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北海道までの移動は飛行機のため、まずは空港を目指すことになる。高速を使っても一時間半はかかると言われていたのだけど、私は結局発車して数分で寝落ちてしまったのであまり関係無い話だった。
そして案の定、豪炎寺くんの肩を枕にして私は呑気に寝こけていたらしい。空港が見えてくる前に起こされた瞬間、事態を察して思わず跳ね起きてしまった。驚かせてごめんね…ちょっと心臓に悪かっただけだから…。

「ごめん豪炎寺くん…肩重かったでしょ…」
「別にそうでも無かった」

沖縄のときで慣れた、と揶揄う素振りの豪炎寺くん。もしかして水族館からの帰りのバス内での話をしているな?あれはあまりの興奮で疲れてしまったゆえの失態だったし、今みたいに君を意識していたわけじゃないから…でもそう思えば私は豪炎寺くんに迷惑かけすぎなのでは…?

「沖縄のときって何?水族館って何??ねぇねぇねぇねぇ豪炎寺、愉悦の匂いがすんだけど」
「何も話すことはない」
「豪炎寺スーパードライじゃんウケる」

いや、別に愉悦も何も隠すことはないので話そうとしたら瞬時に「言うなよ」と釘を刺された。そこまでして周りには知られたく無いらしい。豪炎寺くんが言うなら、とのっちたちからの追及にノーコメントを徹底すればブーイングが飛んできた。往生際が悪いぞ。

「半田、吐け」
「シンプルに脅すな。…いや、俺もこいつらが事情があって二人で沖縄にしばらく潜伏してたことしか知らないし…」
「半田」
「すみません」

矛先を変えた先の半田くんがあっさり吐いちゃったけどね。怖い顔した豪炎寺くんに引きつった顔で即座に謝罪を入れた半田くんの潔さがすごい。のっちたちは「沖縄に二人!」「潜伏ってワード!」と何やら盛り上がっている。でも実際は雷電くんの家でお世話になりながら息を潜めて隠れるというなかなか大変な生活だったけどね。楽しかったけど。

「そういえば綱海くんたちから連絡あったよ。雷門繋がりで雷電くんの中学と練習試合したんだって」
「…そうか、あいつらも元気そうだな」

天馬くんたち小さい子たちの写真も送られてくるので私のスマホのアルバムはとても可愛いことになっている。ちなみに夕香ちゃんとのツーショット写真も。
実はエイリア学園の騒動が終わってから、豪炎寺くんに誘われて何度か夕香ちゃんのお見舞いに行ったのだ。そもそも一年間の昏睡から目覚めた夕香ちゃんには決して楽では無いリハビリが課せられていた。病院内には歳の近い子供も少なく、女の子一人では気が滅入るだろうと心配した豪炎寺くんから遠慮がちに声をかけられたのだ。

「夕香ちゃんにもお土産買うからね」
「…あぁ、夕香がきっと喜ぶ」

なんて言ったって、夕香ちゃんは豪炎寺くんが過保護になるのも分かるほどの美少女なのだ。何度かお見舞いに行っていたとはいえ、本人的には初対面である私にもすぐ懐いてくれて、「薫ちゃん」と呼んで慕ってくれている。ちいちゃんに続けて妹が出来たみたいでとても嬉しい。
そしてそんな話をしながら、私たちはゾロゾロと空港内へ入っていく。やはり平日といえど人はそこそこ多くて、油断すると迷子になりそう。守なんか興奮してすぐ居なくなりそうだから心配なんだよな。

「守、絶対離れちゃ駄目だよ」
「大丈夫だって!」
「遠くにサッカーボール持ってる人が居たとしても離れちゃ駄目だよ」
「……大丈夫だって!」
「即答しろよ!!!」

そこで即答できないのが守だから仕方ないよね。班内のみんなはずっこけたし、私も思わず肩を落とした。そんな守と私のやり取りによほど心配になってしまったのか、半田くんと秋ちゃんが守を挟んで歩くことになった。連行されてるみたい。
そのまま手早く手荷物検査や身体検査を済まされ、ゲートを潜りしばらく飛行機の時間まで間が空くということでトイレ休憩が設けられた。女子みんなで行こうという話になり、男子勢に荷物番を任せることにする。

「うっわ…めちゃくちゃ並んでんね…」
「これ間に合うかな…」

あまり騒ぎ過ぎないように、と先生たちからも釘を刺されてしまっているので会話は全て小声だったりする。
しばらくして先に並んでいた私に順番が回ってきたのだが、トイレから出てみてもまだ誰も出てきていないらしい。なら仕方ない、とトイレ前でみんなが来るのを手持ち無沙汰になりながら待つ。…すると。

「こんなところで何をしてるんだ?」
「あ、鬼道くんおはよう」

同じ班の男子らしい他クラスの数名を連れた鬼道くんとご対面。どうやら鬼道くんは、班員が騒がないように見張るための目付役としてついて来ただけらしく、男子諸君らをトイレに送り出してから私に向き直った。とても手際が良い。

「友達待ちだよ。私の方が早かったらしくて」
「そうか…たしかに雷門の生徒だけでも人数が多いからな」

そうなんだよね。ただでさえ一クラス40人の八クラス。つまりは320人の大所帯。しかもほとんど全員浮かれきってしまっているというね。それはもう先生たちがピリピリするはずだ。
すると、ふとそこで鬼道くんが何やらそわそわしていることに気がつく。そんな彼が手にしているのは何故か携帯。どうしたんだろうと首を傾げていれば、鬼道くんが何やら神妙な顔でおずおずと話を切り出す。

「………春奈に、頼まれたんだが」
「あ、うん」
「…お前と写真を撮って送れ、と…」

お前が良いなら、と言い訳のように付け足されるけど何言ってるんだ君は。友達と旅先でのツーショット写真なんて定番中の定番じゃないか。
と、いうわけで快く了解の意を返し、さっそく鬼道くんの携帯で写真を撮る。二枚程度、満面の笑みの私と少し強張った顔に笑みを浮かべた鬼道くんが写ったそれを、私にも後で転送するように頼んでおく。

「せっかく今撮ったんだし、春奈ちゃんに送ってあげなよ。行ってきます、って」
「今」
「え、だって今送っておけば昼休みに見られるよ?飛行機降りてからにしちゃうと授業始まってるだろうし…」
「…た、確かに、そうか…」

何やらぎこちない手つきで写真とメッセージを春奈ちゃんに送ったらしい鬼道くん。なんて送ったの?と尋ねれば「見るな」と怒られた。妹とのやり取りを見られたくないからってそんな真っ赤な顔で怒らなくても良いじゃないか。





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