いい子だから、寝んねして


全くの予想外だった。
気持ちの悪いシャワーを浴びたあと、気分転換に炭酸を飲んで部屋に戻るはずだった。いや、戻ろうとしてた時。ワノ国まで一緒に乗ってる麦わらの一味の女がいたことに全く気付きもしなかった。カウンターを背にペットボトルを口につけていたから、女の指で背中を滑られた時吹き出すかと思った
「なにしてる」
背中を見つめながら彫ってあるジョリーロジャーを指の腹で沿っている。オレの目線を全くに気にせず自分の指先だけに集中してる
シャワー後の肌は少し湿気ていて、指の冷たさが心地よかった
「うちには、トライバルを入れている人がいないなって」
いきなりの呟きに眉を顰める。やっとこっちを向いた。間接照明だけつけているからか、大きな瞳に光が反射して宝石のように光って見える
「痛い?」
首を傾げてきいてくる。相変わらず人差し指はオレの背にあるジョリーロジャーの丸に置いてある。
「入れるときは。だが、我慢できないほどじゃねえ」
大きく入れたトライバル。もう昔のことなんて覚えてない。痛かったかなんて。
「入れようかな」
首を捻って話すのが疲れてきたから、ペットボトルを閉めて向き合った。というよりも、オレの行きたい方向がそっちだ
女はオレの正面が目に入り、今度は前面のハートを指で沿っていく。骨盤あたりのを沿ったとき、少し身体がビクついた。女は気にしてない
「航海士が腕に入れていると思うが」
「違う違う、自分ところのジョリーロジャー」
あの麦わら帽子を被ったドクロを入れてるのはいない気がする。自船のマークを入れるのはおかしな話じゃない
「でも、トラ男くんが入れてるならルフィが入れたほうがいいよね」
うんうん。と1人で納得する。調子が狂う
「別に、好きに入れたらいいじゃねぇか」
オレの胸下までしかない頭がこちらを見上げる。淡い黄色を宿す海老茶色の瞳はオレと目があって、すぐにトライバルに戻す
「うーん、でも。一生ものでしょ?悩んでるうちに終わりそう」
うーんと呟きながらオレの胸を沿う。身体がゾワゾワする
「入れたいものとかないのか」
なんとなく聞いてみれば、えぇ。と呟く。少し考えてから
「クラゲ」
海賊っぽくない生き物を指定してきたから、意味がわからない。
「クラゲかな、私はここに入れたい」
オレの二の腕に指先が触れる。そのまま下に下がって腕のトライバルを指で描いていく
「クラゲって、いいよね。ぷかぷか浮かんでて、毒持ってて、地味に強くて、透明で」
深海に似たこの食堂に女の声がよく聞こえる
「自分の意思さえなさそうなのにか」
オレの質問が珍しいのか、あると思ってなかったのか、瞳がぱちくりとこちらを向く
「ある、と思うよ。でも、最低限の選択はできる。それっていいなって。なによりも幸せじゃない?」
よくわからないことを言う。眉間の皺が濃くなるのをみた女が楽しそうに笑う
「毒があるから、強いもの以外には簡単に食べられない。だから、自由に海を散策できる。
海という広くて、限られた世界で自分の好きなことができるの。お腹空いたら食べて、寝て、泳いで」
「それは、なんの自由なんだ」
「全てだよ。クラゲは海しか知らないから出たいと思わない。井の中の蛙大海を知らずってやつ。でも、自分の安全は保たれる」
「オレはそんな自由ごめんだ」
「選択肢を無限に与えられるのは、この世において誰もいないよ」
ふっと笑う
「食べるか食べないか。何を食べるか。それくらい。あれもこれは疲れるし、責任が重い。
限りのある箱の中で自分の意思が通るなら、それは自由だよ」
謎めいた言葉にため息をつく。
「私は、ルフィに助けてもらった」
座ろうとした椅子の背を引いて止める
「助けてもらったから、自由になって。麦わらの一味として生きている。でも、それだって、海賊だから選べないことが増えるでしょ?」
安心安全はとうに捨てた。自由を選ぶということは、それ以外を捨てるということだ。
「でも、その麦わらの箱が心地いいから。全てを捨てても満足なの」
普通の生活は望めない。それでも、夢と自由は手に入れた。
あの日、心をもらった雪の日からオレを縛るものはない。それでも、オレは結局海賊やってて、好きにやってる。いや、やってそう。
ドフラミンゴへの執着も、Dへの意思も、捨てれなかったものは多い。それでも、仲間がいてオレの世界がある。
「水槽で買われてもか」
意地悪で呟けば、少し驚いた顔をしてすぐ笑った
「可愛がってくれるなら」
自分の意思と反してなかったら自由だと。大雑把なやつ。
鼻で笑うと女は満足したのか、オレの身体から指を離した。
「おやすみ」
ふんわり笑って消えていった。一味の他の女よりパッとしないと思っていたが、掴みどころが無さすぎて逆に気になる。
そういえば、麦わら屋と共に動いていたから女の活躍をオレは知らない。手配書はあるものの名前以外割と知らない。まるで、クラゲ
飲みかけのペットボトルを持ち上げて、自室に戻る。
全て終わらせた。執着もオレ自身への自戒も。そのあとは何をするか。きっと、何を選んでも限られた幸せな選択肢数なんだろうな
綺麗に整列された食堂で、戻し忘れた椅子だけがはみ出していた



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