウスの銃術。ディアマンテの剣術。ラオGの体術を叩き込まれできあがった自由を得た犬。
気分が良いまま王宮の廊下を歩けば、月の光を浴びる犬。ゆっくりと左手の薬指を見つめ優しくキスをする。指に光るは埋め込まれたダイヤモンド
俺に気付き目をこちらに向ける。姿勢は窓のまま。
「思い出していたか」
俺の問いに顔を下げる
青い月に当てられるストレートヘアは天使の輪っかを大きく作る
「忘れませんよ・・大切な人です」
「後追いしなかったんだな」
「できる状況ではありませんでしたから」
「今回の招集で、無茶するかと思ったが」
「今はあなたのモノです」
「なら、その指輪を捨てるか」
月夜を浴びるマリンブルーがこちらを向く
「いやです」
右手で覆うように隠す。奪りはしないのに
「ここからは領域か」
こくりと頷く
「あなたにもあるでしょう」
「踏み込んでみるか」
俺の提案にマリンブルーが揺れた気がする
窓からの月光で影が丸くなる。足元が暗くなる。まるで穴に落ちる瞬間みたいだ
できないことを知っているからお互い足を動かさない。隠していたダイヤモンドが光る
「お断りします」
恐ろしすぎる。呟きに高笑いで返答する
相変わらずいいレスポンスだ。肝が座ってていい。いや、それすら持ち合わせて無かったな


あれからドレスローザで誕生日を2回迎えた。
また召集がかかり出かけると犬に伝える。返事がないから振り返る
「お一人で?」
キョトンとする。置いてけぼりを喰らう間抜けなツラに笑いが出る
「特に問題なさそうだしな」
「・・いってらっしゃいませ」
「ああ・・好きにしてろ」
ピンクのコートを肩に背負う。窓を開けて雲の流れを見ていれば小さな風が吹く。
「ご機嫌ナナメか?」
犬の感情が風に乗って足元を潜る。なにもお留守番は初めてじゃないだろうに
「いえ・・私も好きにトんでみます」
俺越しに空を見つめる。日光を浴びるマリンブルー。なんだかそれが気に食わない
口の角が下がったのを見て、首を傾げる。行き先くらい言えよ
「・・勝手にしろ」
その言葉を最後に窓から飛び出して空を道を進む。
今回の招集も大したことなかった。テキトーに糸を引いて早々に帰ることにした。
「おかえりなさい」
飛び出た自室に戻り、廊下への扉を開けばベビー5と居合わせた
「ああ・・あいつは?どうしてる」
俺の問いかけに、ベビー5は首を傾げる
「え?最近見ないから、若様と一緒だと」
ベビーの言葉に俺が首を傾げる。リードを離した瞬間に迷ったか。逃げたか。空の向こうを見ていたマリンブルーが脳裏に浮かぶ
「探しますか?」
ベビーの言葉に腹の中が渦巻いて
「いや、いい。そのうち帰ってくるだろう」
とだけ返した
しかし、3日待っても帰ってこなかった。可愛がっていた犬が急にいなくなるとなにか目線が動いてしょうがない。
そんな時にまた召集だ。頂上戦争で七武海が3人も抜けたから声がかかるのが早い。無視してもいいが、軍艦で迎えにくるもんだから無視できない。
ため息をつくと敵の軍艦に乗り込んだ

今回の招集は国の戦争の収めることだった。加盟国を守るのが軍の仕事なら当然だ。
俺の息がかかってない内戦で助かる。夜に紛れて街を歩けば、人だかり。暴言と共に炎が上がる。
「やめてくれー!!」
男の声と子供特有の叫び声。ハッとみれば父親が子供を庇って襲われている。どう見ても服装が貴族。
「お前らさえいなければ!食糧全部持っていきやがってっ!」
「殺せ!いますぐに!」
「お前らにはわからないんだろうな!!俺たちのような、下民のことなんて!!」
ボロボロになった家族に国民が襲いかかるその絵面に吐き気を感じる。
ジリジリと脳に記憶が焼き付けるように浮かぶ。
壁に吊るされ、腕が体重によって千切れそうになる痛みと矢が刺さる感触。
貴族から流れる血は紛れもなく赤い色で。色の違いが無ければ同じモノがあの日も幾度となく流れていた。
マリージョアでの鬼ごっこも、槍の先端から反射する光が今、国民が持つ武器と同じ色だ。
父親が覆い被さり絶命してもなお、子供を守る。泣き叫ぶ子供に大人が光を向ける。無数の星光が赤色に染まる。
子供特有の叫びは、俺の記憶と同じだった。
ガンガンと脳を叩き、ロープで縛られているかのような痛みで指先を額につく。冷や汗か、そこで燃える炎による熱か。動悸がうるさくて、鎮まれよと抑えても言うことを聞かなかった
耳に入る音全て、壊して仕舞えば消えるのではないかと。耳を片手で塞ぎながら手を翳した。
俺があの時。やりたかった事と力だ。
恐怖が俺を支配するなら、俺がそれを全て壊してやる。


##

夜が明け、燃えていた炎が少しずつ自然に消えていき、辺りに少し煙がのこる。
ドフラミンゴは崩れたガラクタの上に腰掛け。糸で切り刻んだ屍をみる。
荒い呼吸のようなリズムで脳の血圧が悲鳴を上げている。膝に肘をついて指で額を支える。
ガラガラと音が鳴った。傷が増えたドクターマーチンの編み上げブーツ。
「・・・」
お互い何も言わなかった。ドフラミンゴに近づけば大柄の彼とほぼ同じ目線になる
「・・何しに来た」
少し覇気が混じった口調で話す
「お迎えに」
短く話す。頭が重たく感じて顔を上げるのが億劫だった。
「・・・消えたかと思ったよ」
「その選択肢は用意されてませんよ」
ため息と共に吐き出される。片足に体重を乗せたのかカチャリと刀の音がする
パチパチと炎が消える音が響き、煙の焼け焦げた匂いが鼻をくぐる。ドクターマーチンが暇そうに地面の土を左右に揺する
「好きに飛んだんじゃねえのか」
「飛びましたよ。モネさんに会いに行ってました」
前頼まれた本が手に入ったんです。死体の山を横目で見ながら軽く話す。好きに飛ぶの意味が全く違う。お前は、自由に、行けるはずなのに。
首にかけられる鎖もなしに、力も手に入れた。そのお前は、ここにいる
「おまえは、もう、自由だろう」
失ったモノはあるが、得たモノもあるはずだ。
ドフラミンゴの問いかけに、ストレートヘアが首を傾げる
「ならば、どこに行こうが勝手なのでは?」
ドフラミンゴは少し顔を上げる。相変わらずよく読めない表情だ
「帰る場所があるから、自由に飛んでいけます」
マリンブルーが光る。まるで深海の光。
「私は、あなたのモノでしょう?」
呆れたようにため息をつく。カタンと木が崩れ落ちる音がする。
「何が必要ですか?」
重たい頭は動こうにも動かなかった。必要なモノなど。とうに手に入れている。それでも、それを膨らますことに尽力することが必要だった。
昨日の餓鬼の声が脳に反響する。自分の核をほじくられたような。腹の中が渦巻く。
「声にしてください。聞いてますから」
興味持たないような目線と口調。
「あなたの力になるのが私の務めです」
けれどもしっかり意思が光った。マリンブルーがに映るサングラスが揺れる
「・・・手を貸せ」
ドフラミンゴの大きな右手が前に出る。そこに白い手が乗る。その手を使いドフラミンゴが立ち上がる。身長差もあって女が後ろに倒れそうになるがドフラミンゴが軽く引き体勢を整えさす。
「それで?・・その次は?」
指示を待つ。きちんと待てが出来る犬は賢い。
自分でリードを持ってくるだなんて。
「・・帰るぞ」
ドフラミンゴの呟きに、帰りましょう。と返す。
繋いだ手はお互い離さなかった。