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あれからしばらくして、ホテルにたどり着く十分前にはみんなを起こしておいたのだけれど、案の定のっちと半田くんはお互いの状況を見合わせて絶叫の声を上げた。

『はァーーー!?通りで寝心地悪いと思ったわ中途半田!!』
『いやどう考えても先にお前が俺の肩で寝てない!?』

半田くんごもっとも。のっちの頭が先に半田くんの肩の上に乗っかってたから、どちらかというと悪いのはのっちの方。でも乙女心的に認めるのは癪なのだろう。
今もギャイギャイ言い合いを続けていて、周りのみんなも呆れたような面白そうな目で二人を見ている。だからカップル疑惑を持たれるんだよ二人とも。…でも、実際のところはどうなのだろう。
バレー部の主将で、周りからも人望がある美人なのっち。
器用貧乏だけど気遣いは出来ることから、どちらかというと密かに人気のある半田くん。
どちらもクラス内で仲良くしている様子だって見られるのだから、案外お互いを憎からず思っているのかもしれない。そこは今夜問い質さなければいけないね。

「…本当に大丈夫か?」
「え?あ、うん!大丈夫だよ、元気!」
「…たしかに赤みは引いてきたな」

ふと豪炎寺くんが未だに心配そうな顔でこちらの様子を窺っていることに気がついて、私はなるべく元気な笑顔を作って返す。…あれから結局しばらくの間は赤面した頬の熱が冷めてくれなかったせいで、顔が赤いのを豪炎寺くんに見られてしまったのだ。
私の体調不良を心配してくれた豪炎寺くんには申し訳ないのだけれど、その理由が君のせいだとは言えないので少し暑いことにしておいた。バスの中は暖房が効いているし、変な理由では無いから大丈夫だ。そんな、少し納得いかなさそうな豪炎寺くんを無理やり誤魔化しているうちに、バスはようやくホテルにたどり着く。

「でっか」
「すげー!!」

物理的にも値段的にも高く見えるホテルに呆然とする私たちを他所に守は大興奮だ。今にも中に駆け出してしまいそうなのを引っ掴んで、秋ちゃんに見張りを任せておく。私の言うこともだけど、秋ちゃんの言うことは素直に聞くからね、守は。秋ちゃんも守ともっと話したいだろうし、私なりの気遣いだ。

「一日めは女子は大部屋だったよね」
「ウチらみんな同じ部屋じゃん」

通された私たちの部屋はどうやら布団を敷く形式になっているようで、なかなか修学旅行らしい雰囲気を醸し出している。もうこの時点で既に楽しすぎる。
荷物の置き場所を簡単に決めたところで、これからまず先にお風呂だということで風呂道具を一式抱えて大浴場へと向かう。このホテルはどうやら露天風呂が有名らしいと、どこからか入手してきたパンフレットを片手にのっちが興奮気味だ。

「お、男子組も風呂じゃん」
「覗くなよ」
「覗くかよ!!!」

秋ちゃんとも楽しみだねと言い合いつつ向かえば、守たちとタイミングがかち合ったのか大浴場前で鉢合わせた。やけに守のテンションが最高潮に高い。広いお風呂好きだもんね、守は。
揶揄い気味なまきやんとのっちからの注告に、半田くんが顔真っ赤にして叫んでいる。純情かな。

「…豪炎寺くんぐったりしてない?」
「…円堂を宥めすかすのが大変だった」
「ごめん、ありがとう」

やっぱり守はお部屋でもテンションを上げていったらしい。FFの時にやった合宿の際の守が少しおかしかっただけで、本来は大勢でわちゃわちゃするのが好きなのだ、それはそれははしゃぎ倒したのだろう。豪炎寺くんの苦労が偲ばれる。

「みんな、そろそろ行かなきゃ時間が…」
「あ、そうだね。ありがとう木野さん」

秋ちゃんとしののんの会話を小耳に挟み、そこらにあった壁掛け時計を見上げると確かに少し時間を消費しすぎたらしい。クラスごとに時間は決まっているから、ゆっくり入りたいなら早く入らなきゃ駄目だ。





「無の境地」
「断崖絶壁」
「来世に期待」
「は?やるか?」
「お、落ち着いて…」

上から順にまきやん、しののん、私のセリフでお送りする脱衣所。何が、とは言わないけれど涙が出るほどに「無い」のっちにそう感想を告げれば、のっちが顔を引きつらせて拳を構える。ごめんね、つい本音が。
タオルを巻きながらだから、お互い裸を直接見てるわけじゃ無いけれど、この中で一番スタイルが良いのはやはりまきやんだった。ボンキュッボンのわがままボディ。

「いや、アンタはマシュマロじゃん?」
「それ前にも言われた…」

リカちゃんに…。あの銭湯での揉みしだき事件を思い出して思わず震える。秋ちゃんは苦笑いだけど、助けてくれなかったことは覚えてるんだぞ。
浴室内は前のクラスの女子がチラホラいるくらいで、圧倒的にうちのクラスの女子でいっぱいになっていた。とりあえず各々頭やら体やらを洗って湯に浸かろう、ということになっていたので私も空いてる備え付けの椅子に座る。シャワーの湯加減を調節していれば、隣にしののんがやってきた。

「隣、良いかな」
「良いよー」

しののんとはこの中では唯一の幼馴染枠に入る昔馴染みなので、一緒にお風呂に入った回数は何度だってある。だからなのか、妙に緊張が無くてすごく楽だ。一応シャンプーは携帯のものを持ってきていたのだけれど、ここのホテルのシャンプーは相当上質なものらしいし、今夜はここのものを使ってみよう。

「あ、そういえば薫ちゃん、髪伸びたね」
「…そうかな?」
「うん、前は肩より少し下かな?って感じだったのに、今は肩甲骨の下より長いし」

そういえば確かに、サッカー部関係の大会やら事件やら騒動やらがあって髪を切りに行く暇も無かった。時々見かねたらしいお母さんから毛先を整えてもらうくらい。…これは帰ってから本格的に切ってもらうべきだろうか。でも、ショートカットは少し切り過ぎな気もするし…普通に前くらいの長さに整えてもらえば良いかもしれない。

「しののんは?切らないの?」
「私?」

しかしそんなしののんだって、髪は私よりも少し長く伸びた綺麗な黒髪だ。いつもゆるりとした二つ括りだからか風に靡いたときはすごく綺麗に見えて私は好きなのだけれど、しののんはそこら辺どう思っているのだろうか。伸ばしてる?

「…私は願掛けかなぁ」
「願掛け?」
「うん。…私、好きな子がいるんだけどね」
「えっ、初耳」

そんなの知らないよしののん。六年目の付き合いになるけど初めて聞いたよしののん。まぁ、しののんが私に言いにくい人だったのかもしれないから、追求はしないけど…私に言いにくい人…?

「守…?」
「うーん違うかな」

ちょっと安心した。いや、しののんが守を好きだったとしても私は否定しないのだが、こう、心の準備というものが必要でしてね。
しかし、そんなしののんの好きな人と髪への願掛けに何の関連性が…?

「絶対、好きだって言ったらいけないの」
「…え」
「叶わない恋なんだけどね、せめてその人が誰かのものになるまでは、伸ばしていようかなって」

…知らなかった。ずっとしののんが髪を伸ばしていることに理由があることも、好きな人が居ることも。いつもは私に秘密なんて作らないしののんの、私にだって話せない唯一の秘密。

「…しののんは、それで辛くないの?」
「辛い?どうして?」

しののんは、優しく微笑んで口を開いた。それは、本当に心の底からの本音でしかなくて。だから私は最終的に、黙り込んで頷くことしかできなかったのだ。

「幸せだよ。好きになったことを後悔しないような恋が、私はできたんだから」





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