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「…吹雪か!?」
「なんでお前がいるんだよ…」
「みんな、久しぶりだね」

スケート場から出た後、私たちはサッカー部のみんなとの集合場所である時計台に向かった。一応集合時刻の五分前に着くような計算では向かったのだけれど、一番乗りは鬼道くんたちのグループだった。みんな何故かここにいる士郎くんの存在に目を見張っている。まぁびっくりするよね。私たちも驚いたし。

「それにしても、こうしてみるとエイリア学園のことを思い出すね」

たしかに、少し前まではだいたいこんな感じのメンバーで全国を回っていたんだったね。私は途中からだし他にメンバーは足りないけれど、こうしてみると何だか感慨深いな。
そう思って頷いていれば、守がどこかしんみりとした様子で口を開いた。

「…ヒロトたち、今頃どうしてるかな…」
「きっとみんな元気よ」

…エイリア学園か…そういえば、あの緑ツンツン頭のレーゼとやらにまだやられっぱなしなんだよね。まぁ、単純に私の力が及ばなかっただけだけど、やっぱりこのままなのはちょっと悔しいな。
でも今はどうやら警察の事情聴取やら何やらで忙しそうだし、また今度瞳子監督に聞いてみよう。

「思い出にふけるのも良いが、早くしなければ帰りの電車に間に合わないぞ」
「あっ」

鬼道くんからの声かけに、みんなが途端に慌てだす。そうなのだ。現在時刻は三時半。四時発の電車に乗らなければ、ホテルへの集合時刻である五時に間に合わない。ここは割とホテルから離れている場所だから、急がなければならないのだ。
士郎くんも雷門イレブンの一員だから、と引っ張り込み、みんなで身を寄せ合って写真を撮る。撮影は一番写真を撮るのが上手なまきやんに頼んだ。

「秋ちゃんと夏未ちゃんが守を挟みなよ。私は守の後ろに立つし」
「い、良いのかしら…」
「良いの良いの」

私は恋する乙女の味方です。少し照れた様子の女子二人が守を挟む中、当の本人は気づいてないのかいつも通りのご様子。両手に花の状態なのになぁ…。
ちなみに私の隣は豪炎寺くんと鬼道くん。後ろには風丸くんがいて、士郎くんは豪炎寺くんの隣に立っていた。

「豪炎寺くん、もう少し詰めようよ」
「!お、押すな吹雪」
「わっ」

豪炎寺くんと肩がぶつかった拍子に鬼道くんともぶつかってしまう。思わず鬼道くんの肩を支えに使ってしまった。申し訳ない。慌てて謝れば、鬼道くんは「気にするな」って言ってくれたけど、顔を背けているのは怒っているからなのでは?本当に大丈夫?

「大丈夫だ…!!」

大丈夫だったらしい。それなら良いのだけれど。
そして写真も撮り終わり、そろそろ駅へ向かおうということになった。士郎くんも駅までは一緒だというので、話をしながら歩いて駅を目指す。しばらくは和気藹々と会話が弾んでいたのだが、しかし途中で強めの風が吹いた。その冷たさに思わず身震いし、くしゃみが飛び出る。

「へっくしゅ!」

…そろそろ夕方だからなのか、空気が一段と冷えてきている。身を震わせながら手に息を吐きかけていれば豪炎寺くんが無言でリュックサックを開け出した。そして、その中から一枚の上着を取り出して私に差し出す。反射的に受け取ってしまったものの…私が着ても良いのだろうか。

「寒いんだろ。風邪を引くな」
「…ありがとう、じゃあ借りるね」

私と豪炎寺くんの体格は、豪炎寺くんの方が二、三センチ大きいだけだから対して変わらないだろうと思っていたのだが、実はそうではなかったらしい。袖を通してみて、指先しか出てこなかった事実に思わず愕然とする。これが、男女の違い…!

「豪炎寺くんの匂いがする」
「…気になるか?」
「ううん、結構好き」

前に夕香ちゃんとハグしたときも思ったのだけれど、豪炎寺家は割と柔軟剤の匂いが上品。落ち着く感じがして私は結構好きだ。今度どんな柔軟剤使ってるのか聞いてみようかな。

「あれ、どうしたの豪炎寺くん」
「…………何でも、ない」

振り向けば何故か豪炎寺くんはその場に立ち止まって顔を覆っていた。士郎くんが何故か訳知り顔で肩を叩いたのを、豪炎寺くんがジト目で振り払っていた。仲良くしてね。







写真がバッチリ撮れたところで、みんなで駅の方に移動する。士郎くんとはここでお別れだ。電話もメールもするけれど、北海道と東京じゃ子供の私たちには遠すぎて、またしばらくは会えなくなってしまう。

「士郎くん、元気でね」
「うん、ありがとう薫ちゃん」

前の不安定さはすっかりなりを潜めた士郎くんが元気そうで本当に良かった。電話やメールでは「大丈夫」だとずっと言われていたけれど、それがやせ我慢なんじゃないかとか、本当は大変なんじゃないかって心配していたけれど、士郎くんのチームメイトも良い人だと聞いているし、彼は彼なりにこの北海道の地で上手くやっているのかもしれない。

「今度は僕の地元を案内するよ」
「楽しみにしてるね」

そうして士郎くんは、私たちよりも一足先に電車に乗り込んで帰って行った。名残惜しさでみんなもしんみりする中、私たちの乗る電車もやってくる。駅構内は今が帰宅時間の人も多いせいなのか人の数が多い。人混みをかき分けつつ、ようやく電車に乗り込んでも満員電車の中だ。息苦しい。
みんなが率先して女子をなるべく広い入り口側へ立たせてくれるからかまだマシだけど。

「…このまま一時間かぁ…」
「少しキツいかもね…」

しかしそんな文句を言っていても電車が広くなるわけではない。ゆっくりと走り出した電車に揺られること十分、いくつめかの途中停車駅に止まったあたりで、人混みはさらに酷くなってきた。私の目の前に立っている豪炎寺くんも、何とか後ろからの圧に負けないよう必死に壁に手をついて耐えてくれているのだが。

「…悪い、少し詰めても良いか」
「ど、どうぞ…」

一歩こちら側へ踏み出したらしい豪炎寺くんの横顔が目の端に見えて、思わず何気なさを装って目を逸らす。近い。そしてようやく一息つけたようなのは何よりなんですがね豪炎寺くん。それを耳元でやられるとちょっと居心地が悪いというか。

「…どうした」
「何でもないよ」

それを馬鹿正直に言うと、きっと「何意識してるんだ」とドン引きされそうだからお口はチャック。友達に対してこんなことでドキドキしてしまうなんて、まるで私が痴女みたいじゃないか。
…それと、ここまで近いと昨日間違えてハグしてしまったことを思い出してしまいそうになる。豪炎寺くんから借りたジャンパーも相まって、まるで本当に豪炎寺くんに包まれているみたいな…。

「…穴があったら入りたい…」
「急にどうした…?」
「人間として恥じてるところ」

豪炎寺くんからの純粋な好意をそんな不埒な考えにするんじゃないぞ私。心の底から豪炎寺くんに失礼。せめて夕香ちゃんだと思おう。それもなんか問題大有りな気がしなくもないけど。
しばらくして、電車は少しだけ大きな駅に着く。

「…今の駅で人が減ったな」
「あ、うん、そうだね。じゃあ奥の方に行こうか」

さっきよりはまだマシな電車内の密度に、近すぎた距離が離れていくのに思わず安堵する。どうやら席もチラホラ空いてきたらしいし、奥の方に移動した方が良いかもしれない。
そう思いながらみんなが移動しようと動き始めるのに続こうとすれば。…突然、体全体に衝撃が走った。

「えっ」
「!?」

電車のドアから出ようとしたらしい男の人にぶつかって、反動で私の身体がドアの外に放り出されてしまったのだ。思わず思考停止する中、誰かがこちらへ手を伸ばしているのが見えて反射的にそれを掴む。しかし、そんな手の持ち主も人波には抗えなかったのかこちら側へと押しやられてしまった。こちらへ投げ出された彼を慌てて助け起こせば、その間にも電車のドアは電子音と共に、私たちの目の前で無情に閉まっていった。驚愕の表情で私たちの名前を呼んでいるらしいみんなを乗せた箱が静かに滑り出していくのを見送りながら、思わず顔を見合わせてしまう。

「…どうしよう」
「…とりあえず、先生に連絡するか」

茫然と呟いた私の言葉に苦く笑った彼…風丸くんは、そう言って携帯を取り出してみせた。たしかに、これじゃあ門限に間に合わないしね。





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