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「話はできたかしら」
「姉さん」
「瞳子監督」

緑川くんの顔を拭いてやっていれば、襖を開けて入ってきたのは微笑ましげな瞳子監督だった。…この様子だと、どうやらこの時間を作ったのは瞳子監督らしい。
瞳子監督曰く、緑川くんはずっと今まで私に謝りたくて仕方なかったらしく、今回私がここに来ることを知ってからは「合わせる顔が」とか「許してもらえない」とジメジメして女子一同に「女々しい」と叱られていたらしい。

「薫さんは怒ってないって言ったじゃない。その通りだったでしょう」
「…うん」

嗜める瞳子監督と、慰められる緑川くん。姉弟のようなそのやり取りに、思わず微笑ましくなってしまう。瞳子監督も、キャラバンの時の張り詰めたような表情がなりを潜めていて今は優しく柔らかい顔をしている。きっと、こっちが本来の瞳子監督なのだろう。
そして緑川くんがようやく泣き止んだところで、私たちは本題に入る。基山くんも緑川くんも空気を読んで退席してくれようとしたのだけれど、実は君たちに関係のある話だから一緒に聞いてて欲しいんだよね。

「もう聞いているかもしれませんが、私は今回響木監督からのお使いでここに来ました」
「ええ、既に聞いているわ」
「まだ非公式なので詳しいことを言うわけにはいかないんですが…基山くんと緑川くんの二人には、来週末のある選考会に参加して欲しいと思ってるんです」
「…選考会?」

響木監督曰く、そこら辺は選手にもまだ公に言うわけにはいかないらしいので、詳しいことはぼやかしておく。瞳子監督には、代表選考会であることを別の書類で見てもらうことになるけれど、念のため二人には伝えないで欲しいことも記してあるらしい。

「全国各地から、響木監督選りすぐりの選手が集められます。…二人の意志や瞳子監督の許可次第だけど、良かったら来てくれないかな」

これは任意の召集だ。二人が嫌なら嫌で良いし、誰もその選択を責めない。…けれど、私の予想では、二人ともこの召集を断ることはない。何せ、二人のサッカーの実力を見込んでの召集なのだ。私だったら喜び勇んで飛んでいくだろう。
案の定、二人とも「参加する」という確固たる意思表示をしてくれた。瞳子監督も二人が良いならと頷いてくれたし、これで私のお使いは終わり。あとは響木監督と久遠監督に報告して家に帰れば良いだけだ。

「貴女はこれから予定でもあるのかしら」
「いえ、新幹線が五時発なので…まだ時間はありますね」

まだ時間は昼前。予定では、これから静岡の駅前辺りをぶらぶらしてみようと思っていたのだけれども。

「それならせっかくだし、ここでお昼ご飯を食べて行ったらどうかしら」
「…いいんですか?」
「僕たちは大歓迎だよ」
「俺も俺も!ねぇ、薫ちゃんって呼んでも良い?」
「良いよ」

緑川くんの切り替えが早い。さっきまでのベソかきぶりが嘘のようにはしゃいでいる。私は別に良いんだけどね、基山くんが苦笑いしてるよ。





とりあえず、お昼ご飯は戦場だったとだけ。食べ盛りの男子中学生恐るべし。白米のお代わりに爆速で消えていくみんなに思わず開いた口が塞がらなかった。女の子たちもモリモリ食べる子が多くて、向かいの席になったウルビダちゃんこと玲名ちゃんが、私の隣に座っていた基山くんのエビフライを華麗にかっさらって行ったときには思わず拍手した。基山くんは遠い目をしていた。

「わ、私の分食べる…?」
「いや、薫さんが食べなよ。僕のことは良いから」

お昼ご飯の準備中から思っていたことだけど、おひさま園は女子が強い。体格が大きい男の子に対しても物怖じしない女の子が多く、準備をサボろうものなら鉄拳制裁が飛んでくる。さっきも豪炎寺くんのパチモンこと南雲くんが言うこと聞かずにテレビを見ていたおかげで怒号が飛んでいた。私も見習うべきだろうか。ちなみに一緒にサボってテレビを見ていたはずの厨二病こと涼野くんは、瞬時に流れを読んで台所にダッシュしていたので賢い。

「見習ったら雷門中の人たち泣くと思うよ」
「そのままの薫ちゃんでいて…」
「二人とも女の子たちがすごい顔してるよ」

しばき倒されていた。私はそっと手を合わせて見ないフリに徹する。元はと言えば私の言葉が発端だった気がしなくもないけど、出る杭は打たれるというし黙っておいた方が得だと思うんだ。
まぁ、そんな女の子たちとも仲良くなれたし、何なら庭で一緒にサッカーした。元ジェミニストームの子と元ダイヤモンドダストのメンバーだった子としかサッカーはしたこと無かったけど、やっぱりサッカーが上手ですごい。

「もう帰るの!?」
「なんで!?」
「泊まっていけば良い」
「いやいや帰るよ」

そんなこんなでいつのまにか四時過ぎ。時間的に四時半までにはここを離れないといけないのだけれど、すっかり懐かれた緑川くんと女の子たちからの引き止めの圧が強い。明日は明日で響木監督からのお使いがあるんですよね。つまり帰らないといけないことに変わりは無いという。

「また遊ぼうよ。せっかく友達になれたんだから」

最後は涙ながらのお別れ。駅まで送ってくれるという瞳子監督の車に乗り込んで、どんどん離れていくおひさま園からは、みんなが大きく手を振ってくれていた。そんなみんなに最後まで手を振っていれば、ふと瞳子監督がぼやくように私へ問いかける。

「…仲良くなれたかしら」
「はい、みんな良い子たちですよね」
「それなら良かったわ。…少し、心配だったのよ。私とは違って、貴女たちにとってあの子たちは敵でしか無かったはずだから」

瞳子監督の強張った顔に思わず息を飲む。…たしかに、そうだったかもしれない。瞳子監督にとってあの戦いは、父親である吉良星二郎の暴走を止め、血は繋がらなくても弟や妹のように思っている基山くんたちを助けるためのものだった。
けれど、私たちにとっては理不尽に奪われそうになった日常を守るための戦いだった。みんなの背景も葛藤も知らずに「宇宙人」を倒すのだと立ち上がったのが、私たち雷門イレブンで。

「でも、もう友達なので」
「…!」
「友達同士の喧嘩なんて、すぐ仲直りできますよね」
「…えぇ、そうね」

誰も恨んでない。誰もみんなを責めない。もう終わったことを蒸し返してまで糾弾するような人は、私たちの仲間には居ない。それで良いじゃないか。きっとみんな、基山くんたちのことを好きになる。昔の確執なんて乗り越えて、真っ新な関係性を築くことができる。
私だって、そうしていろんな人と友達になってきたのだから。

「楽しみだなぁ」

今度は敵としてではなく、味方として君たちと一緒に同じグラウンドへ立ってみたいと思うよ。





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