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地獄の三日間だった、とだけ言っておこう。土門くんと一ノ瀬くんはどうやら自宅でもワークを進めてくれていたらしく、お陰様で翌日にはスムーズに全てを終わらせることが出来た。
そんな彼らを英語担当に回し、私は今度は一年生の方へ。春奈ちゃんに任せていたが、鬼道くんのスパルタぶりもあって何とかこちらも目処が立ちそうだった。…問題は二年生みんなである。

「ねぇ、なんで」
「うるせぇ」
「なんでなの君たち」
「うるせぇ」
「なんでこんな面倒くさいのばっかり残してるの!!」

染岡くんが絵、風丸くんが作文、半田くんが習字、守が自由研究を。それぞれが一番面倒くさいものを残してるから頭を抱えた。
影野くんと松野くんはワークだけなのでまだマシ。それにしても古参組の惨劇ぶりが酷すぎる。とりあえず守はどうすることも出来ないので、鬼道くんに託してまずはテーマを決めさせる。豪炎寺くんには引き続きワーク組の指導を。私はその他三人についた。

「半田くんはとりあえず書いて。書道部から道具を借りて書く」
「はい」
「染岡くんはまず外に出て絵の下書きすること。校内で無難なもの描いてね」
「お、おう…」

二人を会議室から叩き出し、最後に残った風丸くんの元へ。習字も絵も私にはどうすることも出来ないが、作文はまだ助けてあげることが出来る。作文用紙二枚分という優しい量だし、ネタさえあれば書き上がるのは早いだろう。だからさっそく、私は風丸くんに尋ねてみることにした。

「何か書くネタはない?」
「それがあればな…」
「夏休みの思い出は?」
「………夏休みは……いろいろあったな、とだけ……」
「ごめん」

今のは本当にごめん。どう見ても私が悪かった。私は沖縄の美ら海水族館に行ったことを書いたけど、たしかに風丸くんたちにとって夏休みの思い出なんて話題は地雷でしか無かったかもしれない。
自嘲する風丸くんを慌てて誤魔化し、フォローしながら捻り出した題材は「一学期の反省と二学期への目標」。無難だし、これなら夏休みのことをスルーしても大体許される。
風丸くんにとりあえず作文の構成を考えさせておきながら、今度は鬼道くんの見ている守の方に向かえばどうやら自由研究の内容は決まったらしい。

「今夜は俺の家で仕上げさせる」
「お任せします」

据わった目で固い決意を抱いている鬼道くんに守は任せることにした。実際、次の日には自由研究は見事に終わっていたし、達成感に喜ぶ守と疲れ果てた鬼道くんがいたので、その苦労も窺えてしまう。お疲れ様です。
そんなこんなで何とかサッカー部は見事宿題を達成。夏未ちゃんからも合格のお達しを貰えた。ついでに、追い込みの勉強が良かったのか二学期早々の実力テストも赤点が出ることは無かったので万々歳。私もいつもより順位が大幅に上がっていたのでホックホクだった。

「いえーーい!!赤点回避!!」
「鹿乃ちゃんギリギリだったけどね」
「なんでそんな点数逆に取れんの、ウケる」
「ウケんな馬鹿野郎。どつくぞ」
「テスト終わりに喧嘩しないで」

そして、女子の中でも私が特に仲のいい彼女たち…いわゆるイツメンの三人も無事に赤点は回避出来たらしい。昼休みになって集まった私たちの中でも勉強が特に苦手だと豪語してやまないのっちが歓声の声を上げていた。
まきやんは、よく見た目で偏見を受けがちだけど意外に勤勉で頭も良い方だ。特に社会の成績が良い。記憶力が凄いんだよね。
しののんはオールマイティ派。けど数学だけならなんとあの鬼道くんとトップを争うほどの頭の良さ。数学が出来ない身としては羨ましいことこの上ない。

「いやぁ、でもね、今回だけは赤点取るわけにはいかないからさぁ!」
「それはマジ分かる。楽しい時に補習とかガチカンベン」
「…二人ともどこか行くの?」

のっちとまきやんが楽しげに話しているのを思わず聞き返せば、何故か信じられないものを見るような目で見られた。なんだね、その「こいつマジか」みたいな目は。まるで私が肝心なことを何も覚えていないあんぽんたんみたいじゃないか。

「いや今回ばかりはアンタがおめでとうあんぽんたん」
「鈍いのは恋愛ごとだけにしといた方が良いよ薫ちゃーん?」
「ううん、今回ばかりは擁護できないや、ごめんね」
「け、貶されている…!」

いつも優しいみんながここまで辛辣になるほどの重大な何かを私は忘れている…?思わず唸りながら必死に頭を回転させた。…駄目だ、エイリア学園の余韻に加えてここ数日の宿題騒ぎやらテスト騒ぎやらで記憶が朧げ。しかし確かに三人の言う通り、大切な何かを忘れている気はしていた。
するとそこで、もうすぐ五時間目が始まってしまうからか先生が教室に入ってくる。時間切れ、と揶揄うように手を振って席に戻っていくのっちとまきやんをジト目で見送ってから前を向いた。

「…荷物多いな、先生」

何やらプリントをどっさり抱えてやってきたらしい先生。テストが終わったばかりなのに課題を出すわけが無いのだけれど、いったいあれは何のプリントなのだろう。
…そしてその疑問の解消は、何の皮肉か先程まで唸るほどに悩んでいた問題の回答も同時に叩き出してくれることになった。呑気な声で先生が口を開く。

「修学旅行の班分けするぞー」
「あっ」

そうだ、修学旅行があるんだった。





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