眩暈

「わあ、懐かしい」
彼女の声に振り返る。俺の視線に気づいた彼女は手に持っていた昔の、スパイダーマイルズの頃の手配書をヒラヒラする
「この頃の若様もカッコよかったよね」
目の前に紙をもって眺める。
あの頃より組織をデカくになり、人も集まった。あの突き落とされた日は遠い昔だ
知らない世界に連れてこられ、世界の酷さを知った。天竜人なのだから下々民のことなんてどうでいいのだが、それを彼らは受け止めれなかったようだ。
「今も素敵だけど、あの頃はなんというか、暴力というカリスマが生きているって感じだった」
パサリとテーブルに紙を置く。
アジトもデカくなったもんだ。瓦礫まみれの城から本物の城に変わるなんて
「あの頃よりも余裕が出ましたよね。でも、あの頃の若様だったから惹かれたのかも」
懐かしむように笑う。変わったのは何も自分だけじゃない。組織も、人も、成長してる。
弟を失った日と後継者を失った日はどのくらい遠いだろうか。
窓を見てもあの時ずっと見ていた白い雪はここじゃお目にかかれない。あの時、白は思い出の全てだったのかもしれない
「昔話は趣味じゃねぇ」
紙から視線を俺に変える。あの時見つけた瞳は曇天のような瞳だった。それでも光ってるから気に入った。
行く当てがないと呟いてた小さな口。栄養失調の細い腕と指。ボサボサの髪。背中には俺の居所の焼印。昔話はお前も嫌いなはず
「今も昔も素敵だって話」
ケラケラと笑う。
「私の背中、好きでしょ?」
ふわりと笑う。その笑顔が昔から嫌いではないが好きではなかった。胸の奥が糸で縛られている気がして。欠けたグラスから反射する透明な光のような美しさを感じる。反応が遅れてしまうその笑みに俺はまた、反応が遅れる
「お互い、傷を持ったまま生きていくんだから。昔のことくらい小噺にしても酒のお供じゃないですか」
1人掛けのソファにもたれて足を組み直す。
少女は女性となり、スラスラと成長した。俺の願った通りの成長。俺のために生き俺のために死ねる。ベビーとはまた違った成長。俺にだけ必要とされていればいい。見放すマネなんてしても、俺がその時言った言葉通りに動くんだろうな。何の違和感も持たずに。そんなんだから、その勲章がお似合いなんだ
「あれから、ずっと走ってきましたね」
ドレスローザは今日も晴天で心地の良い夏風が吹く。夕暮れを知らせる昼間の太陽は頂点から37度くらいズレた
「まだまだ、これからだろ」
「はい。前にいてください。それだけで十分です」
ふわりと笑う。心臓がしまる
俺の与えた実も軽々扱えるようになり、戦闘も、参謀も、何もかもできるようになった。
成長したモノを手放すのが惜しいのは当然なのだろうか
「お前はいつも隣にいるだろ」
「隣。ではなく、少し後ろ。全方向見えるように引いているのが私。若様は私を見る必要はありませんよ」
「寂しいことを言う」
「見てくれるのはすごく嬉しい。あなたに褒められるの、大好きだから」
もっと褒めてと俺の椅子に近寄りしゃがむ。肘掛けに両手を組むようにして置き顔を乗せる。可愛い上目遣いは誰から教えてもらったんだか
機嫌良く笑うと、この世で1番幸せだというような笑みを見せてくる
「リーダーが進んでる限り、足を止めるわけにはいきません」
曇天の瞳には光が宿り、いつしか綺麗な宝石になった
「足を失っても這ってでもついていきます」
大層なこった。そう俺が育てた。それが自由意志なのかどうかはわからなくなってきた
「嬉しい限りだが、オレに光がなくなったらどうするんだ」
ふとした疑問を笑いながら聞けば、キョトンと顔を傾げる
「闇が得意なあなたが?」
意地悪く笑う
その笑顔に釣られてオレも笑う
「あなたのところにいます。何があっても」
「フッフッフッ、束縛の激しい奴だ」
「急な自由は私を殺す吹雪みたいなもんです」
面白いことを言う。こいつの発する言葉はたまに肝になってて曖昧だ。
「自由を嫌うのはお前くらいだ」
「選択肢があるなら、誰だって自由です」
「首輪は、もうないだろ」
「あなたからの鎖なら、ここからあります」
肘掛けに置いてたオレの左手をそっと掴み自分の心臓に添える。手のひらからは小さなドラム。
「これがここに伸びてる。繋がってる。一方通行じゃない。それだけで幸せです」
オレの心臓に白い柔らかい手のひら。
すっと置かれたそれが心臓を鎮めるようで落ち着く。サングラスに反射する彼女の比率が大きくなる
「いつか、見せてください」
ふわりと笑う。反応が遅れる
「コーヒー、入れ直しましょうか」
立ち上がりコーヒーカップを手に取る。
しなやかに育った彼女。悪に満ちているのに透明の光を持つ。俺が呼べばそのカップを床に捨てて飛んでくるだろう。ドレスローザは夕暮れに差し掛かった。オレンジが上から攻める。フラミンゴ色をした雲が空を覆う。
あの時、漕ぎ出した船は引き返すことがないのだと思い知った