溶けてしまったアイスクリーム

出会いは海の匂いがした。
大柄の男は私を見下すと口をへの字に曲げた。
3メートルもある巨体に睨まれたら誰も動けないだろう。いや、サングラスだけど
「死ぬのか?お嬢ちゃん」
楽しそうに笑う。死ぬのかって、殺す気なんだろと目で訴える。
このドンキホーテ・ドフラミンゴというのは、海賊であり、王下七武海の一員で、ドレスローザとかいう島国の王であることは周知の事実である。そんな男に声をかけらるなんて、私の人生では一遍もないはずだった。そう、だったのだ
私がしがない一端の海兵で。孤児で。海軍で軍医をしていて。頂上戦争とかいう、ポートガス・D・エースが捕まって白髭を呼び寄せるために公開処刑なんてものをはじめて。戦うのが苦手だから船医になったのに必要ないと駆り出されて。
しょうがないから、青雉大将が作った氷山の陰で姿を消していた。コビーくんの言葉でまさかの赤髪が止めに出て。はい、解散ってなって。やっと海賊がいなくなって動こうとした時に、氷山が今になって崩れて海に押し込まれた。なんとか這い上がってずぶ濡れの身体を持ち上げ目線をあげたら、こいつ。
後ろにはパスフィスタたちとゲッコーモリアが倒れてて嫌な気しかない
返答しない私にドンキホーテ・ドフラミンゴは楽しそうに笑ったままだ。そりゃ海賊からしたら白髭の死なんて嬉しいだろうよ
こっちは世界の均等が崩れるから不安しかないのに
「随分と綺麗な身なりしてやがる」
逃げたか。なんて言いたいんだろうけど、当たってる。死にたくない
「怪我一つしてないのか」
怪我くらいしてる。だが、治っているのだ。この能力は自分の体液のみで活動する。
唾液の中にあるブドウ糖や血液の中にあるヘモグロビン、血小板などの活動を高める要素を持つ。お陰で海軍は私の血を抜き放題だ。力瘤すら作れない私の腕から毎日大怪我あって帰ってくる海兵どもに私の体液を放出させる。これじゃあ、まるで奴隷だ
怒った虫みたいなサングラスに怯える自分の顔が映る。何を言っていいのかわからないし。動いていいのかもわからない。後ろで倒れてるゲッコーモリアは割と最後まで生きていたような気がするが
「フッフッフッフッフッフッ・・なァに、食ったりしねぇよ」
しゃがみ込んで猫を呼ぶような指先で私を指す。ああ、勝手に体が動く。サイアクだ
「フフフ。どこの所属だ?」
「か、海軍本部所属の軍医です。戦う意思はありませんので、あ、あ。わ、私は何も見てません」
160センチ代の小柄の女が3メートルの男に敵うわけがない。なにかで操られて男がしゃがみ込んでる足元に膝をつき手をつき、四つん這いになる
赤犬大将なら、なんたる屈辱とか言いそうだが、あいにくそんな度胸も、根性もない。ああ、もうダメかもしれない
「軍医だと?頂上戦争に引っ張りだこだろ」
「はい。今から忙しいので解放していただけると大変助かります」
早口で会話をする。恐ろしすぎる。なんという覇気。気を失いそうだ
ドフラミンゴは楽しそうに笑うが私を解放する気はないそうだ。
ああ、今頃救済テントは色んな人でごった返してて、私の体液を探しているんだろうな。だから、戦争の最中に私を要因するのは間違えだって言ったんだ。あの船医長め
長い指先で私の顎先を挙げる。目というかサングラスと合う。私が写る。相変わらず顔色が悪い。この実を食べてから顔色がいいことなんてあったか?
海水でベタベタになったノースリーブの制服は重くて地面に置いてた支給品の銃もどっか行った。悪魔の実のくせに戦いに使えない。むしろ搾取されることなんてあるんだなと遠い記憶でそう思った。
「フッフッフッ、お前いなくても頑丈そうな奴らばかりだろ」
そう思ってますよ、こちらも。なんて口が裂けても言えないので黙る
「それか、なんだ?特殊能力か?」
ギクリとするが、話したところで意味もないだろ。海賊といっても王下七武海だ。いや、王下七武海といっても海賊か?
楽しそうに笑うのはいいが、これだけパスフィスタに囲まれていると流石に怖い。あの麦わらはトラファルガー・ローの船に海峡のジンベエと共に連れて行かれたが生きているのだろうか
さすがの私でもあのエースは救えない。救う気もないけど
「聞いているのか?」
ピリッとするから目線をずらす。首に小さな切り傷。ああ、治してしまう。
スッと治る身体を見て、ドフラミンゴは固まって高笑いをする
「なんだァ?治癒能力か?」
「体液を通してのみ活動できます。私は私の体液ですので治りが一瞬ですが、他の人はもっとかかります」
普通です!と声を張る。冷や汗がダラダラ流れる
こんなやつに目をつけられてみろ。それこそ人生が終わる
「フッフッフッ、そりゃはやくテントに行かないとなぁ」
でしょでしょと目で訴える。離す気はなさそうだけど
静かになっていく海軍本部の氷地。ドフラミンゴも招集場所に行かなくていいのか
きっと担当のおつる中将が困ってるに違いない。
先ほどからピクリとも動かない身体。抵抗してないけど、筋肉が攣ってきた。逃げないから解放してほしい
「こんな弱っちい奴も海軍とは、恐れ入ったぜ」
ため息が漏れるのは許してほしい
「好きで志願したわけじゃないですよ」
顎先の指を解いたので顔が下に下がる。そのまま身体も解放してほしい
大男を前にして四つん這いになって項垂れているなんて、赤犬さんが知ったら激怒しそう。私にも
「海軍本部所属ね・・」
ドフラミンゴは深く考え楽しそうに笑う。
きっとこの弱っちい奴が本部にいる理由が能力で、それの深みについて勘繰っているのだろう。勘繰らなくても当たってるよ。
でも、そんなにめちゃくちゃ使い勝手がいいわけじゃないからハズレクジ。
パッと身体が自由になって膝が曲がって地面に倒れる。唸りながら身体を起こす
ドフラミンゴは目の前にいて笑ってる。サングラスに自分の情けない顔が写る。ずっと笑ってるのにサングラスは怒った虫のまま。瞳はわからない
ビショビショになってベトベトになった服をつまむ。着替えたい。氷結してるここは寒い。クシャミと震えを1つ。フワッとかかるのは大きめのシャツ
「フッフッフッ。やるよ、か弱い奴は守られてなちゃな」
なんと屈辱的な。でも、その通りなので素直に受け取る。というよりも、返す自信がない。
ピンクのファーだけ羽織ったドフラミンゴ。ドレスローザは夏島ときく。さぞ、あったかいんだろうな
「賄賂はダメって」
「賄賂じゃねえ、プレゼントだ」
一緒だろ。微かに香るラストノート。いい香水使ってんだろうな
「またな」
ドフラミンゴを呼ぶ声がして、立ち上がる。こんなシャツを羽織った姿を見られたら何言われるかわからない。腕に持ち、倒れたゲッコーモリアを横目に大股で歩いていくドフラミンゴを見る
治すなってことか?だから、プレゼント。ここって、因縁あったっけ?
ふわふわと動くファーの羽を見ながらため息をつく、ピリッとしてみれば二の腕にかすり傷。覇気で切りやがったな。操ろうとして切れたから弱いって言ってたのか。わからんけど
またなって。もう2度と会うことはないと思うので、記憶の奥に鍵でもかけて、その鍵が海水に浸かりまくってサビて古くなって壊れて、壊れたことすら忘れることを心から望む。