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三日後の土曜日、練習を休んだ私が早朝に乗り込んだのは静岡行きの新幹線。駅までは久遠監督が車を出してくれた。少し眠たげに運転する隣の助手席で事故に遭わないかどうかだけが不安だったのだけれど、何とか無事にたどり着いたのでホッとした。律儀にもそのまま改札までついてきてくれた久遠さんに見送られ、私を乗せた新幹線は静岡へ。

「…おひさま園、か…」

響木監督の示した目的地は、あの元エイリア学園のみんなが居るというおひさま園。最近までゴタゴタしていたけど、どうやら最近ようやく周囲が落ち着いてきたらしい。私の仕事は、代表候補の選手を東京まで呼び出すためにまずは保護者の瞳子監督に詳しい書類を渡すこと。
瞳子監督にはもう既に話が通してあるらしく、お客様の都合で迎えには行けないが、私の到着を園の方で待っていてくれているらしい。

「…こっち、かな」

検索した地図を頼りに街を歩いていけば、だんだんと周りは静かになっていく。施設は駅から離れた長閑な街中にあると聞いていたのだけれど、自然もだんだんと増え出してきたから恐らく施設が山の方に近いのだろう。そんなことを推察しつつも最後の角を曲がれば、大きな入り口が見えた。そして、その前に立っている赤い髪の男の子に思わず目を丸くする。

「…あ、良かった。ここまで迷わなかったかい?」
「…もしかして、待っててくれた…?」
「この辺りは道が入り組んでいて分かりにくいからね。念のためだよ」

施設の入り口前に立っていたのは基山ヒロトくんだった。安心した、と言いたげに胸を撫で下ろしているその様子に思わず笑みがこぼれる。…思えば、彼と面と向かって会話をするのはこれが初めてかもしれない。
中に案内するよ、と歩き出した基山くんの後についていく。彼曰く、瞳子監督はまだ来客への対応に追われているため、私と話をするのは少し時間がかかるかもしれないということ。

「楽しみだなぁ、瞳子監督と顔合わせるの、二ヶ月ぶりだし」
「姉さんとはこまめに連絡を取っていると聞いてるよ。僕たちのことも気遣ってくれたことも聞いたんだ、ありがとう」
「ちょっと気になってただけだから」

ジェネシスの人たちなんかは、リミッター解除の反動で身体への負荷が大きかったらしく、治療やら療養やらで大変だったみたいだけれどそこまで深刻な問題にはならなかったという。それを聞いて思わず安堵したし、報告した守も胸を撫で下ろして喜んでいた。そのことを伝えれば、基山くんの顔が嬉しそうに緩む。

「…円堂くんは優しいね。僕たちは、君たちに酷いこともしたのに…」
「守はそんなこと気にしないよ。むしろ、気にする方が守には失礼」

むしろ申し訳無いと思うなら、守とサッカーしてあげて欲しい。それだけで守はとても喜ぶから。そう言えば、基山くんは楽しそうに笑ってくれた。もう気にしちゃ駄目だよ、そんなこと。全部終わったことなんだから。
他愛無い話をしていればすぐに施設の玄関前にたどり着いた。しかし、基山くんは何故か玄関の引き戸に手をかけたまま中に入ろうとしない。むしろ何かを躊躇っているようにさえ見えて思わず訝しげな顔をすれば、基山くんはこちらを振り返り、非常に申し訳なさそうな顔で私を見た。

「…僕は、止めておけって言ったんだけどね」
「うん?」
「本人は気が済まないっていうから、渋々許可を出したんだけど。…一発くらいなら、殴っても良いから」
「待って向こう側に何があるの」

お使い先が戦地か?と言わんばかりにいきなりピリピリし出したね。思わず引きつつも、しかし基山くん曰く害を与えるわけじゃ無いとのお墨付きなため、仕方なく覚悟を決める。私のタイミングで中に入って欲しいと言われたため、謎の緊張感に苛まれながらも恐る恐る中を覗き込めば、玄関先にはどこか強張った表情で何故か正座をしている緑の髪をしたポニーテールの男の子が居た。

「…?」
「あ、あの、えっと…俺ッ…!」

私の顔を見た途端にしどろもどろになり始めた男の子。…しかし何故か私には、謎の既視感があった。どこかで会ったことがある。けれどそれが何処で、彼が誰なのかが思い出せない。思わず神妙な顔で見つめ合っていれば、気を利かせてくれたらしい基山くんが私の耳元でとある台詞を囁いた。

「地球にはこんな言葉がある…」
「あっ、緑ツンツン頭」
「…すみませんでしたッ!!!」

私が思わず指差した瞬間に、覚悟を決めたような観念したような顔をした彼は、額を地面に打ちつける勢いでとても綺麗な土下座を見事にかましてくれた。





「あの、この度は、本当に、えっと、女の子に怪我なんてものをさせてッ…!!」
「治った治った。もう回復してるから、ね?顔上げよう」

とりあえずこれでは外聞が悪いということで、なかなか顔を上げようとしない彼を引きずるように客間へ引っ張り込み、苦笑いの基山くんの付き添いの元で彼の謝罪の続きが行われた。いや、たしかに私は君に対して腹に据えかねているものがあったのだけれど、それは単純に「やられたらやり返す」という逆襲の意志であって、怪我をしたことは何も気にして無い。だが、彼にとっては割と深刻な問題であるらしく、こうして今にも死にそうな顔で頭を下げているのだった。

「大丈夫だよツンツンくん。私としてはむしろ一度は守を追い詰める原因になった基山くんの方が許せないから」
「えっ俺?」
「で、でも女の子に…」
「違うでしょ、あの時君は性別関係無く、私が脅威だと思ったから必殺技を使った。私はそれに負けた。それだけだよね」

巻き込んでしまった基山くんには申し訳無いが、私からすればそっちの方が重要。もう既に許してはいるのだけれど、守を傷つけた罪は重い。もう許してるけど。
むしろ、ツンツンくんは私を性別関係無く対等なサッカー選手として認めてくれたような気がしてむしろ嬉しい気がする。それに、私の仇は雷門のみんなが取ってくれたから良いのに。

「…ツンツンくん、顔上げて」
「…でも」
「良いから」

有無を言わせない指示で顔を上げさせる。恐る恐る窺うように顔を上げたツンツンくんの額目掛けて、私は容赦無くデコピンをお見舞いした。悲痛な悲鳴を上げたツンツンくんが額を抑えて後ろに転がる。なかなか良いものを決められたようだ。

「い、痛い!すっごく痛い!?」
「おでこ丸出しだから狙いを定めやすいね」
「うわぁ…」

気分は必殺仕事人。基山くんは盛大にドン引きした顔をしている。私渾身のデコピンはさぞかし痛いだろう。というか既に涙目になってるしね。私はそんな彼の目の前まで歩み寄り、手を差し出してニッコリと笑う。

「これでおあいこにしよう?」
「…こんなので、良いの?」
「えっ、もう一回するの?」
「遠慮します!!!」

良いお返事で何よりだ。私もね、あれをもう一回するのはちょっと指が痛くてキツい。
けれど、手を引いて身体を起こしたツンツンくんがそれでも納得いかないような顔をしているため、私は仕方なくその頭に手を置いて優しく撫でてあげることにした。

「君たちも、やりたくてあんなことしてた訳じゃないんだよね。嫌なことを、嫌って言えなかっただけなんだよね」
「…うん」
「君はもういっぱい謝ってくれたから、良いよ。許すよ。…だからもう、気にしないで」

それより、君の名前を教えて欲しいな。そう微笑みかければツンツンくんは何かに耐えるようにグッと唇を噛み締めて、けれどやはり耐え切れなかったようにボロボロと泣き出してしまった。

「緑川リュウジでずぅ゙」
「円堂薫だよ、よろしくね」

とりあえず鼻水出てるし顔がぐちゃぐちゃだから顔拭きなよ、緑川くん。





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