「ここから先は、私が決めるわ」
ふと昔を思い返す時がある。
悲惨だった過去を思い出す訳ではなく、ほんとうにふと、コーヒーの湯気を見つめるような。空の日差しを見上げるような。そんな感じ。
妹といた場所はほんとうに苦しい場所だった。若様に妹以外を差し出して、それでも私も共に救い出してくれた。ほんとうに感謝しかない。あの頃はああだったと思い返す時に、1人頭をよぎる人がいるのだ。同じような境遇、いや、わからない。私と同じところにいたけど本当は何をしていた、させられていたのか知らない。マロンベージュの日差しが当たると柔らかく見える髪色を持つ彼女。海老茶色の瞳を思い出す。私と妹の髪色をいつも褒めてくれた。
「ほんと、素敵な色ね」
「明るすぎて嫌になることくらいあるわ」
「君は美人だからね」
「あら、あなたも綺麗だと思うけど」
「ふふ、美人に褒められるなんて。うれしーなー」
束の間の時間、同じところにいた彼女とはいつのまにか話すようになった。年は同じくらいだと思う。一歳二歳の差なんてここじゃ大したことない。
「妹ちゃんも、きっと綺麗になるんだろうな」
「ふん、うるさい」
気難しい妹もそれなりに彼女を気に入ってる。彼女もそれを知ってて柔らかく笑って済ましてくれる。
「そういえば、明日は大きな取引相手が来るんだったかな」
ポツリと呟かれた言葉を拾う
「誰かしら」
「ううん?海賊。それしか知らない。強い奴」
海賊にはあまり詳しくないから、へぇと相槌だけ打っておく。
その日もひどいことがあって、ボロボロになりながら戻る。先についてた彼女を見て、拳を作る。
「私は、ここから、出たい」
私の言葉に彼女は何も言わなかった。両手を握り俯く私には彼女のその時の表情を知らない。
「自由に、なりたい」
「なればいい」
スッと通る声がして彼女を見る
「自由になりたいと願い言葉にするのは誰にだってある権利だし、君を縛ることは世界の誰にもできないんだよ」
「でも、私は今ここで」
「だから、逃げればいい。妹を抱いて」
あっさりとしてる彼女に少し面を食らう。どう返事していいかわからなくて目線を下げた。
「怖いでしょ」
短い言葉が胸を突く。顔を上げると全てわかってるというような笑みをしてる。
「自由はね、怖いんだよ。自分でゼロから決めるから。1からじゃないよゼロからだ」
「そ、それは」
「でも、君は頭がいいんだから、外の世界で2人ぼっちになった時。どうするべきなのかはわかるでしょ?」
「い、生き方はわかるわ。でも、それをする方法というか、やり方がないというか」
尻込む私に彼女はどこかに目線を飛ばして私に戻す
「今日、海賊が来る」
その言葉で彼女がどこを見たいのかわかった。海だ
「その海賊がどんなやつかは知らない。島に来るから数日は居るはず。情報を集めるのは得意でしょ」
彼女の言葉通り強そうな海賊が来た。ワインレッドのスーツに赤紫こサングラス。そして、ピンク色のファーコート。太陽に照らされたような髪色。フフフフフと楽しそうな笑い声。
瞬時に判断した。ついていくべきだと
そうとなれば妹に手順を伝え、怖くても言うことを聞くこと、泣き出さないことを何度も約束させた。
「おい!!」
妹を体に巻き付けて道とは呼べない場所を通る。身体は汚れて傷もできる。
港に船を見つけて走る。途中でバレてそれを巻くように逃げて逃げて逃げて、港ではないけどピンク色の派手な船が止まってるのをみつけた。雪が降り積もる中裸足で布切れ1枚のワンピース。力が尽きて四つん這いになる。犬みたいに手足を一本一本動かしながら前に進む。妹は私の言われた通りに黙ってしがみついてる。追ってがくる音がする。雪を踏む音。バッと振り返ると視界を占めたのはピンクの羽たち
「フフフフ、俺の船になんの要だ」
ああ、この人の船だったのか。四つん這いのまま向きを彼の方向に変える
「お願いします、ここから逃がしてください」
彼の後ろにいる人たちはみんな大きくて、怖い。でも、それ以上に、ここの生活がこれからも続くことが、それを妹も請け負うことが、怖い
「お願いします!なんでも、します!せめて妹だけでも、妹だけでも助けてください!!私はどうなってもいいんです。妹だけは、妹だけでも助けてください」
最後の方は嗚咽が混じって上手く話せてたかわからない。雪が深々と降り積もる中、私の涙か涎か、水分が床に落ちてはシミを作ってる。妹が私の背中をキツく握る。
「フッフッフッフッ、俺が海賊と知ってのことか?お嬢ちゃん」
独特な高笑いの彼を見る。その圧に少し言葉が溜まる。お姉ちゃんと小さな声が背中から聞こえて、ハッとする。この子だけでも守らねば。
「知ってます。強いことも怖いことも。それでも、ここで死んでいくよりは、マシだと、妹にこのような目に遭わせるわけにはいかないと」
私の言葉に彼は私に近寄った。勝手に上がる顔、その場から動けない。彼が私を見る
「汚れと怪我を治せば、上玉だな」
そう呟くと身体が一気に自由になる。背中を向ける彼を見つめていれば、どうしたと声がかかる。意識を戻して彼についていく時、追っ手の足音がする。振り返った時、視界が一斉に白くなる。雪が舞った吹雪のような、でも、不思議なのは私の目の前にだけ壁のように吹いてること。人影を少し遠くの高い位置に見つける。昇り始めた朝日を浴びたマロンベージュ
「行け!君は自由だ」
そう叫んだ。でも、それじゃ、あなたは。
彼女を薄明かりの中で見つめれば、服が私のようなものじゃなくて、誰かから奪ったようなメンズサイズのシャツ1枚。組員が来ていたグレーのシャツが風で煽られてる。
彼女が片手をあげる。吹雪がひどくなって、目の前にいたはずの追っ手の人たちの首が飛ぶ。
「海も空も広い。風はどこにでも吹く」
彼女と目が合う。海老茶色はもう見えない。
「ここから先のことは、君が決めるんだ。それが自由」
笑った気がする。だから、私も笑って返す
「ここから先は、わたしが決めるわ。私の人生だもの」
肩に何か触れて見上げれば、彼のそばに居た女性が私にカラフルなブランケットを被せてくれた。そのまま船に歩いていく。少し振り返ったけど、彼女はいつのまにか居なくなってた。
ああ、助かったのか。そう思ったのを覚えてる。
今となれば、私は運が良かった。若様は悪い事考えるの大好きだけど、ファミリーには優しい。素晴らしい方だ。あの時、振り返った時に彼女は居なかった。どこに行ったのだろう。生きているのだろうか。彼女が能力者であることは知らなかった。きっと、だれも、隠してた。
隙間窓から風が勢いよく吹いて目を瞑る。前髪を手直ししてれば、目の前にどこからかピンクの羽が振ってきた。彼からこぼれたのだろうか。
ふとした時に、思い出すことがある。
それとなくやっていると風が伝えてくれたようで、少し目を閉じてそよ風に身を任せた。
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