126


次に向かった鬼道くんチーム。一歩グラウンドに踏み込んで回れ右をしたくなるのをグッと耐えて前へ進む。…もうね、パッと見ただけで空気がギスギスしてるの。主に鬼道くんと不動くんが。その空気に感化されてしまっているせいか、チーム全体の動きもギクシャクしてしまっているし、これは何とかしないといけない。君たちね、チーム内には小学生も居るんだぞ。もっと気を使ってあげて。
立向居くんが気遣って不動くんに話しかけたりしているものの、当の本人がぶっきらぼうにあしらっているからどうしようもない。

「…今の練習の進行状況はどんな感じ?」
「さっき基礎練を終えて次がパス練習なんだが、誰も不動と組みたがらなくてな…」

とりあえず近くにいた風丸くんに様子を聞いてみたもののなるほど、つまりぼっち状態。それもそうかもしれない。いくら敵だった緑川くんでさえ本来のお茶目で明るい性格が功を成してチームに溶け込めているというのに、どうやら不動くんはあの性格が素らしく周りを敵に回すような発言しかしない。うーん、仕方ないな。

「どうせ人数は一人足りないんだし、私が不動くんと組むよ」
「薫」
「おっと、監督補佐様はお優しいことで?」

鬼道くんが硬い声で咎めるように私の名前を呼ぶけれど、こうでもしなきゃ練習が進まないでしょ。私なら大丈夫だよ。公私混同はしないし大概のことは笑って流せる自信があるから、不動くんの相手としては適任じゃないかな。そう主張すれば鬼道くんは渋々というように引き下がった。そしてようやく練習への指示を出す。私も不動くんから離れようと背を向けて歩き出した。

「…大丈夫なのか」
「大丈夫大丈夫。ただの対人パスだし」

途中で少し心配そうに眉を潜めた豪炎寺くんに声をかけられたけど、まぁ大丈夫だよ。テクニックに関してはそこそこ自信はあるし。
そして始まったパス練習。不動くんから受けたパスをリズム良くトラップして蹴り返す。それを何度か繰り返した後、向こう側で不動くんが面白そうに笑ったのが分かった。あ、何か考えてるな?

「おっ、と」
「不動!」

先ほどよりもずっと強いパスが飛んできた。虚を突かれたせいで少し手間取ったが何とか受け止めて蹴り返す。隣にいる風丸くんが非難じみた声を不動くんにかけるものの、本人はどこ吹く風といった様子だ。その様子に風丸くんが青筋を立てて何か言おうとするのを遮る。大丈夫だよ、風丸くん。

「はいっ」
「ッ!」

にこやかに笑って蹴り返してみせたパスは、不動くんの蹴ってきたパスよりも少し強めのもの。まさかそんなボールが飛んでくるとは思ってもいなかったらしい驚き顔な不動くんにヒラリと手を振ってみる。今聞こえなかったけど舌打ちしたでしょ。こっちからは全部見えてるんだぞ。
そこから何やらヤケになったのか、ほとんど全力の威力なパスを続ける。でも私もね、シュートじゃなかったらこれくらいは対処できるんだよ不動くん。それと体力勝負で私に挑もうなんて百年は早いね。

「体力つけて出直してどうぞ」
「クソアマ…」
「また塩飴ぶつけるよ」

息を荒くして膝に手をつく不動くんに声をかければ悪態が返ってきた。今度は外さないから覚悟してね。それにしても、不動くんのテクニックは意外にもすごい。あのパスの威力を保ったままコントロールは正確だし、響木監督からの情報通り彼は根っからの司令塔タイプなのだろう。しかも自分からボールを出すのが得意とみた。

「あとは性格が良ければ完璧だと思う」
「テメェ俺のこと嫌いだろ…」
「好かれてる自信あるの?」

どちらかと言えば嫌いなだけで、正確に言えばどうでも良いが正しいかな。サッカー選手としての君の能力は認めているし、何なら欲しいとも思う。でも性格に難がありすぎなんだよね。少なくともその周りを舐め腐ったような態度が直るまでは君の扱いはずっと一緒かな。





そしてとうとう翌日、選考試合当日がやってきた。全国から応援に駆けつけたというそれぞれの応援を受けながら、みんなも何処か緊張した様子。でも多分フットボールフロンティアの時の方が観客は多かったし大丈夫だよ。気にしない。

「みんな、悔いのない試合を」
「おぉ!」

私も今からは、どちらの味方でもない監督補佐として中立な立場になる。私の今日の仕事はチーム全体の長所と短所を探してまとめ、判断材料の一つとして監督たちに資料を提出することだ。先ほどチラリと見えたけれど、離れた場所で久遠監督もふゆっぺを連れて試合を見にきている。

「よぉし!試合開始だ!!」
「はい!!」

響木監督の声とともに選手たちがグラウンドへと散らばっていく。青と白、それぞれのユニフォームを身に纏ったみんなへ大きな歓声が上がった。
ゴール前に立ちはだかる守が、チームを鼓舞するように声を上げる。それと同時に試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
キックオフは守率いるAチームから。士郎くんからボールを受け取った基山くんがドリブルでコートを駆け上がっていく。

「シャドウ!虎丸!プレスだ!!」
「ッ染岡くん!」

しかし鬼道くんがそう易々と通すわけがない。迅速な指示で基山くんの行手を阻んで見せた。咄嗟の判断で染岡くんにボールが渡ったものの、そんな染岡くんの目の前に立ちはだかったのは人を食ったような笑みを浮かべた不動くん。染岡くんは分かりやすく苛立った様子で不動くんのマークを何とか振り切ったものの、それでは冷静さが足りない。それは、不動くんの罠だ。

「…なるほど」

不動くんの影から飛び出した風丸くんのスライディングが染岡くんのボールを奪っていく。染岡くんが不動くんを目の前にして、パスではなく一対一の勝負に持ち込むと理解した上での作戦だろう。嫌な手だが、心理的な隙をついた高度な作戦だった。

「鬼道!」

風丸くんからボールは鬼道くんへ。そこに向かってきた佐久間くんを避けたかと思えば、鬼道くんは前線を駆ける豪炎寺くんへとパスを出した。
ボールを受け取った豪炎寺くんは武方くんのマークを振り切り、雷電くんと対面する。…あの沖縄での特訓を思い出しているのだろう。二人とも一瞬笑みを交わし、激しいボールの奪い合いへ突入していく。
しかしその競り合いは辛うじて豪炎寺くんに軍配が上がった。雷電くんの隙を突き、マークを突破した豪炎寺くんはとうとう最後の砦である守と対峙する。

「行くぞ円堂!!」
「来い!!」

…そういえば、試合形式でこの二人が戦うのは初めてかもしれない。二人の動きや、その周りの選手の動きを観察しながらそんなことを思った。
だからなのだろうか、守も豪炎寺くんもその表情は生き生きとしていて楽しそうに見える。まるではしゃぐ子供のようだ。

「ファイアトルネード《改》!!」
「《真》ゴッドハンド!!」

前よりも格段に向上した威力の豪炎寺くんのシュートを、同じくパワーアップした守のキーパー技が押さえ込む。今回はどうやら守の方が少しだけ勝ったらしくボールは守の手中に収まったもののどちらも好戦的に笑っていた。

「…やっぱり、みんなすごいなぁ」

たった十六の枠を狙って、誰も彼もが必死にボールへと食らいついている。そんな彼らを見ながらも、必ず生まれてしまう脱落者のことを思えば胸が痛かった。…どうせなら、いっそみんな代表にしてしまえば良いのに。
けれどそれは出来ない。メンバーが十六人と定められた以上、そんな番狂わせは絶対に起きることは無いのだから。
…それでもこの試合を、いつまでも見ていたいと思ってしまう私は覚悟が足りないのだろうか。





TOP