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「今日こそ!!恋バナタイム!!!」
「のっち、そんな大声出すと先生がくるよ」
「いっけね」

何とかあの後目的の駅でみんなと合流して私たちはホテルに戻ってきた。昨日とあまり変わらない流れでお風呂もご飯を済ませて、明日のスキー体験教室のためなのか先生たちからは「早く寝ろよ」と言わんばかりの時間に就寝を促されて。
そして始まったのがこれである。早く寝ようよ。明日スキーでしょ。
しかしのっちたち曰く「やらねばいけない」らしい。何しろ昨夜は私が早々に寝落ちしたため、何が何でも今夜こそはやるのだと。執念がすごい。そして申し訳ない。

「まぁでもこの中でとりあえず好きなやついんの木野さんだけっしょ?そこんとこ見ててどうなワケ?お義姉さん」
「秋ちゃんは可愛いです」
「ちょ、ちょっと薫ちゃん…!!」

夏未ちゃんのこともしかり。私は二人とも大好きだからどちらかだけを応援することはできないけれど、願くばどちらもそれぞれが納得のいく結末を迎えてくれたら良いと思う。
だってどちらも、守のことを大切に思ってくれている。守の在り方を認めて、尊重してくれる。…そんな素敵な人になら、私は守のことを任せられると思うから。

「薫は?」
「…私はいないよ」
「え〜?最近豪炎寺と良い感じじゃん。好きとかないの?」
「…たしかに、豪炎寺くんのことは好きだけど、それは守と同じくらいというか…何というか…」

…来た。聞かれるとは思っていたけど、改めて豪炎寺くんについての話をされると、やっぱり私は答えにくくなってしまう。豪炎寺くんへの想いは、友情だ。今日まで感じてきた心臓の可笑しな高鳴りはたかが一過性のもので、みんなの期待するようなものじゃない。
そう答えるつもりで口を開きかけた。…開きかけて、まきやんが発したその言葉に、私は頭が真っ白になる。

「じゃあ、豪炎寺が他の女子と付き合うとしたらどう思う?」

豪炎寺くんが、他の女の子と、付き合う?
…想像してみた。いつも私が立つその隣に、違う女の子が立っていて、豪炎寺くんはその子に向けて優しい顔で笑いかけている。練習が終わって一緒に帰るのも、私たちじゃなくてその女の子。
何度も私を勇気づけてくれたその手が掴むのは、私のものじゃない手で。
力強い腕が抱き締めるのは、私じゃない女の子。

「…薫?」

訝しげな顔をしたみんなが心配そうに私の名前を呼ぶけれど、私は答えられなかった。…考えただけで、嫌だった。訳はわからないけれど、豪炎寺くんが遠い何処かへ行ってしまうような気がして怖かった。…でも、私はそれでもこの想いを恋だとは認めない。認めるわけにはいかなかった。
だってもしも、もしもこれがそうなのだとしたら。
私は、守のことを。

「薫ちゃん」
「…ぁ」
「ごめんねみんな、ちょっと薫ちゃん体調悪そうだから、外の空気吸ってくるよ」
「えぇ…大丈夫?先生呼ばなくて良い?」
「良いよ、鹿乃ちゃんと半田くんのことについて詳しく聞いておいて」
「のぁ!?」
「おけぴ」

行こうか、としののんに腕を引かれて部屋の外に出る。背後でぎゃあぎゃあと騒がしく始まった尋問がドアで阻まれてようやく、私は詰めていた息を吐き出すことができたような気がした。





しののんに腕を引かれてやってきたのは、宿泊階の真ん中辺りにある談話スペースだった。もう就寝時間だからか誰も居なくて、私はとりあえずソファの端に座り込む。少しして、備え付けの自動販売機で小さいお茶を買ってきてくれたしののんにお礼を言いつつ一口飲み込んでから、私は隣に腰を下ろしたしののんをチラリと見やる。…しののんは、何も言わない。
私が話し出すのを待っていてくれているのだと思った。その優しさに胸が苦しくなるのを、一つだけ深い呼吸で吐き出して、私は震えそうになる唇を叱咤しながら口を開く。

「…どうしよう、しののん、私おかしいよ」
「…何がおかしいの?」
「だって、これが恋なわけ無いんだもん。豪炎寺くんのことは、友達として、家族として好きで」

そうじゃなきゃ、この想いを説明できない。「守へ抱いたことのある想い」と同じであるこの想いの意味を。今はもう薄れて、ただの家族愛に変わってしまったかもしれないけれど、たしかに私は昔、これとよく似た…いや、ほとんど同じ想いを守に抱いていたことがある。

「まるで、私が守のことを、そういう意味で、好きだったみたいだ」

これが恋だというのだろうか。憧れだと、そう思い込んで生きてきた私の心は、本当はこんな不純な想いを守に対して、…血を分けた実の家族に向けて抱いてきたのか。
否定したい。そんなわけが無いと鼻で笑ってしまいたい。…けれど、無理だ。こうやって頭で考えて、否定すれば否定するほど守にかつて抱いた想いがまるで私を嘲笑うかのように鮮やかに蘇る。
…自分で自分が、嫌になった。だって守は、私の双子の兄だ。どう足掻いてもそれだけは変わらない、紛れも無く血を分け合った実の兄妹だ。だというのに、こんな想いを抱いてしまうなんて許されないでしょう。
何より、私を純粋に妹として好きでいてくれている守に、申し訳が無さすぎた。

「変じゃない、薫ちゃんは変なんかじゃないよ」
「だって」
「人を好きになることって、そんなに可笑しいこと?」

違う、可笑しいのは、実の兄に恋愛感情を抱いた私だ。歪なのは私だけだった。
人を好きになることが可笑しいとは思わない。性別の壁だって、恋の前には全て無意味になると思っている。…けれど、私の恋だけは駄目だった。私の恋は、この世の誰にも許されるわけが無い。

『しょうらいはね、まもるとけっこんするの』

かつて、そんな夢を見ていた少女がいた。いつの日だったか、迷子になった自分の手を引いて大丈夫だからと笑ってくれたその笑顔に、少女は動かしてはいけないはずの心を動かしたのだ。
…あぁ、そうだった、思い出した。
私は確かにあのとき、妹でも片割れでも無い一人の女の子として、円堂守という男の子に初めて恋をしたのだ。
けれど大人は賢くて、優しくて、残酷で。
それが子供の戯言で世迷い言だと微笑んで、私の幼く淡い恋心にヒビを入れた。

『兄妹は結婚できないんだよ』
『おかしいことだから、悪いことだから』
『仲良しなのは、良いことだけどねぇ』

私が守への想いに恋を乗せれば乗せるほど、あまり良い顔をしなかった大人たちを見て、私は自分の間違いを静かに悟った。兄妹での恋愛はいけないことなのだと、それがこの世界での常識そのものなのだと知ってしまった。
だから、蓋をした。私は可笑しいのだと誰も彼もに後ろ指差されることを恐れて、ずっと口にしていた「好き」を飲み込んで。何より、守に嫌われることが怖かった。「気持ち悪い」と軽蔑されることだけが、どうしても嫌で。

…だからこそ私は、この想いを恋だとは認めたく無かった。
私が過去に犯した間違いを、歪でしか無い初恋を本物にしたく無かった。

でも、もう誤魔化せない。記憶の底に硬く閉じ込めてしまったはずの想いの残骸は私の目の前に転げ出て、逃げるなと私を責めて叫んでいた。前に進むことも、後ろに逃げることさえ拒んできた私に、もう退路は存在しない。
そこにあるのはただ、何処へも行けず追い詰められた崖っぷちで、途方にくれる愚かな私一人だけだった。





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