今日はなんだか眠れない。そう思って女子部屋を静かに抜け出して甲板に出た。
灯が全て消えた船はシンとしてて、寒くも無いのに寒く感じた。芝生を踏んでみると少し濡れてて霜が降ったことがわかった。
「アレ、いかがされました?」
操縦側から聞こえてきたのは、綺麗な声
「今日の不寝番は、ブルックだったね」
階段を登って彼の隣に行く。紳士な彼は
「紅茶、いかがですか?」
「ありがとう。でも、大丈夫」
風が柔らかく吹いて彼の飲んでいる紅茶の香りが鼻腔に広がった。断ったけど、やっぱりもらおうかな
「やっぱり、もらってもいい?」
彼は無いはずの瞳を柔らかくし微笑み、カップをとりに行ってくれた。カップ、一つしかなかったのか。申し訳ないことしたな
「どうぞ」
骨の指から紅茶が注がれたカップを受け取る。触れた指輪は冷たかった
「ごめんね、取りに行かせちゃった」
「とんでもない。いい運動になりました」
なんて優しく言ってくれる。注がれた紅茶は温かくて指先からほぐれていく気がした
夜の船は暗くて静か。いつもと違うから少し怖い。ルフィたちとの冒険は夢だったのかなと思えてしまう。そんなはずないのに。
なんとなく視線を足先に動かす。コツンと彼の霜で濡れた靴が見えた
「一曲、いかがですか?」
柔らかい声が私に聞いてくれる
「嬉しい。でも、起こしちゃうかも」
「大丈夫。ちょっと早い目覚ましです」
彼越しで海と空を見る。まだ暗い
「早すぎない?」
可笑しくて笑うと彼も、嬉しそうに笑ってくれた。不思議だ。角膜も、皮膚も、結晶板と何もかも無いのに
「では、アカペラなんていかがでしょうか」
そう言うと彼は私の隣に座って、膝を手で叩く。鼻で音を出す。
「ビンクス」
私の言葉に彼は微笑む。
「私この歌好きなの。歌詞がいい」
「歌詞を深読みするとは、さすがです」
「音楽は苦手だけど、歌詞を知るのは好きなの。書いた人の意思が見えて」
「意思ですか。いい視点です」
「音楽家のあなたに褒められると、すごく嬉しい」
専門家に言われるとは、顔が熱くなるのを感じる。ゆったりのリズムでビンクスを歌う。素敵な歌声を持つ彼。彼のバイオリンはすごく素敵でいつもお願いしちゃう
カップを置いて両手を太ももに置き、つい身体を揺らす。暗い船には不寝番用の蝋燭が一つ。それでも、その光が淡く全てを照らしてくれるように思える
「ブラボー」
終えた彼に拍手を送る。彼は胸の前に手を添え、軽く頭を下げた
「ビンクスを書いた人は、船の柔らかいところも好きだったのね」
私の呟きを彼は拾う
「荒い波も、吹かれる帆も、朝日が上がる水平線を見て。きっと。幸せと感じていたのかもね」
「あなたのそういう素敵な考え方。見習うべきですね」
やめてよ。照れた顔のまま彼を見た。空洞の奥に温もりを感じる
「伝えたいことを、短く。同じ想いの人はそれを受け取れる。まるで名前がない手紙ね」
「手紙ですか。たしかに、音楽は人の心に届く。同じ想いを持つ人たちは共感し、涙する。伝えたい内容はそれぞれですが、それもまた、多くの人に伝わるということなのでしょう」
私の言葉を笑わずに拾って会話にしてくれる。彼の柔らかいものに触れたような気がする。
「では、私も。伝えたいことを音にしても?」
立ち上がりバイオリンを持つ。音を出すの?と目で送ると、彼は海を見たから私も見た。あ、オレンジ
「この船で、あなたと朝日を迎えれる素晴らしさを。他の皆さんに伝えます」
そう言って始まるバイオリンのリサイタル。柔らかい音に芯の強さを感じる。
陽に照らされ始めたサニーは、太陽そのもの。そのうち、ルフィの声がドアから聞こえてきた。
怖がるものなんてなかったのだなと、彼の音に耳を寄せながら目を瞑った