「帰る場所はあるか」

冬島の厳しさを感じながら島を放浪していれば、海岸の反対側にある茂みに女が1人しゃがみ込みながら草を眺めている。眺めているというよりは手に一枚一枚取って草を査定しているようだった。
「おい、なにしてる」
「え?ああ、これ?薬草探してんの」
「薬草だと?」
「そう。麻酔に効くやつ。すり潰してエキスを出すと毒素が抜ける。その毒と麻酔薬を混ぜると体内に入れた瞬間、永遠に眠る」
「恐ろしいな」
「攻撃力のある草は意外に多い。地面に生えてるだけの生命が生き残るにはそれなりに強い必要があるから」
「なるほどな。食われないようにするための策か」
「人間にも有効。霧吹き、匂い、味、触れる、入れる。それぞれ有効なやり方と利き方がある」
「詳しいな」
「いやでも覚えた」
「この国のやつか?」
「いや、よそ者。流れ着いた」
女は立ち上がって俺を見る。肩先につくかつかないかくらいのブルーアッシュの髪がたらりと垂れる。黒の瞳がこちらを向く。草を刈っていたのか片手にあるカゴには様々な草。それを自分のカバンにしまい込む。俺のコートみたいに首まである黒のジャケット。そのせいで口元はわからない。少し息苦しいのか鼻先まで届いてる襟先を指で少し引く。白い肌に映えるような朱い指先。若干鼻も赤く見える。
「海賊?」
「ああ、知ってるのか」
「当たり前。ロッキーポート事件の人でしょ」
「有名人になったもんだ」
「とっくに新世界に行ってると思ったよ」
「用があってな。急いでなるものでもねえ」
「海賊なのに、らしくない」
「ふん、死に急ぐつもりはない」
女は俺との会話が終わったというように海岸に向かう。
「おい。どこへいく」
「なぜ?」
「なんとなくだ。流れ着いたと言っていたな。毒に詳しい一般人なんてそうそういるもんじゃねえ」
「あれだけで詳しいと?」
「俺は医者だ。麻酔という単語を出すあたりで同業だろ」
「ああ、死の外科医」
納得したような声を出して、俺に向き直る。冬島特有の風の冷たさと柔らかく降り積もる雪。積もりすぎてはないが木々には白い雪が覆い被さってる。海岸の奥には曇天を写したような深いマリンブルーの海。
「過去はある。でも、消えた」
「何をしていた」
「ただの麻酔科。それ以上でも以下でない」
「ハン。どうだかな。毒を活用した人の殺し方を知ってるあたりそれ以上に見える」
「麻酔科だったのは本当。消えた後そうなるしかなったからだけ」
「いい腕だ」
薬草の調べ方といい、乱れることのない呼吸と会話。すれ違いざまに麻酔針を刺されても気づかないだろう。
「帰る場所はあるのか」
「ない。ここも随分といた。でも、行かないと」「どこだ」
「さあ。自分でもわからない。どこに居ればいいのかわからない。それを指針としていた場所も価値も全て消えてしまったから」
「ならば、俺の船に乗れ。医療知識があるやつは大歓迎だ」
「断りたいけど断る理由もないから困った」
「なぜ断る」
「人と関わるのを避けたい」
「なぜだ。俺もお尋ね者だ」
「そうじゃない。ただ、」
「ただなんだ」
「人には見せたくないものがある」
「なんだ、天竜人の刻印か」
「いや、一生消えない。毒の刻印が背中に。それを覆うようにトライバルを入れたけど。内側はどうしようもない」
「見せてみろ」
俺の言葉に顔を少し濁らせる。ここじゃ無理かとRoom内に島を収めようと手をかざしたが。女が先に動いた。肩から鞄を置いて上着のボタンを開ける。赤くなった鼻先と血色がそんなに良くない唇。細い首。視る為に近寄る。俺の鼻先あたりにこいつのブルーアッシュが広がる。ジャケットから覗く白いシャツ。寒いだろと声をかけようとしたがやめた。別にスローじゃないのにスローに見える脱衣をただただ眺める。
背中を向けてボタンを取る。肘あたりまで下げた背中は白くて不健康に割と寄ってる細さ。それに劣らず、いや、これのせいで不健康感がもっと増す。
「これは」
「消えた島で受けた制裁。毒は内側から広がる。寿命は短いのに、なかなか死ななくて困っている」
背中には登り鯱。隠すには十分だ
服を着直して俺を見る。
「君の船には乗らない。海に進む気はないから」
断られてそうですかなんて俺がなると思うか。思ったことをそのまま伝えようとしたら、女がこちらを見つめて海を見る。
「君の船で死ぬわけにはいかないから。だから一緒に行かない」
ハッキリと告げられる言葉。また俺の方を見る
「死場所を探してる。君は、仲間の死場所になるとは言わないと思うから」
よくわかってる。医者が仲間にそれをいうわけがない。久しぶりに面白いやつを見つけた。
「気が向いたら俺の船に乗れ」
「だから」
「それまでにその毒の解明してやる。俺は医者だ」
生きる希望を与える側になったのはあの日から。俺の言葉を聞いて初めて口を横に引っ張る。割と綺麗な笑みだ
「特別だ。俺のビブルカードをやる。麻酔科なんて俺の能力には関係ないが、あるに越したことはねぇ」
「気が向いたらね」
そう呟いて離れていく。一瞬照らされた瞳が黒ではなく、勝色であることを今知った。そういう面影を生まれ持ったのかあるいは出来上がったのか。毒の回る身体の怠さを知っている。故郷を失う悔しさを知っている。寿命という枷の重さを知っている。でも、それが全て消えた景色をお前は知らない。俺が教えてやる。お前も自由だ。