舌先で温度を測る

朝から雨が降っていて、窓辺に頬杖ついて眺めていれば後ろから気配を感じて振り返る。
気配を飛ばした犯人に近寄ると、赤ワインを片手に愉しんでいるところだった。
今日は桃鳥コートはお休み。コート掛けの定位置でお眠りしている。今日は一度も羽織っているのを見ていない。赤ワインを飲み込んでテーブルにグラスを戻す。同じく置いてある本は難しそうな話。でも、知ってる。あれは私の故郷の御伽話
「珍しいの読んでますね」
童話なんて興味ないだろうと思っていた。若は楽しそうに笑うと本を手に取り、ペラペラとめくった。
「考古学の一種だ。神話から知ることがあるように、御伽話から知ることもある」
特に何もない街の御伽話なんて何もかも手に入れてるあなたに興味を見出せるものなんてあったのだろうか。
「面白い?」
「いやぁ、べつに。だが、興味深い」
楽しそうに笑う。若に近寄ると笑みを深くする。なんとなく触れたくなって、頬にひと添え。褐色の肌はなめらかだ
赤紫のサングラスに自分が映る。でも、自分の顔じゃなくて若の顔が見たくてサングラスに触れた
「フッフッフ、悪い子か?」
指先を名残惜しくサングラスから離れる。甘い香りと大人の香り。彼の匂いが鼻腔を揺らす
滑らかな頬を伝って顎先、喉、鎖骨。と滑らす。止まることがない肌の艶に見惚れる。シャツから覗く立派な胸筋に触れる手前、膨らんだ喉仏が揺れてテノールの笑い声。鼓膜を心地楽揺らすそのリズムをもっと聴きたくて心臓に耳を当てる。若はたぶん、聞き取りやすいようにソファにもっと背を預けて顎先を天井に向ける。長い脚を跨いで上に乗る。ピッタリとくっ付くといい音が聞こえる。
「聞こえるか」
当たり前のことを聞く。鼓膜を支配するそのリズム。聴き音を立てながら視界を見渡せば指が少し埋まりそうな腹筋の縦筋が入る。辿ろうとして笑い声で止められる。
「フッフッフ。今日はやけに積極的だ」
「キライ?」
首を少しあげて若のサングラスを見つめる。楽しそうに笑う。
「悪い子だ」
そっと上半身を起こして離れる。揺れる喉仏から鎖骨の窪んだ真ん中。膨らんだ胸筋、腹筋を目線で追えばヒモのベルト。解いちゃダメかな
「お前のところの御伽話だと、悪い子は暗闇に引き摺り込まれるそうだな」
視界を前面から若を経由して本を見る。そうやって言われてきたのを思い出す
「引っ張られても、若が助けてくれるでしょ?」
悪いことが大好きなあなたに、闇が勝てるのだろうか。透明糸が光って私を救ってくれる。
若は相変わらず楽しそうに笑ってるから、ワインを今日は多めに飲んだのだろうか
指先が暇になって、腹筋の溝で迷路ごっこをする。触っていたくなる肌質は実に羨ましい。東の海で作られる有名なスキンケアを御用達していた気がする。
「くすぐってぇよ」
若を見るけど、身動きひとつしてない。雨音が激しくなってきて大きな窓に音を奏でる。
薄暗い部屋でも晴れ間のようなブランドヘア。柔らかそうで少し遠慮気味に触れてみる。ふわっとしてて、男の人特有の硬さを感じる。やはりいいシャンプーを使ってるんだろうな。いや、トリートメントか。いい香りがする。
少し身体を上に上げて横なでするように髪の毛を手のひらで触れる。キレイな髪。そこから見える耳にはゴールドループピアス。指で触れれば少し重たそうに揺れる。意外にも薄い耳たぶだ。
薄くて褐色の耳がなんだか美味しそうで、なとなく食べたくなった。
引き摺り込まれる暗闇には悪い子を食べる魔物がいるそうだ。その魔物を退治しようとした巫女は怪物に心を渡し二度と帰らなくなってしまい、巫女がいなくなった世界で神が怒り、滅ぶ話ではなかっただろうか。
悪いことに加担すると、そこから戻れなくなって、大切な人たちが居なくなるという教訓だった気がする
これを食べて仕舞えば、私は2度と逃げれないんだろうか。でも、いいかなと思ってる時点で考えてもしょうがない気がする。若様のためなら、なんでもする。褒めて欲しい
食べるためにあげた顎をフェイスラインに移して鎖骨に頭をつけた。サングラスがこちらむく。雨音は止まない
「食べないのか」
私の考えなどお見通しか。揺れる喉仏を眺める
「怖気ついたの」
なんて。見え透いた嘘をつけば愉快に笑う。
食べていいなんて。その私の好きな声で伝えてほしい。食べたいけど、私のことも歯形を通り越して血が滲むくらい噛みついてくれないかな。空腹に似たソレを思って身体が少し熱い。
長いいたずらっ子のような舌で私の首筋とか舐めてくれないかな。溶けて、溶けて、私も若のこと溶かしちゃだめかな
なんでもするから、なんでも許してほしい。
デロデロに甘やかして、私があなたから離れなくなるようにしてほしい。若のためにしか動けなくなる自分を想像して少し興奮する欲しい首はなんでも取ってくるし、欲しいモノも奪ってきてあげる。
耳に近寄って首筋に鼻と口を添える。若のテノールが口に広がる。ゾクゾクしてきた。そっと彼の丹田に手を添える。ソレが気になる
「待てだ」
若の声は眩暈がする。甘くて少し苦い。プリンのキャラメルを思い出す。早く味わいたくて鼻を吸う。若の香りが鼻腔揺らして子宮が鳴く
もう、いいでしょ。心もあげるし、食べていい?
他の誰もいない若の部屋は静かで雨音だけが響いてる。お天道様も見てないから、攫うなら今のうち。サングラスがこちらを向いて魅惑的な笑みを作る。悪い子が悪い人を食べたら、どこに行くんだろう。心をあげたら、あなたの何になれるんだろう。ゴールドピアスが揺れる。
「フッフッフ、いい子だ」

「食べていいぞ」