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話によればその秘伝書というものは、どうやら理事長室の金庫に入っているらしい。しかし当の理事長先生は現在出張中で学校を留守にしてしまっているし、代理の夏未ちゃんは厳しいから無理だろうというのが他三人の意見。だから結果、話し合いにより持ち出すのは難しいだろうという決断に至ってしまった。
けれど、私には一応伝手というものがある。夏未ちゃんだ。最近は校内で会ったら少し立ち話をしてくれる程度には親しくなれていると思うし、それに消防車を貸してくれた件も踏まえて考えれば、サッカー部への態度が軟化しているように思えるのだ。だから次の日の昼休み、私はさっそく夏未ちゃんに話を通してみた。

「どうかなぁ」
「…良いでしょう。貴方たちの成長ぶりは見ていて感心しますし、その程度の援助なら安いものだわ」

万歳三唱、大勝利である。ダメ元でも夏未ちゃんに聞いてみて良かった。
放課後に取りに来なさい、という夏未ちゃんの通達に笑顔でお礼を言って教室に帰れば、何やら半田くんとひそひそ話をしている守が目に入った。

「何話してるの?」
「うおぉっ!?」
「うわぁっ!?」
「え、ど、どうしたの…?」

盛大に驚かれてしまって、逆に私がびっくりしてしまう。守は、どこか引きつった笑みを浮かべながら何でもない、と手を振る。同じく隣の半田くんも多少目は泳いでいたものの、誤魔化すように首を横に振った。
とりあえず様子の可笑しい二人に言及するのは辞めておいて、私は秘伝書のことを話そうと口を開く。…しかし、そこで悪戯心が芽生えた。放課後に黙って見せて、驚かせてやろうという魂胆である。

「あ、私今日の放課後ちょっと遅れるね」
「お、おう!秋には俺から言っておくよ!」

そのあとは放課後になるまでみんなに機嫌良いねと言われたし、豪炎寺くんにも珍しそうな目で見られていたけれど、仕方ないじゃないか。頑張っている守の役に立てそうなんだから。
そして放課後、ルンルン気分で夏未ちゃんの教室へと行けば、夏未ちゃんは約束通りノートを手渡してくれた。でも少し変な顔というか困ったような顔をしている夏未ちゃんに首を傾げていれば「このノート、読めないのよ」と言われてしまった。…読めない?

「私も中身を確認してみたのだけど…絵だったり、文字だったりは判別出来ても、肝心の内容が何一つ分からないのよ」
「んんん…お祖父ちゃん、癖字だからなぁ…」

さらに別の言い方をすれば、壊滅的に文字が汚いとも言う。うちでは読めるのもお母さんと守と私くらいだし、お父さんに至っては何となくでしか分からないから仕方ないと思う。円堂家の血筋による感覚的な素質が必要かもしれない。

「でも、私も守も読めるから大丈夫」
「…あなた、見かけによらずそんなにすごい解読能力があるのね…」
「一応暗号でもなく普通の文字と絵のはずなんだけどね?」

なんか、お祖父ちゃんの癖字のせいで暗号を解読できるすごい人みたいになってしまった。そんなすごいことは無いんだけどね。
それとついでに夏未ちゃんが理事長室に書類を運びたいらしく、人手が欲しいとお手伝いを頼まれたので、校長室に寄ってお目当の書類を受け取ってから理事長室へと並んで歩く。なるべく急いで行かなきゃ、みんな試合のために頑張って練習しているはずなんだから。





「…って、思っていた私の気持ちが分かる?ねぇ、守」
「ハイ、スミマセン…」

こんにちは、現在お説教タイムです。豪炎寺くんを除いたサッカー部全員を床に正座させ、青筋を浮かべた私による鬼のお説教。何と守たち、この秘伝書を手に入れる為に夏未ちゃん不在の理事長室に侵入していたのである。しかも現行犯。私は怒った。心からの怒りのままに叫ぶ。

「何で私も誘わないのッ!?」
「「そこかよ!!」」

そこだよ!守だけにそんな不法侵入まがいなことさせるわけないじゃないか!!私に言えば怒ると思ったから…っていうのは当然!普通はまず本人に頼んでみるものです!!
それに不法侵入なんてことが他の先生にバレて大会出場取り消しになったらどうするの。喜ぶのは万年サボり顧問の冬海先生くらいでしょ。

「…まぁ、私が内緒にしてたのも悪いんだけど…」
「…あぁ、だから機嫌が良かったのか」
「侵入作戦を知ってて黙ってた豪炎寺くんは黙ってなさい」
「あ、あぁ…」

無謀だと思ったのなら止めること。止めなかった豪炎寺くんも同罪なのである。正座させなかったのは私の慈悲。そしてマネージャー陣は知らされていなかったということで不問。まぁ、怒ると言っても軽いほっぺムニムニの刑に処すだけの可愛いやつだ。ちなみに今回は内緒にしていた私の方にも多少非があったということで、部員の罰は無し。体力強化メニュー地獄編が日の目を見ることは無かった。半田くんたちが高らかに拳を突き上げるのが見えたが、そんなに地獄を見たかったのかね。

「とりあえず守、はい」
「これが祖父ちゃんの秘伝書…!」

わくわくしながら表紙をめくった守の後ろからみんな期待に満ちた目でノートを覗き込む。しかし、それもすぐに眉を顰めて不思議そうな顔になってしまった。みんなの心境を代表するかのように、染岡くんが「…何だこれ」と呟く。やはり円堂家でない者は読めないのか。不思議なものだ。

「使えそうな技と、守が読みたそうな箇所には付箋貼ってあるから」
「お、サンキュー薫!」

背後では未だにお祖父ちゃんの癖字についての考察がなされている。別にこれは外国語でも暗号でも無いんだよ。ただの純粋な日本語です。ちょっとキツい癖字なだけで。結局は読めない、と判断したらしいみんなが肩を落としつつ、キレた染岡くんと風丸くんがこちらを向いて怒鳴った。

「「円堂!!」」
「すっげぇー!ゴッドハンドの極意だって!」
「「読めるのかよ!!」」
「使えそうな技もあることにはあるよ」
「「お前もかァ!!」」

残念なことに読めるのである。円堂家の血筋だね、と朗らかに笑ったら人外を見るような目で見られたのは何故。また怒るぞ。
そして、秘伝書が読めて必殺技の練習ができると分かったことで、部内は先ほどのお通夜とは裏腹にお祭りモードだ。さっそく読んでみよう!と騒ぐみんな。そこで私はふと、部室でぼんやりとしている土門くんが目に入った。

「…円堂たち以外読めないんじゃ意味ないよなぁ」
「土門くんもあれ読みたかったの?」
「うお!?え、円堂ちゃん!?」
「ややこしいから薫でいいのに」

苗字で呼ばれるのも新鮮だけど、やっぱり守と区別するのにややこしいからね。名前呼びで全然構わないんだよ。
しかし、あれを読んでみたいとはなかなか修羅の道を行くのだね土門くんは。私と守でさえ数年かけて解読が可能になった、古代文字よりきっと恐ろしく読めない癖字。うーん…。

「どんな系統の技が使いたいとか言ってくれれば、私が別の紙に詳しく書いて渡すけど」
「…え、良いのか?」
「え、何で?」
「い、いや、だって俺まだ新入りだし…?」

随分と可笑しなことに拘るんだね、土門くんは。もう既に私の中では雷門中サッカー部の部室の扉を叩いたあの日から、君は立派な私たちの仲間であるというのに。

「土門くんは雷門中サッカー部の仲間でしょ。時間なんて関係ないよ」
「!」
「そりゃあ、古参の染岡くんや半田くんをちょこっと贔屓しちゃう時もあるかもしれないけど、新入りとか関係なく、私にとってサッカー部は大切な仲間なんだよ」

だからいつでも言ってね!とピースサインを突きつけて笑う私に、土門くんはどこか困ったような顔をして「考えとくよ」と苦い顔をして笑った。





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