夜は帷が降りますから


我がガレーラカンパニーは今日も大忙しで、依頼の電伝虫が鳴り止まない。取って切ってメモしてるうちに次の電話と、ざまざまな場所から船修理や造船の依頼が降ってくる。
お昼休みはとうに過ぎてて、背中を伸ばしたら腰に違和感。座りすぎだ。運動がてら席を離脱して、依頼者を各部署に運ぶ。ウォーターセブンは相変わらず海の香りと水の流れる音が支配してる。そこに含まれるトンカチやノコギリなどの作業音。
「ジームちゃん」
声がして辺りを見渡す。人はいるけど、私に声をかけたっぽい人が見当たらない。首を傾げてると、同じ声。というよりも、私をそう呼ぶのはたった1人。
「カクさん」
「よぉ。お疲れ様じゃな」
下の方を見れば、手すりの付け根らへんに腕を組み置く彼。年下だけど、腕が立つ。若き船大工さん。
「お疲れ様です」
「なにしとるんじゃ?」
手すりに近寄り彼を見下ろす。見上げる彼は長い鼻が大半を占めてて口は少ししか見えない。
「依頼者です。今日もたくさんですよ」
「ひゃー、勘弁願いたいのぉ」
キャップを押さえながら弱音を吐く。クスクスと笑って手すりにもたれる。
首を上げるのが疲れたのか、手すりを掴んで足を壁につける。蹴るようにして膝を伸ばして身体を上に持ち上げる。よいしょとそのまま手すりを軽々と乗り越えて私の隣に立った。相変わらず身体能力が高い。たまに海賊相手に船大工してるから腕っぷしも強いんだろうな。
アイスバーグさんたちに信頼を置かれる彼。頼られるって嬉しいけど、ちょっと緊張しない?私はしちゃう。
「どれどれ」
手を伸ばしてきたから、彼らの部署のを渡す。5枚ほどある造船書をみつめる。紙が捲れる音が一番近くで響く。手すりの奥を見れば、いろんな人がいろんな工具を使って作業してる。トントンとかカンカンとか、時には難しい擬音語のものとか。なんとなく眺めていたら、彼の声がして視点を戻す。
「うーむ、難しいことはないが。ちと多くて面倒じゃ」
盛大なため息をついた彼に笑いかける。
「君が一番若いんだから」
期待していると伝えれば自慢げに鼻を鳴らす。下から見上げるようになったから、口が良く見える。以外にも薄い唇。
「そう言われてしまえば、頑張るしかないわい」
ちょっと楽しそうにみえる。可愛いなあって笑えば、ちょっとムッとする。それを見てまた笑う。可愛い弟のように思ってる。つい撫でなくなるけどそれはさすがに怒られるしセクハラになりそうだからやめる

##

そんな可愛い弟がまさかの真夜中に、しかも、出張先の島で出会うとは思ってなかった。
彼に出張連絡はしてない。確か休暇だった気がする。3日だけの。ルッチくんと1日ずれてのお休みだったはずだけど。先に屋根から屋根に飛んで消えてしまったのは彼だろうか。早過ぎてわからない。
自分の家じゃないからなかなか寝付けなくて、のんびりテラスで月を楽しんでいたら見慣れた影。彼もこちらに気づいたのか少し遅れてこちらに飛んできた。文字通り、空を。
カチャンと手すりに足をつけて器用にしゃがむ。目線が合う。ちょっといつもと違う
「ジームちゃん」
両膝に肘を適当に引っ掛けて腕を伸ばす。可愛さはなくちょっと怖い。声が出ないと、彼は笑うからもっと戸惑う。
「ははっ。そんなに警戒せんでくれ。なにもしないからの」
おーいと目の前で手を振られて、向けていた意識を柔らかくする。
「カク、さん?」
「おお、カクさんじゃ」
君でもええのにのぉ。なんてのんびり話すからちょっと息が口からはみ出る。
「えーと、なにしてるの?」
「秘密じゃ」
得体の知れない誰かみたいで、思わず見つめちゃう。
「そんなに見つめんといてくれ。恥ずかしい」
なんで茶化すけど、こちらは不安だ。
「さっきのは、ルッチくん?」
「ほお、見えてたんか。動体視力がええんじゃな」
首を頷きながら呟く。いやいや、そうじゃなくて
「ルッチが気づいてるかは知らんが、」
キャップから覗く瞳は可愛くない。
「わしに気付いてるなら、消さないといけんの」
あまりにも軽くいうから、身体が固まる。カクさんの指が私の頬に触れて、滑らせて半開きの唇に触れる。優しく一往復するからくすぐったい。
「だ、まってるのはダメですか?」
私の言葉に軽く笑う。
「ダメじゃろうな。だが、まあ、見られてしまったわしらの責任じゃろうしの」
相変わらず楽しそうにいうから目線が泳ぐ。唇に触れてた指を頬に写して頬を包む。案外デカい手だ。
「おしゃべりな口はつむがんとな」
長い鼻が私の顔に近づいて頬骨を掠める。案外柔らかいんだね。ソレ
カクさんは私から少し離れる。背中に背負った月が青白い。にやらと笑ったその顔を見た瞬間、月がやけに大きく見えた。いや、彼が消えた。
ふうと口から盛大に空気が漏れる。可愛い弟なんていなくて、鋭い目つきの誰かさんがいた。撫でてみたかった彼はもういなくなってしまったとテラスの壁に背中を雪崩させた。



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