*現パロ
「その鍵やるよい」
薬剤師をしている彼が夕飯をうちで食べながら鍵をテーブルに差し出した。銀色の鍵にストラップひとつ付いてなくて、真新しいそれを見て彼を見る。白米を口に頬張り目を合わせない。もっちゅもっちゅ食べる口の動きを眺める。
「なんの?」
どう切り出したらいいのかわからなくて、戸惑っていたから変な返事をしてしまった。彼はごくんと白米を飲み込んで水を飲む。
「いやいや、分かるだろ。オレの、鍵だよ」
呆れたように笑う。受け取らずにテーブルの鍵を見つめる。箸と茶碗を持ったまま動かない。急に、渡されましても。
「まあ、なんだ。好きに使っていいよい」
「ん?なに、同棲ってこと?」
よくわからなくて質問する。今からってこと?引っ越しとかさ、色々あるじゃん。使っていいって、言われても。彼の家の方面には用事はないし、何かあっても家に帰るよ。お互い一人暮らしなんだからさ。
私の言葉にちょっと固まる彼。
「あー・・そう、捉えられても仕方ねぇか。別に一緒に住んでもいいんだけどよ」
「い、いや。そういうつもりじゃなくて」
いや、これは私の言い方が悪い。気がする。彼と一緒になるのが嫌なんじゃなくて、なんというか、急なのが困ってるだけというか、いや、困ってないんだけど。嬉しい!ってわけじゃないっていうか、さ。いや、嬉しいんだけど
うーんうーんとお互い黙ってしまって。目線を下げていると、彼がちょっと吐き出して笑う。彼を見れば、箸を持った手の甲で口元を押さえてる。
「いや、わかるよい。オレが急だったな。なんとなくだよい、何かあったらうちに来れるだろうと思ってな」
本当になんとなく。頭の中で彼の言葉を復唱する。なんとなく。なんとなく。なんと、なく。そうか、なんとなく。
「困らせて悪かったな」
軽く笑う彼に首を振る。
「いや、ちょっと急で。焦っただけ。嬉しいよ、ありがと」
とりあえず彼の気持ちは嬉しいから蔑ろにしないように声をかける。私の焦り具合に口を緩ませる。
「ハハっ。ああ、ありがとよい」
眼鏡の奥で目を細くして笑う。残りの白米を食べ切って、ご馳走さんと呟く。お粗末さま
「オレがいる時でもいない時でも、好きに使っていいからよい」
そう言われると使わないといけないのでは。テーブルに置かれた鍵をまた見つめ直した。
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あれからやっぱり使うことは少なくて。私の鍵は使わないと思うからと断られた。無くしたら怖いらしい。そんなのこっちもだ。
「今度の休みだけどよい」
のんびりスマホで漫画を読んでいたら、声をかけられる。目線だけ彼に移せば、吃る口。首を傾げる
「空いてるけど」
何かしたいことでもあるの?私の質問になかなか口を開かない彼。なにか後ろ髪引かれることでもあるのだろうか。私は予定がないから先に遠出とかしてもらっていいんだけど
隣に座って身体をこちらに向けてあぐらをかく。彼の動きに首を傾げながら向き合ってみる。
「不動産、行かねえか」
引っ越したいのかな。そう思って簡単に承諾したら、ちょっと困ってる。
「いや、その。うーん、今のは俺が悪いよい。そうじゃなくてな」
顔を手で多い隠しながら呟く。よくわからなくてずっと首を傾げたままだ。目がチラリと合うとため息をひとつ
「そろそろよい・・同じ場所に帰ってもいいかなと」
思ってよい。が小さくなる。急な提案に言葉が出ない。どゆこと?
声が出ない私に、彼は急に焦ったのか恥ずかしくなったのか。じゃあそういうことで!と荷物を持って帰ってしまった。
たかが同棲では?と思うけど、彼にとってはそれ以上の。それ以上ということは、その、つまり、そういう、ことなのか?
答えも聞けぬまま閉じてしまった扉を見つめる。「え、今の。プロ」
独り言がやけに部屋に響いて途中で止めた。ちょっと待ってよ、急すぎる。音がならない黒の玄関口を見つめながら頭の中は真っ白だ。そこで思い出すのはひとつ。使ったことない鍵の存在。ハッとしてLINE電話をソッコーでかけた。
「別にいいけど、色々とあるし鍵も返してないからとりあえず帰ってきて!」