09


試合はとても良い調子でスタートを迎えた。
まず相手側の攻撃であるファントムシュートを、守のゴッドハンドが見事に防いでみせる。いとも簡単に止められたシュートに、相手選手も向こうの監督も驚きを隠せないようだった。
そしてその守が投げたボールが風丸くんへ。次に繋がった少林くんは豪炎寺くんにパスを出そうとしたものの、肝心の豪炎寺くんはやはり三人ものマークがついていた。さすが注目のストライカー。しかしね少林くん、うちにはもう一人、新たな必殺技を得たストライカーがおるのですよ。

「ドラゴンクラッシュ!」

染岡くんに渡ったボールが勢いよくゴールに突き刺さる。どらごんくらっしゅ、一体何だろうと首を傾げたものの、どうやら技名だったらしい。隣の目金くんのドヤ顔を見るに彼考案のやつのようだった。守たちとハイタッチをしていた染岡くんが、こちらへ片手でガッツポーズを向けるのに大きく頷いて親指を立てれば、彼は得意げな顔でまたピッチを走り出す。とても良い流れじゃないか。

「よし、よし」
「すごいですね…!前のが嘘みたいにパス繋がってる…!」

相手が豪炎寺くんだけを警戒してくれているのが逆にこちらの利になった。豪炎寺くんというスーパーストライカーの存在が良い囮になってくれているのだ。彼もそれを分かっているのか、時折見せる大きな仕草でマークを引き付けてくれている。きっとこんな風にマークされるのは慣れているのだろう。あしらい方が手慣れていた。
そして、パスやカットも順調にこちらの流れに乗って上手くいく中、またもや染岡くんのドラゴンクラッシュが相手ゴールに突き刺さった。これで二点目なのだが、なんと現在、雷門は二点リードなのである。
しかし、そんなこちらの良い雰囲気をぶち壊すようにあちらのベンチから様子の変わった尾刈斗中監督の声が響き渡る。

「いつまでも雑魚が!!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

キレそう。あの時の帝国戦じゃないけどキレそう。たった今自分らの油断で二点を奪われているくせにこちらを雑魚呼ばわりするとは何ということ。それでも指導者か。うちの監督はたまに嫌味言うくらいで後は黙ってるからまだマシなんだぞ。いややっぱり変えてくれ。菅田先生あたりにして欲しい。

「てめーらァ!そいつらに地獄を見せてやれ!!」

お前に地獄を見せてやろうか。それは頭の中で呟いたはずの言葉なのだが、どうやら私はうっかり口に出してしまっていたらしい。隣の目金くんが青い顔で私から僅かに距離を取った。見せるのは君じゃないから安心しなよ。
そしてあちらの監督は、何やら両手を広げてぶつぶつと不気味な呪文を唱え出す。結構な大音量だ。外部からの試合進行の妨げとしてレッドカードは貰えないのだろうか。
…しかし、そんなふざけた呪文の傍ら、尾刈斗中が始めた「ゴーストロック」なる攻撃によって、雷門イレブンは謎の硬直状態に陥ってしまった。
みんなと同じように足を止められてしまった守の精一杯の守備を他所に、ボールは無慈悲にゴールに突き刺さる。

「ゴーストロック…?」

可笑しな技で一点を奪われたせいか、染岡くんが躍起になって一人相手ゴールへ向けて走り出す。豪炎寺くんの制止は聞かないフリだ。豪炎寺くんに頼らずとも自分が居れば大丈夫だって示したいんだろうけど、それは駄目だよ。そして苦い顔で染岡くんの後ろを追いかけている豪炎寺くんはそれでも自分なりに、相手チームに対して何かしらの疑問点があるらしい。
染岡くんがまたゴールへ向けてドラゴンクラッシュを放つ。…しかし。

「な、バカな…!?」
「何だ、今のは…」

何故だかボールはキーパーの真正面に。その上、あれだけ強力だったはずのシュートが先ほどよりも威力を失っていた。何やらまた怪しい手の動きをさせていたが、これがあの尾刈斗中の呪いの噂とやらなのだろうか。
そして、次々に出されるゴーストロックはみんなの動きを止め、点数はとうとう2対3と逆転を許してしまったまま、前半は最悪の形で終わりを告げた。





とりあえずみんな落ち着こう、ということで引き上げた部室。みんな怖い顔をしながら、何故いきなり足が動かなくなったのかを話し合っている。
一番怖がりの壁山くんがやっぱり呪いっス!と騒いでいるけれど、呪いなんてあるわけがない。せっかく持ってきた塩飴なのに、みんな議論に夢中で誰も食べないからとりあえず一粒守の口に突っ込んで、手を出してくれた豪炎寺くんの手のひらに乗せてからマネージャー陣に配った。私の口にも放り込む。うーんやっぱりしょっぱいや。

「薫ちゃんは、どう思う?」
「私?…うーん、そうだなぁ」

隣も見ずに塩飴を差し出せば、そっと豪炎寺くんが手のひらを出してくれていたので、その上にまたポトリと一つ落として考え込む。そういえば、前に読んだ怖い話の本に書いてあったのだけれど。

「人を呪わば穴二つ、っていうよね」
「そんな怖いこと言わないでくださいよ…」

ごめんね少林くん。でももしも本当にあれが呪いなのなら、あの監督は自分で自分の首を絞めているということだよ。そんな間抜けなことしてる人間に負けると思う?
そう尋ねながらまたもう一つ、そしてもう一つと塩飴を差し出されている手の上に乗せていく。

「…思いません!」
「でしょ?」

おぉ、という感心するようなどよめきが上がっているけど君たち分かってる?これは呪いじゃないんだってば。さっきあっちの監督の呪文が怪しいって話になったばかりだったよね。
とりあえず試合で確かめよう、という守の指示に頷く。染岡くんはやっぱり気負いすぎている気がするな。一応のため、豪炎寺くんにこっそりと耳打ちしておく。選手のことは選手に任せるのが一番だ。

「豪炎寺くん、染岡くんをよろしくね」
「…あぁ、分かった」

今のところこの中では一番冷静な豪炎寺くんに頼んだところで、よしさあコートへ戻ろう、とみんなで部室から出ようとすれば、おい、という背後から困ったような豪炎寺くんの声が私を呼び止めた。

「さすがに食べきらないんだが…」
「あ」

左手にこんもりと山を作ってしまった塩飴の多すぎる量に、眉を下げて困惑している豪炎寺くん。ごめんよ、君があまりにも素直に受け取ってくれるものだから思わず乗せすぎてしまったらしい。





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