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結局あの後、お風呂から上がってご飯を食べて、部屋に帰った瞬間に私は盛大な寝落ちをかましてしまった。「寝るな!!!!!」というのっちからの抗議の声が聞こえた気がするけどね、よくよく時計をご覧なさいな。私にとっては十時が限界なんですよ。

「許してよ…」
「い〜や許さないね、薫のデザートプリンくれなきゃ許さない」
「素直に欲しいって言いなよ」

夕食は配膳式だったし、朝食も配膳式だった。バイキングも楽しいから好きなんだけど、こっちもこっちで悪くない。どうやら起こったフリだったらしいのっちのお盆の上に朝食のデザートのプリンを乗せれば、歓喜の声とともに両手をあげて喜ばれた。無邪気で可愛いよのっち。

「何の話してるんだ?」
「あ、おはよう半田くん、豪炎寺くん」
「おはよう」

ちょうどそこに半田くんと豪炎寺くんがやってきた。守はどうやら寝坊で少し遅れてくるらしい。胃が痛くなりそう…頑張れ守…。

「それがさぁ、聞いてよお二人さん。この子ってば昨日恋バナする予定だったのに寝ちゃったんだよ!?健康すぎない!?」
「健康で怒られたの初めてだよのっち」

早寝早起き大事だよね、って褒められることはあっても怒られたのは初めてだね。ぷんすかしながら半田くんに愚痴るのっちに苦笑いしていれば、どこか少しだけソワついた豪炎寺くんが私を窺っているのに気がついた。どうしたの、と尋ねれば豪炎寺くんはゆっくりと口を開く。

「………お前も、そんな話をするんだな」
「聞き役だけどね。提供できる話が無いから」

強いて言えば君のことで相談してみようかな、とは思っていたけど、という本音はしまっておく。本人に言うなんて恥ずかしすぎる。自分の中で豪炎寺くんへの感情が恋では無いと八割方決定してしまっているのだけれど、残りの二割が「本当にそうなのか?」と疑問を訴えているのだ。…恋じゃないに、決まっているのに。

「…どうした?」
「…ううん、何でも無いよ。男子の方でもそんな話は無いの?」
「いや、昨夜は半田が持ってきたトランプに付き合わされて終わったからな」

しかも豪炎寺くんは日付が変わる前には離脱したらしい。つまり半田くんたちは遅くまで起きてたことになるのだが…今日は一日中札幌市内を歩き回ることになっているのを忘れてやしないだろうか。

「あ、自主研修と言ったらね、可愛い小物屋さんがあるの見つけたんだ」
「そうなのか」
「うん、そこで夕香ちゃんのお土産探そうね。私も春奈ちゃんへのお土産探したいし」
「ああ」

楽しみだな、自主研修。グループでも話し合ったのだけれど、下手に観光地に行くよりも自由に散策した方が楽しいだろうということで、最後に時計台に行く以外はほぼノープラン。行きたいお店や場所は各自で調べようということになっている。
時計台では、実はサッカー部のみんなと待ち合わせすることになっている。一度くらいみんなで記念に写真撮りたいね、という珍しくみんなの意見がドンピシャに重なった結果だ。それまでは時間もたっぷりあるし、心ゆくまで北海道を満喫できる。





ホテルから出てすぐバスに乗り、私たちは町の中心部を目指す。三十分という長いわけでも短いわけでも無い時間の間揺られていれば、たどり着いたのは平日にも関わらず観光客の多い街中だった。しばらく一時間程度街中をうろつき、観光名所らしき銅像や歴史的な跡地なんかの写真を撮りながら歩く。しばらくしてだんだんと近づいてきたらしい私リクエストの可愛い小物屋さんをみんなで目指した。
着けばそこには、やはり思っていた以上に可愛い小物がたくさんあって、思わず心が跳ねてしまう。女子勢と豪炎寺くんはお土産を見るために店内へ、守と半田くんは外でソフトクリームを食べて待っておくらしい。豪炎寺くんが無言で五百円玉を半田くんの掌に乗せていた。

「可愛い!ねぇ、夕香ちゃんってクマとウサギどっちが好きなの?」
「どちらかと言えばクマだな」
「じゃあ、私はこれがいいな。豪炎寺くんはどう思う?」
「良いと思うぞ」

二人割り勘で買おう、ということで私が選んだのは可愛いクマのぬいぐるみ。さほど大きくは無いのだけれど、その分生地やデザインがシンプルに可愛らしくて気に入ってしまった。値段もお手頃。夕香ちゃんもまだまだお人形が好きな年頃だろうし、何より私がこれを抱いた夕香ちゃんを見たかったりする。絶対可愛い。

「…クマといえば」
「?」

思い出したのは照美ちゃん。お土産は何が良いか尋ねたところ、あの澄んだ瞳で「木彫りの熊が良いな」と言い出されたときには思わず絶句した。冗談かと思ったけど本気だったらしいし。しかし、さすがに大きい本格的なものは重いだろうから持って帰れない。なので、現地で小さいキーホルダーのものを買おうと思っているのだが。

「あるんだ…!?」
「…木彫りのキーホルダー…?」

可愛い小物屋さんに似合わない厳つい顔な木彫りの熊のキーホルダー。豪炎寺くんも思わずギョッとしたような顔で見ている。たしかにびっくりするよね。
でもここでせっかく出会ってしまったし、買ってしまおうと一つ摘めばさらにギョッとされてしまった。そんなに驚く?

「買うのか…?」
「うん、照美ちゃんにお土産」
「…あまり言いたくはないが、物好きだな…」
「私もそう思う」

普通は欲しがらないもんね。でも照美ちゃんだから、で何でも解決してしまうのがまた怖い。それで良いのか。
けれどとりあえずお土産は選べたということで、二人並んでレジに並ぶ。可愛いクマのぬいぐるみを差し出した豪炎寺くんに目を見開いたレジのお姉さんは、その隣に居る私を見て何やら微笑ましそうな顔になった。

「彼氏さんからのプレゼントですか?」
「か………い、いえ!違います彼の妹へのお土産です!!」

不意打ちでそう言われ、思わず心臓がドッッッッと激しく鳴ってしまった。隣の豪炎寺くんは固まっている。違うんだってば、豪炎寺くんとは友達でそれ以上は何も無いんだってば。
しかしそれ以上言葉を重ねると、何故か言い訳臭くなってしまいそうな雰囲気を感じたため、そっとを口を閉じておく。お姉さんは照れ隠しだとでも思ったのか、あらあらまあまあとニコニコ笑顔だ。本当に違う。

「ありがとうございました」

お姉さんからのお決まりの挨拶をいただいて店を出る。何故かちょっと豪炎寺くんとの間に気まずい空気が流れてしまったたが、それを振り払うように私は努めて明るい声を出して豪炎寺くんに話しかけた。

「ゆ、夕香ちゃんのお土産、可愛いのあって良かったね」
「…それもそうだな」

豪炎寺くんもそんな分かりやすい誤魔化しに乗ってくれたのか、なるべくといった感じの穏やかな声で返事を返してくれる。そのまま拙い会話をしどろもどろに続けていれば、店内を見終わったらしい秋ちゃんたちも出てきた。のっちに首を傾げられる。

「…なんかあった?」
「ううん、別に」

…こ、こういうときだけ鋭いんだよなぁ、のっちは。とりあえず簡単に誤魔化しておいて、話題を変えるように時計に目を落とす。時間はちょうど十二時過ぎくらいで、散々歩き回ったからかお腹も空いていた。それに目敏く気づいたらしいまきやんが、みんなへ向けて口を開く。

「はー…お腹減らない?どっかで食べたいんだけど」
「そうだね、サッカー部との合流時間もまだまだ先みたいだし」
「地図あるわよ」
「木野さんナイス!」
「俺も腹へったー!豪炎寺は何食いたい?」
「…女子に任せておけよ」
「あ、じゃあ僕がおすすめのカフェに案内しようか?」
「へぇ、じゃあそれならそこに…」

…ん?何か今、班員以外の声がしたような気がする。しかもよくよく思い出せば、聞き覚えのありすぎる声。みんなも今の一連の会話に違和感を抱いたらしく恐る恐る顔をあげれば、そこにはにっこり笑顔の彼がいた。

「…士郎くん!?」
「来ちゃった♡」

来ちゃった♡じゃないよ士郎くん。学校はいったいどうしたんだ。





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