ファインダー越しでみるきみの未来

パタパタと足音が響く。この昼から夕方にかけての時間はハウスキーパーたちが王宮内を駆け巡る。レースがあしらってある純白の三角巾を被り、黒のサテンパフスリーブワンピース。ポケットがついたエプロンをはためかせながらリネンカゴを持ち上げたり、箒で履いたり
その時。気を失いそうになる覇気を感じ、使用人たちは動きを止める。
コツン。と音がこのフロアを支配するような足音が響く。ああ、これは機嫌が悪いと一斉に動きを止めて頭を下げる。
ドフラミンゴは書類を手にしたまま一瞥せず部屋に向かう。ドカリと椅子に腰掛け電々虫を起こし会話を始めた。
「がちゃり」最後に電々虫が鳴けば会話が止まった。タイミングをみたようなノック音が3回
「失礼します」
ドフラミンゴの声も待たずにスーツ姿の女が入ってくる
ドレスローザを略奪した際に、寄生糸によって親を殺された。家族で王宮勤めをしていたからか、ここを離れるという選択も考えもなかった。
殺されたくないと力のない声色で喋り、誰にも言わないからと生を選んだ。見聞で見える細い糸は今もなお首にかかったまま。
「また、人形増えました?」
ティーセットをサイドテーブルに置き、紅茶の準備をする。湯気が少し立つ赤紫のカップからはマルコポーロ。
機嫌が悪いドフラミンゴをあえて無視するように滑らかに作業をする。ドフラミンゴのテーブルに紅茶を運ぶ。口の角を下げたドフラミンゴはため息を一つ。
「記憶に残ってないから、増えたことさえわかりませんね」
カップを乗せてたトレーを胸に抱えながら軽くしゃべる。無言で見つめ合っていると先に行動したのは彼女。首を傾げた
「・・・おまえ、なんの報告も無しか」
「戻りました?」
ハッと鼻で笑う。とぼけたような、されど本当のような口調は読めない
ドーンピンクのネクタイを中指で少し弄っている。漆黒のシャツに頂点を過ぎた光が反射する
「半月も留守にして、それか」
ドフラミンゴは無意識に拳を膝で作る
その様子を見て眉を顰め
「任務でしたよ」
トレーボル様からの。そんなこと知ってる。俺が出した。そこじゃねぇだろとサングラス越しに睨む。
「報告はすっかり上がってるかと」
「それで」
短いドフラミンゴの言葉に、トレーを胸から腰に変えて
「良い結果を得たかと」
うるティ様はシスコンなんですね。別にいらない報告をくれる。楽しそうな顔をするから拳の力が強くなる。
「それで」
ドフラミンゴと同じセリフを彼女が発する
「どうしました?」
機嫌の悪さをわかっているなら開口一番に言うことがあるだろう。
「覇気が漏れてて、ハウスキーパーの新人が3人りへばってます」
特に耐性もない癖に新人の気遣いはやめない。見上げた教育担当者だ。
特に伝える気がないとドフラミンゴは黙って返事する。それを受け取る。ため息をつくと紅茶を少し近づける。ドフラミンゴは動いた紅茶を見て彼女をみる。
「お疲れですね」
ドフラミンゴはピクリと眉を動かす。
「おれがか?」
「はい。若様が」
だから、飲んでください。と紅茶を目線で伝えてくる。湯気がまだ揺らめくカップを見つめる。香り高いマルコポーロは甘い風味だ
口にしないドフラミンゴをゆっくりと見つめるとトレーをサイドに置いてドフラミンゴに近づいた
「ああ、もぉ、また飲みかけのグラス隠しましたね」
執務机に付属としてあるローチェストに昨日飲んだウオッカグラスが置いたままだった。ドフラミンゴは何も言わない。
「なんです?」
一言も発さないドフラミンゴに首を傾げる。
「いつもみたいに笑ってください。あなたの笑声好きなのに」
ニコっと照れたように笑う。握って動かなくなった手を見つけ、片膝をつきそっと触れる
「血が出ますよ」
無意識に強く握った手のひらが三日月型に赤くなり、拳も赤黒くみえる
触れた手からはじんわりと温い体温が広がる。小さな手だ。あの頃縋った指より大きいはずなのに。小さな手が包み親指の腹でドフラミンゴの手の甲を撫でる。
窓からドレスローザの風が入ってくる。静かに書類の束をめくり彼女の前髪を揺らす。落ちてきた陽が今日の締めを告げてくる
「お忙しいのは知ってますが、今日は後回しにしましょう。私がいない間、休息を取るの忘れていたでしょう?」
ゆっくり瞬きをする。漆黒の睫毛の影が瞳に落ちる。ドーンピンクのネクタイが視界に入るのが心地よかった。そこに反射するモルガナイトのゴールドネクタイピン。シャンパンゴールドで作らせた特注だ
ドフラミンゴはそれを見ると長い指先をすっとあげた。それを追う首には見えない糸。
「いつもこれだな」
「制服ですから」
心臓より下に位置するそれに爪先が触れる
いつしか渡したネクタイピン。
「ほかには?」
「要りません」
「同じだと飽きるだろう」
「同じがいいんです。落ち着きます」
「なら、ボーナスでも出すか?」
「ご冗談を。嬉しいです。でも、今のベリーで足りてます」
「欲なしだな」
「生かせてもらってます」
「大きな欲だ」
ふわりと笑う
「好きにトぶか?」
バタバタと窓の外に鳥が2羽飛んでいった。後を追うようにしてズレて飛ぶ
「ここにいます」
目線を戻す。夕陽を浴びた瞳が光る
「わりと、好きになったんですよ。あなたの隣」
また照れたように笑う。握っていた手はいつのまにか隙間があった
揺らめく髪を左手でほぐせばドフラミンゴにだけ見える糸がチラつく。ピタリと首に指先を置けば、驚いたのか少し身体を揺らした。ドクドクと心地の良い音頭を取るそこが、自分の好きにできると思うと愛おしかった。
「そういえば、若様の部屋から見える花壇の件ですが」
あやす親指は止めない。
「やはり、ローズがいいと思うんです。下にはひまわり畑がありますし。それに対するならバラとかの方が若様に合います」
ふわりと笑う。コート掛けに掛かるドフラミンゴのファーコートがドレスローザの風で揺れた。1枚1枚花びらのように揺れるのを2人で見た。
「好きにしろ」
「きっと、似合います。花の王者です」
ね。と笑う彼女。よいしょと少し片膝を浮かして位置直したとき、前屈みになったネクタイが少し上に来る。モルガナイトがマルベリーのサングラスに反射する。
今日は終いだとドーンピンクが明日をゆっくり差し出す。ドフラミンゴの広い手のひらが首を通り髪を後ろに流す。ついた親指が頬を掠める。
「ひと呼吸です」
ふうとため息を漏らせば、嬉しそうに微笑む。
ドフラミンゴが小さく笑い声を出せば、歯を見せる。
この糸を切る必要はないだろう。