「肌寒くない?」
明日の仕込みを終えて風呂上がりに甲板でタバコを吸っていれば、柔らかい声。タペタムが船の窓灯りを拾って光る。まるで満月みたいだ。
「ありがとう。レディ。レディこそ、寒くない?冬島が近いから寒いだろ」
湯冷めにはちょうどいいが、何もなければ少し肌寒そうな空気にレディの肩を見つめる。気づいたレディは柔らかく微笑んでポケットからシガーケースを取り出す。
「ありがと。でも、大丈夫。心地がいいね、私ちょっと肌寒いの好きなの。なにか新しいことが起きそうでワクワクする」
ちょっと不思議な感覚を持つ彼女は綿雲みたいな話をする。俺には難しくてよくわからないけど、それを思いつけるほど柔らかい思考と心を持ってることはわかる。いい人だ。マッチが擦れる音が響いて火が灯る。咥えたタバコにそっと寄り添うように火をつける。左手でマッチを持って右手を覆うようにする仕草は母親が子を守るような感覚がする。つけ終わったマッチを振り翳して火を消す。マッチで火をつけるあたりこだわりが深くあるように思える。タバコさえも通であるとは、恐れ入る。
「寒さはあまり感じないけどね、人獣型になって仕舞えば」
ふわりと笑う。レディはよく俺の仕込みが終わるのを待ってタバコに誘ってくれたり俺が吸ってる隣にやってくる。食にはそこまで興味がないから何も用意しなくていいと、キッチンに蜻蛉帰りしようとした俺を引き留めて話をしたり無言で吸ったりと俺の休憩を作ってくれる。優しいことだ。
「次の島にはね、有名なケーキ屋さんがあるんだって」
食には興味がないが、甘くて見た目の技術が高そうなケーキが好き。俺はそれを知ってるから腕を磨くんだけど、どんなものでもいつものご飯よりも目を光らせてくれるから作り甲斐がある。
ナミさんやロビンちゃんと楽しそうに眺めては食べる3人の女神姿に何度も涙を流した。それを邪魔するルフィを何度か飛ばしたことか。チョッパーは許す。
「おいしくて、見た目が綺麗なんだって。ナミちゃんが教えてくれてね。雑誌に載ってたの」
「へぇ、そいつは楽しみだな」
「うん、だからね。一緒に行かない?」
へ?まさかのお誘いにタバコが口から落ちて甲板に着地した。火が映る前に彼女は落ちゆくタバコを目線で追って即座にサンダルの底で消してくれた。吸い殻を拾って自分の携帯灰皿に入れてくれるところで、意識が戻った。
「ハ!ご、ごめん、レディ!俺の吸い殻拾ってくれて。というか、サンダル、そこ汚しちゃった」
「えぇ。底くらい、いいよー。というよりも、驚かしちゃった?嫌?せっかくだからコックさんの意見を聞きながら芸術味の溢れたケーキを食べたいんだけど」
うーんと呟きながらタバコを吸っては紫煙を吐いてて。いや、うれしい、けど。けど、それって、
「でーとってこと?」
「デートってこと」
鼻血が出そうになって右手で鼻の下を抑える。それを見て、ちょっと楽しそうに笑う。かわいい
「私の誘いでも鼻血出してくれるの?嬉しい」
「レディの誘いならいつだって大歓迎さ」
給仕よろしくお辞儀をすれば、くすくすと笑う。タバコを吸い終わったのか、携帯灰皿に押し付けながら呟く。
「嬉しい。サンジくんの買い出しについていったことは何度もあるけど、お出かけってしたことないなって」
だから丁度いいなって思ったんだ。なんて嬉しい言葉。前からそうしたかったって、それは、ちょっと嬉しすぎる。いや、かなり嬉しい
「また、私のよくわからない感覚の話を聞いてくれる?」
フウーと癖なのか肺の中の紫煙を吐き出したのか、ただの息が白くなって空に駆け上っていくような見えた。彼女は吐いた息にも命を宿すのか。
「もちろんだ。いつでも話してくれ」
「ありがと」
優しいね。なんて呟きながらふと俺の手に視線を飛ばすから首を傾げれば、俺の不細工な指先に彼女の細い指が触れる。ちょっと冷たくてでも柔らかい温かさを持つ。皮膚もお風呂上がりだからか柔らかくて、いい香りがする。レディの指先は好きに動いて俺の小指と自分の小指を絡める。
「指切り。しちゃうと大変なことになるからおまじない。きっとルフィがイタズラするから、その前に楽しめますように」
えへ、なんていじらしく笑うから鼻血が出そうになる。でも、目の前のレディを血塗れにできないから必死に耐えれば身体に力が入って体温が昇る。
「サンジくんの手は燃えるほど熱いねぇ」
おまじないしたまま反対の手で俺の手を包むから、うっかりして火が身体から出る。
「うわっ!びっくりした!!今はタバコ吸ってないから火はいらないよ!」
パッと離れてしまったおまじないが火傷してないことに安堵して火を消すが
「冬鳥だから火が苦手なんだけど、サンジくんの火は怖くないんだよなぁ。むしろ、安心するの。なんでだろうねぇ」
なんて、不思議な発言に彼女を見つめる。いや、それって、俺が特別っていう、いや、ルフィも最近は火を出すし、でも、俺のって、言った、よ、な?
「うわぁ!どーしたのぉ、サンジくん」
消した火が再熱してあれほど散々止めていた鼻血が我慢できなくなって流れてしまった。驚くこともなく膝をついた俺にしゃがみ込んで様子を見てくれる。優しい。優しいけど、ちょっと胸の鼓動が止まらない。せっかくの湯冷めの時間は冷めることない時間になってしまった。