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見渡す限り羊、羊、羊、時々牛と馬。
無事に飛行機へ乗り込み、一時間半程度のフライトを終えた私たちは、北海道らしいのんびり広々とした穏やかな陽気が照らす牧場へとやって来ている。
空港までのバスの中で寝たからなのか元気になった私は、飛行機の中で班のみんなでトランプをしたりするなどして、なかなか快適な空の旅を満喫することができた。

「薫ってさぁ、マジで動物好きだよね。目ぇめっちゃキラキラしてんじゃん」
「大好き」

叶うなら家で動物を飼いたいのだけれど、残念ながらお母さんたちの意向でうちは犬も猫も飼っていない。ハムスターでも良いから、と食い下がって強請っていた昔が懐かしい。動物を飼うのは大変だということを理解している今は、お母さんたちが駄目だと跳ね除けていた理由も分かるけど。

「ここからは班行動しろってさ。12時半に入り口前に集合だって」
「薫ー!あっちポニーの騎乗体験だって!」
「行くっ!」

班長半田くんが先生からの指示を伝えてくれた瞬間、「待ちきれません」と言いたげな守と手を取ってポニーの柵まで走り出す。守も私ほどでは無いが動物が好きだ。興奮の仕方が子供じみているけれど許してほしい。一応まだ私たちは子供なのだから。
後ろから「はっや!!!」というのっちの叫び声が聞こえるけど知るもんか。私は今すぐポニーに乗りたいしあわよくば撫でたいのだから。

「…楽しい…!」

素早く駆けて並んだおかげだからなのか私たちの番はすぐに来て、守からありがたく先を譲ってもらったことで私は今念願であるポニーの背中に跨っていた。カッポカッポと囲いの中を一周するという単調さがまた楽しい。遠くに豪炎寺くんたちの姿を見つけたため、全力で手を振れば振り返してもらった。みんなも乗れば良いのに。
しばらくしてそんなみんなの側までポニーが近づいていくのに、私は手を振って口を開いた。

「写真撮って欲しいな、お願い!」
「よし来た豪炎寺行け」
「出番だよ」
「……」

即答で豪炎寺くんに任せたね。そんなに面倒くさいのか親友たちよ。けれどそんな豪炎寺くんは「解せぬ」といった顔をしながらも携帯のカメラをこちらに向けてくれた。なのでそのカメラに向けてピースサインと満点の笑みで応える。後で送ってもらってお母さんたちに見せるんだ。

「ほーら次行くよ次。羊ンとこ行くよ」
「ああああポニー…」
「あれだけ乗り回しておいて足りないと…?」

ポニーに後ろ髪引かれつつも、時間は有限だからと次のところへ歩き出す。でも行く先々に動物はたくさんいるので、どこに行っても楽しくて仕方がない。まさに動物天国。
まきやんリクエストの羊の餌やりなんて最高だった。動物特有の匂いがキツいといっても、愛くるしさは変わらないのだから問題は無いよね。

「…触れ合い体験コーナー…?」
「…行きたいなら付き合うぞ」

本当に?という意を込めて豪炎寺くんを見遣れば、彼は一瞬その勢いにたじろいだものの確かに頷いてくれた。みんなも、柵の向こうにいるウサギやらモルモットやらヒヨコやらに心惹かれているらしく、満場一致で触れ合い体験コーナーへ。
まずは一番近くに居た黒いウサギの元に行く。抱っこ、抱っこがしたいんだ私は。

「…お尻の方を抱えた方が良いらしいぞ」
「えっ、豪炎寺くん博識」
「あそこに書いてあった」

ウサギは繊細だから気をつけることがたくさんあるらしい。抱っこも強要しないことが肝心だそうだが、ラッキーなことにこの黒ウサちゃんはそこそこ人慣れしていたらしく、私の拙い抱っこにも臆する様子が無い。根性があるね。

「鼻がひくひくしてる…」

背中を撫でてあげていれば、何やら興味津々な様子でキョロキョロしている黒ウサちゃん。どうやら豪炎寺くんにも興味があるらしく、あのつぶらな瞳でジッと見上げられた豪炎寺くんは僅かに狼狽えている様子。側から見ると面白いね。

「抱っこする?」
「いや、俺は…」
「…しないの?」
「………する」

せっかくの触れ合い体験コーナーなのに…?という目でじっと見つめれば、豪炎寺くんの方が先に折れた。ぎこちない手つきで私から受け取った黒ウサちゃんを膝の上に乗せて、おっかなびっくりといった様子で背中を撫でてあげている。

「写真撮ろうか」
「いや俺は…」
「夕香ちゃんに見せたら喜ぶと思うけどなぁ」
「…頼んでもいいか」

勿論ですとも、ということで私の携帯でパシャリと一枚。少しだけ照れ臭そうに眉を顰めた豪炎寺くんと、のほほんとした様子で豪炎寺くんの膝で寛いでいる黒ウサちゃん。どっちも可愛いと思うな。
豪炎寺くんにそう伝えたら、解せぬといった顔で頬を摘まれた。本当なんだってば。





お昼ご飯は、何と豪華に焼き肉だった。女子からは少し不満そうな声が上がったのだけれど、育ち盛りの男子たちからすればご褒美以外の何物でもないらしく、意気揚々とお肉を焼いていくその顔は歓喜に満ち溢れている。
私も食べてはいるのだけれど、あれだけパクパクと口に放り込んでいく男子たちを見ていたら気持ち悪くなってきてしまった。どこに消えていくのそのお肉。

「大丈夫か?薫ちゃん」
「…土門くんのお皿を見ると安心するね…」

気分転換にサラダでも取ろうと設置されていたバイキング式のサラダコーナーに赴けば、お肉にサラダまでつけた程良くバランスの良いお皿の土門くんに話しかけられたのでそう返した。土門くんは焼肉に歓喜している守たちの方を見て苦笑いする。

「お肉が嫌いなわけじゃないんだけどね、さすがにこの量と匂いは…」
「女の子にはキツいよなそりゃ…」

土門くんのクラスでもどうやら女子が非難轟々らしく、既にデザートのアイスを食べている子も少なくは無いらしい。それも極端すぎないか。
土門くんとはその場で五分程度、牧場での話をした後に別れた。午後からは牧場体験なのだが、私たちは牛の乳搾りで土門くんたちの班は羊の毛刈りを体験するらしい。羊の毛刈り体験は羨ましいな…モフモフなんだろうな…。

「まだ食べてる」
「うまいぜ!薫も食べるか?」
「あとちょっとにしとこうかな…」

守から満面の笑みで勧められたけれど、さすがにその肉の山を制覇するのは無理。上から二、三枚だけいただいて席に戻る。一心不乱に肉を食べているまきやんのことは見ないフリでやり過ごした。なんでそんなに食べられるの。

「豪炎寺くんもまだ食べてる…!」
「…美味いぞ」

さすが豪炎寺くんも育ち盛りの男の子。平気な顔でお肉とご飯を食べていて、見てるこちらが胸焼けしそう。しかしサラダまでバランス良く食べているのだからまたすごい。

「薫も食べなって。ほら、ウチが焼いたのあげっし」
「わーい…」

まきやんの好意で追加されたお肉。嬉しいけど正直しんどい。そのため、誰かに食べてはもらえないかと辺りを見渡すものの、女子勢には「無理」と手を振られたし、頼みの綱の守と半田くんは話を聞いてない。残るは同情に満ちた目でこちらを見ている豪炎寺くんだけだったので。

「豪炎寺くん、これ、食べてくれないかな…」
「…別に良いが…」
「えっ、やった。じゃあ、口開けて?」
「は」

豪炎寺くんのお皿の上はお肉やらサラダやらでいっぱいだったから、という安易な理由でお肉を差し出す。こういうのは守で慣れてるし、こっちの方が早いだろう。…一応は、そういう、考えだったのだけれども。

「あー…」

…あ、しまった。これは恥ずかしい奴。豪炎寺くんも驚いたように固まってしまっているし、何をしてるんだ私は。
それに今頃思い出したが、私は確か豪炎寺くんに対して何かしら思うところがあったはずでは。そこまで思い至ってからの私の行動は早かった。差し出していた肉を即座に自分の口の中に突っ込んで、咀嚼もほどほどに飲み込む。

「な、なんちゃって…」
「…人を揶揄うな」

豪炎寺くんが眉間を押さえて深いため息を吐いた。うん、ごめんね。今のはどう見ても考え無しの私が悪かった。慌てて空気を誤魔化すために私はお肉をくれたまきやんに向き直り、引きつった笑みを浮かべて問いかけた。

「そ、そういえばこのお肉美味しいね、何のお肉?」

するとそれまで夢中になりながら、珍しく黙々と肉を食べ続けていたまきやんは、親指をスッと立てたかと思えば、こちらへ向けてキリリとした真顔で残酷な真実を言い放った。

「羊」

…嘘だと言ってお願い…。





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