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いよいよ後半がスタートした。雷門中は前半で相手に一点のリードを許してしまっているから、ここから先は一点も渡せない。負けたら廃部なのだし、集中してあちらのゴールをねらっていかなければならないのだ。…それなのに、雷門中の後半スタートは何とも最悪な形で始まった。
まず、豪炎寺くんがキックオフのボールをふいに後ろの少林くんにパス。何故、という声が上がっていたが、何となく私はその理由が分かった。いくら強烈なシュート技を持っていても、相手が様子の可笑しいゴールキーパーだから慎重に攻めていきたいのだろう。しかしそれにしてはどうにも言葉が足りなすぎる。
次に染岡くんへの徹底的マーク。うちのストライカーを警戒してくれるのはとても嬉しいし光栄なのだが、シュートを撃ちにいかない豪炎寺くんに不信感を持って、半田くんが二人もマークのついている染岡くんにパスを渡してしまったのだ。当然ボールはカットされた。
そして、そんな半田くんの判断をを責める一年生たち。あぁ駄目だ。諍いが起きてる。豪炎寺くんめ、君の言葉が足りないからだぞ。それと半田くんの不信感はきっと染岡くんの豪炎寺くんへの敵対心も関係しているな?古参の二人には二人なりの信頼関係があるからね。

「後でお説教だね、みんな」
「お、お手柔らかに…?」

言葉の足りない豪炎寺くん。
染岡くんでなく豪炎寺くんに謎の絶大な信頼を寄せる一年生。
焦ったあまり豪炎寺くんのボールを奪いにかかる染岡くん。
相手からも笑われる始末。あまりにもバラバラすぎるこの状況に注意する気力も湧かなかった。ぼそりとたった今決まったこの後の予定を呟けば、引きつった顔の秋ちゃんにそう言われてしまった。うん、お手柔らかに、一時間くらいにしておこうね。
そして再び染岡くんのシュートが呆気なく簡単に止められてしまったことで、あちらが完全に勢いづいてしまった。監督が不敵に笑ってまた謎の呪文を唱え出す。その騒音に眉を潜めつつ、しかし気になるのは呪文の意味だった。

「まーれ、まーれ、まれとまれ…?」

意味不明な呪文だし、理解したくもないけれど、守には何か引っかかるものがあったらしい。何やらゴールで動きを止めてぶつぶつと呟いている。あっちの選手が一人、また一人と動けないみんなを抜いていた。
そしてとうとう、最後の一人を抜き終わって残すは守のみ。余裕そうに、まるで勝利を確信しているかのような笑みを浮かべている相手選手がシュートを放った。まさに絶対絶命。
しかしその時、何やら守が思い切り何かを振り切るように声高々と叫んだ。


「ゴロゴロゴロッ…ドッカーン!!」


…たぶんこれは、守の思いつきの言葉なのだろう。しかしなぜかそう叫んだ途端に足を踏み出せるようになった守が、隅のゴール目掛けて飛んでいくシュートにパンチを繰り出しながら、見事に上へと弾き飛ばしてシュートを防いだ。
熱血パンチ。それは守が習得した新しいキーパー技だった。

「なるほど…催眠術だったんだ…」

守がゴール前で何やら謎の擬音だらけの説明をしている中、隣で訳知り顔の目金くんが説明してくれる話でようやく理解する。つまりどういうことかと言えば悪いのはあの監督。試合妨害として審判に訴えるか、コート外からボールをぶち当てて気絶させてしまうかすれば即刻解決した問題だったというわけだ。

「何でそう野蛮な解決策になるんですか…」
「怒ってるからかなぁ」
「ヒエ」

何で目金くんが怖がるのさ。目金くんは悪くないでしょ。春奈ちゃんもドン引きしない。秋ちゃんはこんなにも慣れた様子で平然としているのに。
そしてそんなゴーストロックの秘密と仕掛けが分かったところで残すはゴールキーパーの問題。しかし我らがニューフェイスで期待の新人豪炎寺くんは、どうやらその真実に思い至ったらしい。ボールの渡った染岡くんに向けて大きな声で叫んだ。

「奴の手を見るな!あれも催眠術だ!平衡感覚を失い、シュートが弱くなるぞ!!」

先ほどの守による「チームの一点はみんなで取る一点だ」という言葉に何やら考えさせられたような様子の染岡くんは、そこでようやく豪炎寺くんの先ほどの消極的なプレーの理由を理解したようだった。
そして、目の前に立ち塞がる三人の選手たちを前にして、染岡くんは何故か豪炎寺くんの名前を呼んで空へ向けてドラゴンクラッシュを放つ。自棄か、と誰もが驚愕の声を上げる中、そのシュートの意味を理解した豪炎寺くんが空へ向けて飛ぶ。…シュートじゃない、これはパスだ。そしてきっと、このボールは染岡くんなりの信頼の現れ。

自分じゃ決められない。
けれど、一人でなく二人の力なら。

「ファイヤー…トルネード!」

受け取った豪炎寺くんの必殺シュートがキーパーごとゴールを揺らす。三点目、とうとう同点に追いついた。再び目金くんによってドラゴントルネードと名づけられたシュートは、試合の勝利を決定づける四点目までをも決めてしまう。
試合終了のホイッスル。…雷門中の、勝利だ!
やったやったと喜ぶ私たちとは裏腹に、地に膝をついて茫然とする尾刈斗中監督。ざまぁみやがれ、という言葉は出なかったものの、私の今の顔はさぞかしいい笑顔をしているのだろう。
そんな尾刈斗中の帰った後のグラウンド、守が染岡くんと豪炎寺くんの肩を叩いて健闘を称える中、染岡くんが豪炎寺くんに向けて照れ隠しのように口を開いた。

「エースストライカーの座は、譲ったわけじゃないからな」

それに不敵な笑みを浮かべる豪炎寺くん。周囲も何となく明るく良い雰囲気の中、守がこの際みんな言いたいことを言おう!と言い出してマネージャー陣にも何か言いたいことはないか、と尋ねてきた。私は手をあげる。みんなが私に注目する中、私は一つ咳払いをして名前を呼んだ。

「…染岡くん、豪炎寺くん。そして半田くん少林くん栗松くん宍戸くん」

二人の他に名前を呼んだみんなが不思議そうに首を傾げる。私は、そんなみんなを見渡してにっこりと微笑んだ。事情を察した守と風丸くん、そして私の試合後の予定を先に聞いていたベンチ組がそっと距離を取る。私はそんな名前を呼んだ彼らに向けて、口を開いてとりあえず一言。

「今日の試合中のアレコレについてお説教があるから、とりあえずそこに正座しなよ」

薫は昔から怒ると笑顔なんだよなぁ、と風丸くんと身を寄せ合って顔を引きつらせる守の言葉は聞こえないまま、私はとりあえず豪炎寺くんの言葉の足りなさについてから説教を開始した。

「豪炎寺くんは言葉が足りないよね。もっと染岡くんやら半田くんやらその他大勢にゴールキーパーに疑問があることは伝えられたでしょ。自分の中だけで完結しない」
「…あぁ」
「染岡くんはあのボール奪取はいったい何事。そもそも焦りすぎ。たとえ焦っていても味方のボールを奪うのは普通あり得ないんだよ。相手選手たちに見事に笑われてたじゃん」
「…おう」
「半田くんは周囲をよく見る。一年生の思惑がどうであれ豪炎寺くんがフリーだったのは本当でしょ。あと一応先輩なんだから後輩の言葉に負けない」
「すみません」
「一年生はもう少し先輩を敬いなさい。染岡くんじゃ無理とは何事?うちで今まで、エースストライカーを、張っていたのは、誰?」
「染岡さんです…」
「そうでしょ、豪炎寺くんが頼りがいのあるのはみんな分かってるの。でも君たちが一番近くで染岡くんの努力を見てたくせに簡単に切り捨てない。それで掴めた勝利の後に待ってるのは信頼関係の破滅だよ」
「おっしゃる通りです…」
「俺たちが考えなしだったでやんす…」

横一列に並べた奴らを淡々と説教していく。大人しく項垂れて話を聞く彼らもちゃんと自分たちの反省点を理解したようだし、今日は試合も勝ったということで特別に三十分に縮めてあげることにした。
あとは自分でじっくりと反省するがよろしい。





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