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尾刈斗中との練習試合に勝利したことで、雷門中サッカー部は見事フットボールフロンティアへの参加が決定したのだが、あれから守のテンションの上がるのが止まるのを知らない。毎日の特訓にも熱が入っているようだし、私としては応援のしがいがあるものの怪我をしないかだけが不安だ。
今朝も、家の前で会った秋ちゃんと私を置いて勢いよく駆け出して行ってしまった。そんな守の背中を呆然と見送って、秋ちゃんと二人ため息をつきながらゆっくりと学校に向かうことにする。いつもならば守について一緒に走っていくんだけどね。秋ちゃんが居るなら話は別だと思う。

「円堂くん、気合い入ってるのね」
「良いことだとは思うんだけど…怪我しそうで怖いなぁ…」
「たしかに…」

のんびりと街の中を歩く。少し向こう側では猫が軽やかに道を横切っていた。いつもは守と二人きりでの登校だけれど、こうして女の子だけでのお喋りも悪くはないかもしれない。春奈ちゃんも同じ通学路なら良いんだけど、ここからだと反対側だから無理だな。

「おはよう、さっき円堂がすごい勢いで走って行ったんだけど…?」
「大会出場が嬉しいらしいね。家でもずっとあんな調子だよ」
「そうなのか…」

通学路の途中で合流した風丸くんも呆れたような目をしている。でもそんな彼もどこか嬉しそうな目をしているから、案外守と考えていることは変わらないのかもしれない。
教室に入れば隣の席の豪炎寺くんが、いつも通りの涼しい顔で既に席についていた。朝の挨拶を交わせば、顔を合わせた豪炎寺くんもやはり物言いたげな顔。絶対守のことだろうね。

「見逃してあげてよ、守はこれでも初めての公式試合だから」
「…クラブチームには入ってなかったのか?」
「うん、うちはね、お母さんがサッカー嫌いなの」

お母さんは昔から守がサッカーをすることに反対している。私がマネージャーをしているのにも良い顔をしない。けれど私が守の分まで家の手伝いも頑張ると豪語して、それを有言実行している今はあまりそれを口に出しては言わなくなった。サッカー嫌いの原因として、亡くなったお祖父ちゃんのことにも関係しているらしいけど、今は黙ってサッカーをやらせてくれているだけ感謝すべきだと思っている。
だから小学校時代も、クラブチームに入りたいとは私も守も言えなかった。近所の空き地や家の前の道路、そして鉄塔広場が、私たちにとってのグラウンドだったのだ。

「だから初めて。私も、守も、記録に残る試合に出るのなんて、生まれて初めてなんだ」
「…そうか」

そう言えば納得したように頷いて、守の方を見る豪炎寺くんの目は優しい。彼は彼なりに守に対して信頼を抱いているらしいし、この二人は案外良いパートナーになるのかもしれない。今のところは、幼馴染みである風丸くんと一緒に居る方が多いけれど。そして豪炎寺くんも実は試合が楽しみだったりしてね。

「最近お前も浮かれ気味だがな」
「嘘ぉ…」
「何となくだが見ればわかる」

そうだろうか。私も浮かれ…浮かれて…そういえば浮かれてるなぁ…。公式試合は私にとっても初めてだし未知の世界だ。だからこそ守たちサッカー部のために頑張らなければ、と意気込んでいたところもあるし。たしかに私も浮かれているね。

「でもそれを豪炎寺くんに見抜かれたのがなんか悔しい…」
「顔が赤いぞ」
「うるさい」

揶揄うような素振りはおやめ。これが守や幼馴染の風丸くんならともかく、まだ出会って一ヶ月も経たない豪炎寺くんに分かるということは、私はよっぽど分かりやすく浮かれていたのだと思う。そう豪炎寺くんに言ってみれば、彼は何故か少しだけ目を逸らしながら「そんなところだ」と呟いた。気を引き締めなければ。





結局その日は守のテンションがずっと高いまま、放課後になって始まった練習前のミーティング。はしゃいだ様子の守が、みんなを鼓舞するようにして口を開いた。

「みんなー!分かってるなー!?」
「「おーっ!」」

いや、やっぱり守だけじゃないようだねテンション高いのは。みんなもそれぞれ各々喜びは大きいらしい。しかしそれもそうだ。何せ創部以来初めての公式試合なのだから。特に去年はずっと人数不足のまま頑張ってきた染岡くんと半田くんなんて特に嬉しいだろう。
そんなはしゃぐ部員を他所に、風丸くんが最初の対戦相手について守に尋ねたけれど、もちろん守が知っているわけがない。抽選は今日だったのだ。冬海先生に聞かない限りは分からないと思うぞ。
…と、そこでタイミング良く冬海先生本人が部室までやってきた。相変わらず面倒くさそうな顔をぶらさげていらっしゃるが、それならサッカー部の顧問なんて引き受けなきゃ良いのに、と思うのは私だけだろうか。まぁそんな冬海先生の意欲はさておき、雷門中の初戦相手であるという野生中はたしか…。

「昨年の地区予選の決勝で、帝国と戦っています」

そうだった、予選決勝まで行く強豪じゃないか。初戦にして何というくじ運。この先生、お祓いなり何なりしてもらった方がいいのでは?そんないきなり最初から苦戦しそうなところを引っ張ってくるなんてある意味運がありそうだけれど。もちろん守は強いところと戦えると大喜びだ。守らしいから良いけどね。
あと「初戦敗退なんてことにならないように」みたいな相変わらずの嫌味で守のテンションに水を差すのはやめて欲しい。とても、とても、不愉快だ。いや決してダジャレじゃないんだぞ。

「ああそれから」

ふと、そこで冬海先生が思い出したと言いたげに体をずらす。そして、その背後から顔を覗かせた顔に思わず目を瞬かせた。ひょろりと背の高い少年は見知らぬ顔である。軽快な挨拶で部室に入ってきた彼は、どうやら転校生のようだ。豪炎寺くんのことといい、今年の雷門中は転校生が多いらしい。みんなの前へと進み出てきた彼は、とてもフランクな仕草で自己紹介をしてくれた。

「俺、土門飛鳥。一応ディフェンス希望ね」
「君も物好きですね、こんな弱小クラブにわざわざ入部したいなんて」

その口を縫いつけた後にぶちのめしてやろうか不愉快な冬海め、うちはもう弱小じゃないやい。そんな私の思いと殺気が漏れていたらしく、こちらを見た土門くんには盛大にビクつかれてしまった。おっと失敬。
しかしそれにしてもディフェンス希望での入部とはなるほど。それはなかなか良い希望ポジションじゃないか。うちはどうしても今のところは守備が手薄になってしまうので、正直ディフェンスに長けた選手が欲しいと思っていたところなのだ。
長身なところも素晴らしい。サッカー経験者であるようだし、空中戦は期待しても良いだろう。肉付きは細いから耐久に不安が見られるけど、そこらへんはおいおいどうにかするとしよう。まずは再びテンションを上げて土門くんの手をぶん回す守を止めなければ。

「それにしても、空中戦か…」

さっそく入部と相成った、新入りで過去に野生中と戦ったことのある土門くん曰く、野生中は空中戦に長けていて雷門中の要とも呼べる必殺技の全てが通用しない可能性があるらしい。そんな馬鹿な、と染岡くんは言ったけれど、同じく戦った経験のある豪炎寺くんの肯定で途端に緊張が走る。
染岡くんや豪炎寺くんのあの強力な攻撃が一つも通らないかもしれないのだ。それは当然不安にだってなる。しかしそんなことでへこたれる守ではないのだ。案の定、無いなら新しい必殺技だと意気揚々と叫んでいた。

「それでどんな練習するの、守」
「とりあえず高いところからボールを落として、なるべく高い位置でボールを蹴れるようになりたいんだ」
「…それならちょっと古株さんのところに行ってくるね」

非常にアバウトな守の要望に応えるため、私が向かった先は用務員の古株さんのところ。時々お喋りしたり花壇整備のお手伝いをしていて、そこそこ仲の良いおじさんだ。古株さんなら学校中の用具に詳しいだろうし、少し高めの梯子か何かを借りることは出来ないだろうか。
そう思って小走りに用務員室に向かっていれば、途中で夏未ちゃんに引き止められた。きちんと約束通りサッカー部の大会参加を認めて参加料を払ってくれた彼女にお礼を一つ言ってから、いろいろと訳を話す。すると。

「あら、なら消防車を手配してあげます」
「えっ、いいの?」
「明日の消化訓練の為に一台手配してあるのよ。誰か先生に頼んで運転してもらってちょうだい」
「ありがとう!」

あっさりと色々手配してくれた夏未ちゃんはやはり優しい。たまたま見つけた古株さんも車の免許は持っているというし、学校は私有地だから免許の種類も関係無いらしい。広い場所を通って部室までやってきた消防車に、みんなは驚いたように口を開けてしまっていた。守はすげぇ!と大喜び。借りてきた甲斐があったというものである。





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