ここ最近、何やってもうまくいかない。
ベットに寝転がっても、今日の復習とばかりに空回っていたことを次々に思い出しす。寝返りを打っても瞼は下がってくれないし、目を瞑った方が鮮明にそのシーンが浮かんで目を閉じるのが嫌になった。重いため息をついて起き上がりベットに腰掛ける。同室のイッカクを起こさないように静かにドアを開けて食堂に向かう。
水でも飲んで落ち着こう。消灯後の船は薄暗くモーター音が響いててどこか心地よかった。食堂は当然電気なんてついてなくて、間接照明をつけてマグを探して水を飲む。
飲んだけど、なんだか心臓に行き渡らなくて気持ちが悪い。どうしたもんかとマグを洗った。包帯を巻いていたのをすっかり忘れてて、左手に纏っている白いそれが冷たい。はあ、もう、ほんとに
ため息をつくのと同時に置いたマグは、位置が悪くて手を離すと同時に床に落ちた。イラッとするけど、当たる人も場所も内容も全て自分が悪いんだから嫌になる
お気に入りだったマグは少し欠けてしまった。また、使えないことはないし、そのままでいいか。運が良く手持ちの上が欠けた。そこは口をつけないからいいや
「おい」
ビクッと身体が揺れる。ドアの方を見れば、トレードマークの帽子と鬼哭を持たない姿
「ローキャプテン」
驚かさないでよ。心臓を抑えながら息を軽く吐く。キャプテンは長い脚で私のそばにくると、眉間に皺をもっと寄せた。私の左手を見つめると掴む
「なんで、濡れてんだ」
「巻いてたの忘れてて、マグを洗っちゃって」
ため息をつかれる。私よりも身長が高いから自然と下から見るようになる。鋭いその瞳が居心地悪くて目を背けた
「こい」
巻き直すということか。別にたいしたことないのに、そう伝えたらもっと皺がよるから失言だったなとまた視線をずらした
「ごめん」
何も言わずに前を向き歩き出す。潜水中の窓からは海が見えるが暗くてよくわからない。今日の夜のシフトはハクガンだったかな
お互い何も言わないからモーター音がもっと響いて聞こえる。異常はなかったのに
「座れ」
言われるままに動く。無言で前の席に座ったのを見て無言で左手を差し出す。彼の細くて大きい手が私の手を握る。物騒な文字が刻まれている指で器用に濡れて少し張り付いた包帯を解いていく。
デスクには彼の読みかけの本がたくさんあって。難しそうな本たちをなんとなく見つめ、張り替え中の手に目線を戻した。
お医者さんでもある彼にとっては、こういう小さいことも嫌なんだろう。頭の回転早くキレが良い。俯瞰的に見れるけど、少し子供っぽいことをきにする。素敵な私たちの船長。帽子がない黒いツンツンと跳ねている髪の毛はなんだか新鮮で。少し前屈みになっているのも相まってあまり見たことない彼の角度をまじまじと見ていると、視線に気づいたのかこちらを少し上目遣いするように見てくる。特に伝えることもないからそのまま見つめる。私の顔を見て思いため息をつかれた。巻き終わったのか顔を上げる。髭が少し伸びているような気がする。隈も濃い
「寝れねぇのか」
私の手を解放した手をデスクに置き、背もたれにもたれる。椅子が少し鳴く
「うん、ちょっと。でも、もう寝るよ」
ありがとうと感謝を伝えて立ちあがろうとしたら、彼の視線を感じてあげる前の腰をもう一度深く掛けた。探るような目線がやっぱり居心地悪くて、視線を流してしまう
「調子が悪そうだ」
ポツリと言われた言葉に顔を上げる。鋭い目とかち合う
「ごめん」
「別に謝ることじゃねぇ」
知っていたのか。少し恥ずかしい。医者だからなのか船長だからだからなのか。クルー1人1人を気遣えるなんて。いや、私が悪すぎたのか
「大したことじゃないです。上手くいかないなあって」
大丈夫ですと伝える口調で話すが、その目線は私を逃してくれない。欲しい言葉が違うのだろうか
目線を僅かにずらしたまま、無言で向き合う。つい思いため息が出てしまう
「何が上手くいかない」
彼の質問に答えれるような言葉が見つからない。なんとなくなのだ。なんとなく、上手くいかない。言葉が詰まっている私に彼は無言で見続ける
「なんだろ。でも、上手くいかないんだよ。そういう時もあるよね」
簡単に済ませたが、彼は姿勢も目線も変えなかった。
「そうか」
短く返事をくれる。何を考えているかわからないけど、きっとフル回転してるんだろうなとなんとなくわかる。彼の下唇の左端が少しうちに吸い込まれた。
そこからまた無言だった。フル回転している彼はずっとこちらを見ている。そんな見つめないで欲しいんだけど
「ごめん、忙しいのに」
忙しそうにない彼に一言断って今度こそ帰ろうとすれば
「別に、忙しくねえ」
また返答をもらえた。もらってしまったから、また椅子に戻る。背筋だけ立ったり座ったり動く動作になんとも言えない
見つめ合っていると彼は手を動かして右側の眉間に指を置く姿勢で頬杖をついた。船長室にもモーター音が響いててそれだけで世界が作られているような気がした
「寝ないの?」
なんとなく質問してみれば、ああ。と短く帰ってきた。なんでよ
「眠くねえ」
彼の言葉に私がため息をついた。眠くねぇって。寝なよ、いつも夜更かししてるんだから。そう思ったまま伝えれば彼が視線をずらした
「そのうち寝る」
短く返答されたので、そうですかと雰囲気で挨拶して立ち上がった。扉の前に行こうとしたら目線が合ったから首を傾げる。重いため息を一つ
欲しかった答えを渡さなかったから怒っているのか。欲しい答えが喉を詰まらせているのに、出せないんだよ。なんとなく、出ていくのは違う気がして、半歩戻って椅子に座る
「ペボが」
彼の口が開く
「お前の笑顔に胸が痛いと、診察を頼みにきた」
よくわからなくて首を傾げる
「胸が、痛むんだとよ」
そうか。と下を向く。
「無理をするなら、バレないようにやれ」
顔を上げる。目線を流した彼。目は合わない。彼の下唇の左端が内側に少し吸い込まれた。
その様子を見て、ふっと笑みが溢れる。フル回転しても苦手なことは苦手らしい。慣れないことはするものじゃないが、してくれるのは素直に嬉しい。
「ありがとう」
ローくんは優しいね。つい素で伝えてしまった。彼は少しこちらをみて、ため息をつく。
頬杖ついて目線がなかなか合わない君に、今度は私が見つめ返した