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とうとう日曜日がやってきた。私の本日の最初の仕事は、私と一緒にこれからチームのみんなを支えてくれるであろうマネージャー陣への詳しい説明。選手候補のみんなよりも一時間早く集合をかけておき、呼び出したのは雷門マネージャー三人と目金くんの四人だ。
そして、今日みんなを呼び出すのが日本代表候補を決めるためのものだと説明すれば、みんなそれぞれ騒ついている。夏未ちゃんだけは、今回雷門中を拠点として使用するために詳細を話してあったから驚く様子は無かった。

「私は監督補佐を頼まれてて監督と選手とのパイプ役になるから、何かあったら言ってね」
「分かったわ」
「それと、秋ちゃんたちにはいつも通りマネージャーをお願いしたいの。目金くんには、イナズマジャパンのサポートメンバーとして頑張って欲しい」
「任されましたよ」

久遠監督との対面はゲームが終わって代表を決めた後になる。それまでは、響木監督が代表監督では無いことは伏せておくように言われた。いきなり知らない人間を監督だと言われても動揺するだけだろうという二人の意見に、大人がそう言うのならそうなのだろうなと私は頷くだけだ。
だから選考試合当日の日も、久遠監督はみんなから離れた場所で試合を見る予定らしい。

「じゃあ、私は先に体育館に行ってるよ。みんなも準備が出来次第、響木監督と合流してね」
「分かりました!」

マネージャー陣への説明が終われば、次は選手たちが揃っているかの確認だ。一応まだ集合時間の二十分前だけど、早めに来る人は来るものだから点呼を取っておきたい。…たぶん、守はまだ来てないと思うけど。お母さんに起こすよう頼んでおいたけど、ちゃんと起きられてるかな。
ちょっと心配になりつつ駆け足で体育館にたどり着き、中を覗き込むと予想通りもう既に何人かが談笑していた。その人の輪に向けてとりあえず挨拶の声をかけておく。

「おはよう、早いねみんな」
「あっ、薫さん!」

声をかければ、先に気がついてくれたのは立向居くんだった。久しぶりに見た顔で思わず笑顔になってしまう。福岡という遠い場所から来ていたから朝も早くて大変だったに違いないのに、それを感じさせないほど立向居くんは元気だ。
そしてそこに居たのは、そんな立向居くんの他に風丸くんと鬼道くんと佐久間くん、そして基山くんの五人。…五人?

「基山くん、緑川くんは?」
「トイレじゃないかな」

基山くんと一緒に来ているはずの緑川くんの姿が見当たらず、基山くんに尋ねてみればまさかの。…緑川くん雷門中のトイレの場所分かるの…?それとたどり着けたとして、それここまで帰ってこれる?雷門中は割とマンモス校だから校舎も嘘みたいに広いしだいぶ迷うと思うんだけど。…あと五分して戻らなかったら探しに行こう。うん、そうするべき。

「なぁ、お前はこれが何の集まりか知ってるのか?」
「うん、まあね。でもまだ秘密だよ」
「勿体ぶるな…」

不思議そうな風丸くんからの質問に意味深な笑みでそう返せば、佐久間くんから呆れたような目を向けられてしまう。しょうがないじゃないか、それが決まりなんだから。どうせ集合時間になれば響木監督が説明してくれるんだし、それまでの我慢だよ。
ふとそこで、体育館の入り口から私を呼ぶ声がした。何事かと思い振り返れば、そこには満面の笑顔な士郎くん。

「久しぶりだね薫ちゃん!」
「修学旅行ぶりだね」

手を取り合って思わずはしゃぐ。士郎くんとは相変わらずメールも電話もしているけれど、やっぱり直接会った方が嬉しいし楽しいから。その後ろからは綱海くんや雷電くんも一緒に来ていて、これまた懐かしい顔ぶれだった。

「元気にしてたか?」
「うん、ちぃちゃんたちは?みんな元気?」
「おいおい、俺のことは聞かねぇのかよ」
「雷電くんは見るからに元気でしょ」

違いねぇや!と盛大に笑われてしまった。ちなみにちぃちゃんたちは元気らしい。沖縄の近所の人たちに預けてきたのだとか。その後ろにいた綱海くんも何故か私の顔をジッと見ていたけれど、顔に何かついているだろうか。思わず頬に触れつつ首を傾げれば、綱海くんは少し難しそうに唸った後、何やら考えがまとまったかのように「よし!」と息をついた。そして、何故か私を軽々と抱き上げる。…抱き上げる?

「いろいろ難しいことばっか考えてたんだけどよ!お前が元気そうならそれで良いや!な!」
「つ、綱海くん下ろそう。みんな見てる、見てるから」
「でも、無理はすんなよ。…あん時からお前、様子が変だぜ?」
「!」

…綱海くんには、修学旅行が終わってすぐに告白への返事をした。豪炎寺くんのことが好きだと気がついた以上、ハッキリさせなきゃ失礼だと思ったから。自分では上手く誤魔化したつもりだったのだが、どうやら綱海くんには見抜かれてしまっていたらしい。…心配なんてさせて、申し訳ないな。そんな謝罪の意味も込めて、私は綱海くんに微笑む。

「大丈夫、元気だよ」
「薫…」
「それに今は、それどころじゃないしね」

今、優先させるべきはサッカーのことだけだ。代表候補選手の中には豪炎寺くんだっているし、恋愛ごとなんて持ち込んでいる場合じゃない。これまで通り…いや、今度は監督補佐としてみんなをまとめていかなきゃいけないから。

「…今の会話についていろいろと聞きたいことはあるが、綱海。お前はいつまで薫を抱き上げているつもりだ?」
「おっと、悪りぃ悪りぃ」

鬼道くんによる引きつった顔での注意に助けられてしまった。あれ以上はね、注目の視線が痛いからね。…というか、よく見るとまだ緑川くんが戻っていない。一応基山くんの方を見たけど遠い目で首を横に振っていらっしゃる。これは、早めに見つけに行った方が良さそうですね。そうしよう。

「ちょっと体育館出るね。みんなはここでお喋りしてて」
「あぁ」

みんなにそう言い置いてから入り口に向かう。その場にしゃがみ込みながら、いくつか散らばっていた靴を並べ直しつつ自分の靴を履いていると、ふと私の前に誰か立つのが分かった。また誰かが到着したのだろうかと顔を上げれば、そこには少しだけ固い顔をした豪炎寺くんが居る。私は何も言わずに立ち上がって豪炎寺くんと視線を合わせた。…なんだか、こうしてしっかり顔を合わせるのも久しぶりな気がするね。少し前までは、こんな事態でさえも避けてしまいたくて仕方無かったけれど、これからはそうもいかない。…向き合わなきゃ、いけないから。

「おはよう、豪炎寺くん」

精一杯の笑顔で何でもないように声をかける。今まで通りだと、豪炎寺くんにも自分にも言い聞かせるようにして。
ずるいかな。今までずっと散々君を振り回すような態度だったくせに、都合良く元に戻したがる私は卑怯かな。でも、こんな形でしか私は君に誠意を見せられないと思ったよ。
これからは逃げない。傷つくことを恐れて、君を避けるのはもう止める。まだ消えない恋の痛みが私の胸を突いても、それに耐えきれず涙がこぼれそうでも。それが私の恋なのだと受け止めて笑ってみせるから。…それに。

「…あぁ、おはよう」

豪炎寺くんは少しだけ、どこか安堵したようにそう返してくれたから。
それで良いんじゃないかなんて、思ってしまったのだ。





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