12



空中戦における技術を鍛える練習の途中、古株さんが「イナズマイレブン」というチームについて話してくれた。
古株さんの話によるとイナズマイレブンは、四十年前の当時は負け無しのすごいチームで、フットボールフロンティア本戦の決勝にまで進んだことのある強いチームだったらしい。古株さんが途中で濁した「あんなこと」が気になるけれど、次に守に向けて言い放った言葉で、そんなものはすぐさま吹き飛んでしまった。

「円堂大介はイナズマイレブンの監督だ」

…他の人からお祖父ちゃんの話を聞くのは生まれて初めてだ。私たちが生まれる前には他界していたという、守がキーパーを始めた理由の人。守が情熱的に慕うほど、私はお祖父ちゃんに対しての思い入れがあるわけじゃ無いけれど、守の持つお祖父ちゃんが残したノートを見ていればサッカーへの情熱は理解できた。
きっと、生前は守みたいに真っ直ぐにサッカーを愛した人だったのだろう。

「…いいな」

お祖父ちゃんのことを知っている人が羨ましい。一度も会ったことのない、写真だけのお祖父ちゃんのことを真っ直ぐに慕える守が羨ましい。お父さんは婿養子だし、お父さん側の親戚とは随分昔に疎遠になったと聞く。親戚付き合いなんてほぼ無いに等しい私たち一家にとって、お祖父ちゃんはきっと一番近しい親族なのだと思うから。そんなお祖父ちゃんとの思い出どころか記憶さえ無いことに、私はほんの少しの寂しさを覚えてしまうのだ。
私のそんな呟きを拾った秋ちゃんが不思議そうな顔をするけれど、私は笑って誤魔化した。…だってこれは守にも言えない、私だけの秘密の話だ。お祖父ちゃんのことが大好きな守が聞けば、きっと困らせてしまうと思うから。

「ねぇ、祖父ちゃんがイナズマイレブンだったって本当?」

だから、その日の夜、守からの飛び出たその質問にお母さんが顔を強張らせたのを、台所に立った隣で見た時、お母さんもきっとお祖父ちゃんのことで何か抱えるものがあるのだと思った。幼い頃、一度だけお母さんに聞いた、なぜそこまでサッカーを忌避するのかという私の問いに対する答え。

『…サッカーがお父さんを不幸にしたのよ』

悲しそうな、それでいて怒っているような顔でそう言ったお母さんもきっと内心は複雑なんだと思う。何があったかまでは分からないけれど、サッカーのせいでお祖父ちゃんが死ぬことになって、けれど自分の子供たちはそんなサッカーに夢中。きっとお母さんは心の底から私たちにサッカーを辞めてほしいと願っただろう。
けれど、お母さんは私たちのことをいつだって思ってくれているから。私たちが本当にサッカーが好きだと知れば、やめて欲しいだなんて言わなくなってしまった。本当に優しい人だ。

「…お祖父ちゃんは生きてたら、私のこと、なんて呼んだのかな」

私が持っているお祖父ちゃんの形見は、お祖父ちゃんが愛用していたという小さな英語の辞書だ。お母さんから譲ってもらったもので、元は私のものじゃ無い。小さい頃は、暇さえあればお母さんの寝室の本棚からこっそり抜き取って、意味も読み方も分からないアルファベットを落書き帳に書き込んでお祖父ちゃんの生きた証を追っていた。

『これは、薫にあげるわ』

取り上げるたびに泣く私に降参したお母さんは、そう言って結局最後は私に辞書を譲ってくれた。そんな私がどうしてあの頃、この辞書に固執したのかは今でも分からない。…最初は、ただのやきもちだったような気がするけれど。守を虜にして、私から大事な片割れの興味を奪ったお祖父ちゃんに嫉妬していたような。
守もまだ幼かったからお祖父ちゃんの字なんてろくに読めなくて、それなら私もその手伝いをしようと躍起になったのだっけ。そのために手に取ったのがあの辞書だった。

「…お母さんに聞きながら、頑張って守と二人で解読したんだっけ」

辞書に引かれたマーカーはプレー中に使うような用語に重点的に引かれていて、時々書き込んである小さな汚い独特の文字はサッカーのことばかり記している。その一文字一文字を見ながら、私はきっとお祖父ちゃんの面影を探していたのかもしれない。今はもう、よく分からないけれど。

「…おじいちゃん」

…もう考えるのはやめよう。早く寝なきゃ明日に差し支えてしまう。
ふつふつと湧く、寂しさのようなそんな何かを胸の奥に押し込めて、私は思考を振り払うかのように硬く硬く目を閉じて布団の中に潜り込んだ。





次の日からいよいよ、新必殺技習得への練習が本格的に始まった。努力を重ねれば得られるものがあるのだということは、先人である染岡くんによって証明されているから、みんなのやる気もひとしおだ。
…しかしまぁ、その全てが上手くいくわけも無く。それぞれが思い思いの必殺技を考案するものの、空回りだけが続いてしまい、思わずマネージャー側の顔も引きつってしまった。
そしてその日も結局、必殺技のヒントすら得られないままで練習が終わってしまった。腹減った!と叫ぶ守に付き合って、一緒にラーメン屋の雷々軒へと歩く。ついでに途中まで帰りが一緒の風丸くんと豪炎寺くんも連れての寄り道だ。ラーメンの大盛りを頼んでいく三人に思わず感心する。さすが育ち盛りの男の子。私はラーメンの小で良い。

「守、レンゲどかして」
「ん、サンキュ!」
「…良いのか?」
「チャーシュー?良いの、豪炎寺くんにもあげようか」
「あぁ」

私はお肉は基本、守に譲ることにしている。私はどちらかというと魚の方が好きだし、嬉しそうにお肉を食べる守を見るのは至福だ。チャーシューは三枚入っていたので、風丸くんの分も合わせて一枚ずつ配る。代わりにメンマをいただいてしまった。ありがとう。

「野生中相手に、必殺技も無しにどうやって戦うんだよ」

しばらくして、ある程度食べ終わったらしい風丸くんが話を切り出した。みんな食べるのが早いね。私はまだ半分くらいしか食べていないのだが。
…そして風丸くんの言う通り、たしかに空中戦が得意な相手に対してきっとファイヤートルネードもドラゴントルネードも効かないだろう。頼みの綱は二人の合わせ技であるドラゴンクラッシュだけになってしまうけど、それも通用するかは至って怪しい。
空になった守のコップに水を注ぎ、ついでに自分のと豪炎寺くんのに注ぎ足しながら考える。守はみんなを信じるって言うし、たしかにそれも大事なことなんだろうけど、それだけで勝てるほど野生中は甘くは無いだろう。

「イナズマイレブンか…」
「んー…祖父ちゃんたち、どんな必殺技持ってたんだろ。知りたいなぁ…」
「守のノートみたいに、何か必殺技ノートとかあれば良いのにね」
「…イナズマイレブンの秘伝書がある」
「へぇ、秘伝書なんてあるんだ」
「なーに書いてあるんだろ…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「「…えぇ!?秘伝書だって!?」」
「嘘ぉ…」

そんな聞き逃しそうなくらいにさらりと言わなくても…それに何で、ラーメン屋のおじさんがそのことを知ってるんだろう。
しかも守の持っている技特訓ノートについても知っているらしく、そのノートは秘伝書の一部に過ぎないと言い切ったおじさんは、どこか楽しげに守を見て口を開いた。

「お前、円堂大介の孫か」
「うん!」
「私もです」
「しかも二人も居るのか!」

何やら繰り返すように孫なのか、と言っていたおじさんは、突然脈絡もなく守に向けてお玉を突きつけた。いきなり何をする。顔を顰める私に落ち着け、と呟く豪炎寺くんはこの際無視だ。落ち着いてなんぞ居られるものか。
しかし、おじさんが次に呟いた「秘伝書はお前に災いをもたらすかもしれんぞ」という言葉に、思わず動きが止まった。…思い浮かんだのは、お母さんの顔だ。何かお祖父ちゃんの死に繋がるものなのだろうか、と身構えたけれど、守はそんな脅し文句に構わず胸を張って見たい、と告げた。





TOP