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「薫ちゃん゙ッ!!」
「やっぱり迷子」

校内を走り回っていれば、階段の踊り場で半泣き状態の緑川くんを発見した。どうしてこんなところまで来てるの。トイレなんてもっと近いところにあるだろうに。手を引いて体育館に戻りながら訳を聞いてみたところ、どうやら広い校舎にちょっと興奮して探検していたらしい。それで迷ってたらおしまいだよ緑川くん。

「一人で行動するからだよ、まったく」
「ごめんなさい…」

…まぁ、本人も反省しているようだし許すことにしよう。遠いところに来てテンションが上がっているだけだったのだろうし。そんな訳で体育館にたどり着いた。緑川くんは迷子になっていたことが知られたく無いのか隅っこへこっそり移動している。でも基山くんは目敏く気がついているようで、「仕方ないなぁ」って顔をしていた。
しかし、どうやら守はまだ来ていないらしく姿が見えない。集合時間まで残り三分も無いので恐らく寝坊だろう。…しかも、それに加えて唯一の小学生である宇都宮くんの姿も無い。こっちも寝坊だろうか?

「…前途多難…!」

しかもね、不動くんの姿も無いんだよね。まぁ彼は鬼道くんや佐久間くん、しかも話を聞けば染岡くんとも因縁があると聞いているので、少し遅れてくるくらいが平和なのかもしれないけれど。
そんなことを考えていたからだろうか。そこにようやく集合時間二分過ぎのギリギリ遅刻な守と宇都宮くんが到着した。あぁ…髪がボサボサだ…やっぱり寝坊したんだな…。
後で絶対に髪の毛を整えると心に誓い、私は入り口付近で立ち往生している宇都宮くんに話しかける。

「宇都宮くん」
「!はいっ!すみません遅れてしまって…!」
「ううん、宇都宮くんの家からここまでは少し道も複雑だし仕方ないよ」
「はい…」
「それと一応ここでは、私が君の保護者役になるから何かあったら遠慮なく言ってね。薫さんって呼んで欲しいな」
「分かりました!よろしくお願いします!」

返事ができる良い子だね、宇都宮くんは。本当に小学生かと疑ってしまうくらい礼儀もしっかりしているし。思わず私もにっこり。
しかしふとそこで、守が私を呼ぶ声がした。今は宇都宮くんと話している途中なので断ろうか迷ったのだけれど、宇都宮くんが「円堂さんを優先してください」と譲ってくれたのでお言葉に甘えることにする。
まだ響木監督たちは来そうに無いので、気を抜いてゆっくりしておくように伝えてから守の元に向かった。

「どうしたの?」
「すげぇんだぜ薫!ほら、ヒロトも来てるんだよ!」
「円堂くん、薫さんとは実はもう話をしてあるんだ」
「え!?そうなのか!?」

朝一で話したのもあるけど、この前静岡にも行ったしね。そう説明すれば、みんな私が先週の土曜日に休んだことを思い出したらしい。納得したように頷いていた。
するとそこで、基山くんがどうやら緑川くんを紹介したいらしく緑川くんの方を向いた。みんなが不思議そうな顔で、基山くんの向いた方を見ればそこにはこちら側へ歩いてくる緑川くんの姿が。なんでそんなに格好つけた感じなの。

「なんだ…この不気味なオーラは…」

闇野くんが警戒するようにそう言ったけど、そんなオーラが見えるのだろうか。私にはちょっと背伸びした様子で精一杯格好つけてる緑川くんの姿しか見えないのだが。
守が基山くんに向けて緑川くんのことを尋ねる。それを耳にしたらしい緑川くんはサイドの髪を指でくるりと巻き、少し懐かしいあのフレーズを口にした。

「フッ…失敬だな。地球にはこんな言葉がある…男子三日会わざれば刮目して見よ、ってね」

お茶目な感じを装って口にしたものの、雷門中一同及び士郎くんは警戒心マックスだ。染岡くんが鋭い口調で緑川くんの宇宙人ネームを口にしたかと思えば、まるで私を庇うようにして風丸くんと豪炎寺くんが前に出てくる。そういえば私と緑川くんには因縁があったんだっけ。すっかり忘れてた。

「やだなぁ、もう、それは宇宙人ネーム!俺には緑川リュウジってちゃんと名前があるんだから」
「何が緑川だ!学校壊しやがって!みたいなぁ!?」
「い、いやぁもう、本当色々諸々申し訳ない…。ここだけの話、結構頑張って宇宙人のキャラ作ってたんだよねぇ…」

あの時の高慢なレーゼとは異なり、明らかに穏やかそうな緑川くんの告白にみんな開いた口が塞がってない。私も最初聞いたときはそんな感じだったよ。まぁ再会早々に土下座されて、驚くどころの話じゃ無かったけど。
そんなみんながポカンとしているところで、私は緑川くんのところに歩いていく。みんなは知らないと思うけど、ちゃんと和解していることは言っておかないとね。

「緑川くんはもう謝ってくれてるし、私も許したから大丈夫だよ」
「俺と薫ちゃんはもう大の仲良しだから!」

ドヤ顔で腕を組んでくる緑川くんだけど、和解の時にべっそり泣いてたことは黙っててあげよう。男の子のプライドというものがあるからね。
何人かが私たちの密着ぶりに微妙な顔をしたけれど安心して欲しい。どちらかというと姉弟関係のような触れ合いに近いのでやましいものは無いのだ。

「監督!」
「みんな揃ってるか?」

そんな風にみんなでわちゃわちゃと自己紹介やら何やらを続けていれば、そこでようやく響木監督が秋ちゃんたちを伴って体育館にやってきた。誰が何を言うわけでも無く、自然と監督の方へ集合しようと駆け足で入り口に向かう中、突然鬼道くん目掛けてどこからかボールが蹴り込まれた。
それを鬼道くんが反射で蹴り返した先にいた、不敵に笑む男の子を見て佐久間くんが驚愕の声をあげる。

「不動!」
「遅刻!!」

私はそこに間髪いれず、ポケットに忍ばせていた塩飴をフルスイング。真っ直ぐに顔目掛けて飛んで行った塩飴をギョッとした顔つきで避けた不動くんが、何事かといった様子で私を睨んできた。それを真っ向から睨み返してやる。

「いきなり何しやがる!」
「遅刻するなら連絡してね。響木監督から私の連絡先はもらってたはずだけど」

響木監督が入ってくる入り口と反対側からこっそり入ってくるのは見えてたんだぞ。遅れるなら遅れると、連絡するのは基本だろうに。それにそこでこっそり合流するならまだしも、いきなり鬼道くんに喧嘩を売るとは何事。投げられたのが塩飴だったことに感謝して。
そんな私たちのやり取りにポカンとしていたのも束の間、我に返った鬼道くんが不動くんに向けて鋭く言葉を投げかけた。

「不動!何の真似だ…!!」
「挨拶だよ挨拶。シャレの分かんねぇやつ」
「響木さん!まさかあいつも…!!」

…不動くんとみんなの因縁については、響木監督から既に詳しく聞いている。私が居ない間にみんなの前に立ちはだかった、総帥さんが佐久間くんや源田くんを引き入れて作り上げた『真帝国学園』。そんな総帥さんの右腕として、側に不動くんが居たことも。響木監督も、明らかにチーム内にイザコザが生じそうな関係性を知っていてよく呼んだものだな、と遠い目をしたところだ。
そしてそんな響木監督は、佐久間くんの非難じみた声を意味深な笑いで黙殺し、集まったみんなに向けて声をかける。

「これで全員揃ったな…いいかよく聞け!お前たちは日本代表候補の強化選手だ!」

ざわめきの声が広がる。いったい何の、と困惑気味な守が尋ねた問いに対し響木監督は詳しい説明を始めた。その合間に、私も響木監督の隣へと移動する。FFIが少年サッカーの世界一を決める大会だということを説明した上で、響木監督は最後に高らかにこう告げた。

「お前たちは、その代表候補なのだ!」
「世界…!」

説明をそう締めくくった響木監督。みんなが話のスケールの大きさに呆然とする中、守はその興奮を抑えきれないとでも言うように拳を高く突き上げて歓喜の声をあげた。

「すげぇぞみんな!次は世界だ!!」
「おぉ!!」

みんなも、そんな守の歓喜の声にようやく話の内容を実感できたのか嬉しそうに大会へのやる気を口にしている。…けれど今ここに集う二十二人の中で、選ばれるのはあくまで十六人だ。この中の六名は落とされることになる。どの選手だっていい選手ばかりだ。まだ初めて見る顔もいるし、選手同士の衝突のことも考えたら懸念だらけしか無いけれど。
それでも私は、私にできる精一杯のことをするしか無いのだ。





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